第211話 隣家購入
その夜、食事をしながら俺はイルレッテさんの家が売りに出ていて、コレックさんから勧められていることを父さんと母さんに話した。
昔『隣の家は借金してでも買え』と、カルチャースクールに来ていたおば様のひとりが言っていた。
俺も絶対に、買った方がいいと思う。
そう言うと案の定、税金が、という問題にぶち当たった。
そこで俺に聖魔法が出ていること、そのことを明日教会に登録に行くと告げると父さんの顔色が変わった。
「タクト、聖魔法ってものが、どれほど大変なものかってのは……」
「解ってる……とは言い難いけど、俺が聖魔法を顕現する予兆も試行も多くの人が目にしてしまっているから、隠し通すことの方が難しいと思うんだ」
「……【治癒魔法】……か。初めて会った頃からその予兆は……あったからなぁ」
そういえば、初めて会った時にガッツリ毒の治療とか、古傷まで治しちゃったんだっけ……
「で、俺が聖魔法登録すると、俺名義なら減税か免税になるらしい」
「買うか」
「そうだね。タクトのものになるなら、買ってもいいね」
即決である。
やはり税金って、何処の世界でもネックなんだなぁ。
翌日、俺はまず教会に行った。
ちゃんと【探知魔法】を隠して【治癒魔法】を表示させてある。
俺が『輔祭』であることは既に教会の皆さんはご存知なので、サラレア神司祭かカルティオラ神司祭を呼んで欲しいと伝えるとすぐに連絡を取ってくれた。
各地の教会司祭様ならお貴族様ネットワーク同様、
そして王都とシュリィイーレ教会を結ぶ方陣門は、神司祭様なら通れる設定らしい。
やって来たのは、サラレア神司祭様だ。
「おお! やはり君に、聖魔法が顕現したか!」
「その節はお世話になりました」
そう言いつつ、俺は身分証を開きサラレア神司祭に確認してもらう。
俺の身分証を見た途端に、サラレア神司祭は驚いたように二度見する。
「おい……君の魔法は……凄いな! 全部特位じゃないか!」
さーせん……本当はその上です。
隠してますけど。
「そして『神聖魔法』か……ドミナティア神司祭から聞いてはいたが……」
……セインさんは本当に、なんでもかんでも開示しちゃうんだなぁ。
あの正典を火に
駄目だろ、他人の情報をこうも簡単に喋ったりする聖神司祭なんて。
「その魔法、どんなものかよく解らないんですよね。神典に関係しているみたいだとしか解らなくて」
「うむ、これから発見される『聖典』に記されているかもしれんな……偉大な魔法であろうことは解るが、無闇に発動するのは危険だぞ」
デスヨネー。
あの方陣解放の時みたいにガッツリ魔力使いそうだから、絶対にとんでもない魔法だって解ってますよ。
「間違いなく、聖魔法の顕現を確認した。教会とイスグロリエスト皇国は君の全てを保証し、保護を約束する」
「実はセラフィエムス卿から税金の件も教えていただいたのですけど、どういう手続きをしたらいいんですか?」
「なかなか抜け目ないのぅ、君は。この証書を、役所に持って行き給え。必要な手続きをしてくれるだろう」
そりゃあ、庶民にとって税金は大切な事案ですからね。
むしろ、一番の目的ですから、それが。
渡された証書は皇室認定品のものと同じように、金糸の施された巻物になっている書簡だ。
「君は『第二位階級』から『第一位階級』となる。上位司祭と同じだ。だが、君はあくまで民間輔祭であるから、使命や教会法に縛られるものではない。それゆえ、その地位は一代限りだ」
「はい」
「君の聖魔法は、君の在籍するシュリィイーレのために使われるべきものだ。君の献身に期待する」
笑顔のサラレア神司祭と握手を交わし、俺の聖魔法認定は終了した。
この書簡が免税、もしくは減税のクーポン券にしか感じない俺は、もの凄く浅ましい現実主義者なのかもしれない。
しかし!
大切なことなのです!
そしてコレックさんの所に行って購入手続きをし、借地契約と家の買い取り契約書をもらう。
そのあと、役所に行って登記と税金の手続きだ。
コレックさんは、諸手を挙げて喜んでくれた。
「おお! 決めてくれたか! 助かるぜ、タクト」
「こちらこそ、紹介してもらえてよかったよ」
これで上物の改装だけじゃなく、地下と裏庭も広げられる。
そう、来春から裏庭を貸して欲しいと交渉しようと思っていたのはイルレッテさんだったのだ。
支払いは一括で済ませることができたし、借地の契約も問題なし。
その足で役所に向かって、サクサクと登記手続き。
で、税金はどうなるかなーっと。
「はーい、身分証を大きくせずにここに置いてくださーい」
気怠げに……というか、やる気なさそうにしてる受付の男性は俺より少し年上くらいだろうか。
「え? 何、君、家買ったの? まだ二十六歳で? ふぇー、魔法師ってのはやっぱ儲かる……うぇぇっ?」
読み取った俺のデータでみるみる顔色を変えたその人は、慌てて奥へと走っていった。
あ、椅子に躓いた。
落ち着けよ、あんちゃん。
どうやら上司に報告に行ったようだ。
暫くすると、奥の部屋へどうぞ、と案内された。
そっか、流石に聖魔法持ちってのをここで公開することはできないし、税金の件も他の人に聞かれちゃまずいのだろう。
いかん、俺がちょっと軽率だったかも。
カウンターでも消音の魔道具は使われていたのに、念入りだな。
奥の部屋で待っていると、所長さんが態々出てきてくれたようだ。
「タクト様、お待たせいたしました」
タクト……様?
かなり年上であろう所長さんにこんなにも恭しく接されると、なんだかむず痒い。
「こちらにて登記の手続き、完了いたしました。この度ご購入された家屋につきましては、全て免税となります」
よっしゃーーっ!
それだけ聞ければ、オッケーですよ。
「また、現在お住まいの南・青通り三番の家屋に関しても三割の減税となります」
「え? そっちは、母の名義なんですが……」
「現在の住居登録ですので。所有者も養母様とのことですから、減税対象でございます。今後、タクト様がお買い上げの際には全額の免税となります」
おお、そういうものなのか。
「シュリィイーレで【治癒魔法】を顕現なされた方は初めてでございます。大綬章を授章された方も。その栄誉と功績はシュリィイーレ史に、お名前と共に刻むこととなります」
は?
「ご結婚後も、是非ともこの町でお過ごしください」
この町の歴史に名前が載ると?
ま……まぁ、いいかぁ。
紳士録とか長者番付みたいなもんだよね。
うん。
非公開情報だというから、そんなに影響はないだろう。
取り敢えず、免税&減税になったので、今後の利益還元も考えよう。
うん、喜びは分かち合うものだ。
役所を後にして、俺は久し振りに魔法師組合に顔を出した。
いろいろと魔法の段位が変わったり、増えた魔法の登録をしておかなくてはいけないのだ。
早速、組合長のラドーレクさんを呼んでもらった。
「お久し振りです。ラドーレクさん」
「ああ、タクトくん! 食堂では会うが、なかなか話はできなかったからねぇ」
「やっといろいろなことが一段落しましたので。魔法が結構変わっているので、再登録をお願いします」
「うん、イスグロリエスト大綬章おめでとう! 君は、シュリィイーレ魔法師組合の誇りだよ!」
大綬章のことがフロアの人々に聞こえたのか、一瞬ざわっと声が上がった。
「叙爵、されたのかい?」
「いいえ、叙勲だけですよ。貴族なんてまっぴらですし」
下位貴族なんて呼ばれるやつらと一緒というのは、あまり俺としては好ましくない。
「君らしいねぇ……うっ……」
俺の身分証のデータは一部だけしか組合では読み取れないが、それでも割と衝撃的だったようだ。
ラドーレクさんが絶句するところなんて、初めて見たよ。
「ははは……ここまでとは……全て特位じゃないか。しかも……なるほどね。素晴らしい」
そして音声が周りに漏れないように遮断され、聖魔法についての注意事項が聞かされた。
聖魔法は、魔法師組合では公開しない。
聖魔法師は保護対象なので、所持している者も公開されない。
故に、聖魔法の行使で魔法師組合からの支払いはできない。
つまり、聖魔法は金を取って行うものではなく、町や教会の要請で使用する『
勿論、その魔法の付与についても同様である。
その辺は昔から勝手に解毒とか浄化とか、この町の水にかけちゃっているので、全然構わない。
神聖魔法についても、同じ扱いのようだ。
まぁ、神聖魔法については誰も他に持っている人がいないから、どうしていいか解らないってのが理由っぽい。
「イスグロリエスト大綬章の第一等位魔法師……か。間違いなく君はこの町で一番の魔法師になったわけだ」
「ありがとうございます」
「うーん……君の魔法付与の金額が、跳ね上がっちゃうねぇ……」
「え? そうなんですか?」
「そりゃそうだよ! 他の一等位魔法師とは、明らかに差を付けなきゃならないからね。逆に仕事は減っちゃうかもねぇ……」
言葉とは裏腹に、ちょっと面白そうと思っているような口調のラドーレクさん。
でも料金が跳ね上がったりしたら俺の本業(?)、もしかして大ピンチじゃね?
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