第212話 店舗拡張計画

 魔法師組合から帰る道々考えていたのだが、俺の魔法に対する価格が変わったとてあんまり問題がないような気がする。

 確かに新規開拓が難しくなってしまったかもしれないが、思い起こしてみても今までも全く営業活動などはしていないのである。

 しかもリピーターがいるし、そっちの魔法の更新は割引価格適用のままだ。

 厳密にいえば俺は文字魔法師カリグラファーであって、付与魔法師ではない。

 うん。


 古代文字の訳文についてはこれからも書き続けるし、聖典の新しい発見があれば……って、次の発見、何百年後になるんだ?

 まぁ、いいか。

 どうなるか解らないことを、考えていても仕方ない。



 翌日、俺はビィクティアムさんの許可をもらって、裏口の扉にだけ俺の魔力登録をした。

 裏口から出入りできれば、中のファニチャーを整えられる。

 ビィクティアムさんが仕事に行ってるから、ここで【文字魔法】を使って完品を出しても問題ない。

 ……監視カメラも、仕掛けられてはいないみたいだし。


 ビィクティアムさんに渡した記録機は、今は全く稼働していない。

 どうせならここの家のセキュリティに使った方がいいのではないだろうか。

 そこら辺は、ビィクティアムさんと相談しよう。


 さて、寝室の文机とか、調度品を出しちゃいますか。

 ふっふっふっ、皇宮でいろいろなものを鑑定して記憶済だからね。

 高級家具、出し放題ですよ。


 勿論後で加工代金は請求するけど、皇宮のものみたいに金銀で飾ったりはしないからさほど高価にはならない。

 でも全ての家具に、竜胆りんどう黄槿ユウナの意匠をシンボル化して装飾に取り入れる。


 広間のソファや調度も皇宮のものを基本に、俺の持っているヴィクトリア調のカントリーハウスが載っている本も参考にして。

 煌びやかになり過ぎず、石細工を中心にして……所々に昔ビィクティアムさんからもらった鉱石に入っていた貴石も使おう。

 ソファは、革より布貼りがいいかな。

 革は、この町じゃ手に入りにくい物だしね。

 壁や木製ファニチャーにも使った紋様を使おう。


 そうやって完全に俺の趣味に走った作りになってしまったが、ここは俺の家ではない。

 やり過ぎたと思う箇所を修正しつつ、落ち着いた調度に仕上げていく。

 そして完成。

 我ながらいいできあがりでは、と悦に入っている時に家主様のお帰りだ。

 どうやら、昼食を食べに行く途中で寄ったらしい。


「お帰りなさい。どうです? 割といい仕上がりだと思うんですけど」

「おまえ……これ全部、半日で作ったのか? 昨夜から無理して作ったりしていたんじゃないのか?」

 う、仕事が早過ぎたか。

 褒められるより先に、心配されてしまった。


「いえいえ、だいたいの形を作ってしまえば、【加工魔法】や技能を組み合わせると早くできあがるんですよ。最近また、速度が上がりましたので……」

 苦しい言い訳だが、なんとか納得してもらえたみたいだ。


「こんなに素晴らしい調度は見たことがない…セラフィラントの本邸より余程セラフィエムスのものとして相応しい」

 これでも結構抑え気味にしたつもりだったんだけど、竜胆や黄槿を使い過ぎたか。


「ありがとう。おまえに全部任せてよかった。だが、本当に無理はしていないんだな?」

「してませんよ。できることをできる範囲でしかしていませんし、ちゃんと後で代金も貰いますから」

「ああ、見合う金額を支払おう。これほどのもの、父上が見たらさぞかし悔しがるだろう」


「セラフィラント公がこちらにいらしたりも……?」

「いや、当主は普通、領地から離れることはないな。たまに出るとしても王都までだ」

 良かった……

 下手に気に入られて、セラフィラントの本宅用も作ってくれなんて言われたくない。


「この菱形の紋様が、よく使われているようだな。何か意味のあるものなのか?」

「『幸菱さいわいびし』という、俺の生まれ故郷で古来より使われている花菱の紋様です。花の形は、俺が勝手に黄槿にしちゃいましたけど」

「幸菱……黄槿の紋様か。均整が取れ、美しいな」

「菱紋の大小の並びが縁起のよいものとされて『さいわい』の名になったらしいです」


「この黄槿の菱紋……俺の個人的な紋章として使っても、構わないか?」

「ええ、黄槿のものは他では使うつもりありませんし、もともとセラフィエムス家門の花ですから」

「俺は、独自の紋章を作っていなかったからな……これで登録させてもらう。感謝するぞ」


 は?

 登録……とは?

 この黄槿花菱が、ビィクティアムさんの正式な紋章になるってこと?

 ええええっ?

 それって、かなり重大なことなのでは?


「心配するな。第一位階級書師の描いたものならば、どこからも文句は出まい」

 そーいうことじゃないんですって……

 しかし……本人が気に入っているなら構わないか。

 菱紋は確かに綺麗だし、華やかだからね。



 俺が家を買った四日後、イルレッテさんは息子さんの所に引っ越していった。

 うちのお菓子を食べに来られなくなると、寂しげに言っていたので時々お菓子を持って遊びに行くよと約束した。

 足が悪いから遠くまでは出歩けなくて大変だっただろうけど、これからは息子さんもいるから少しは安心だな。


 イルレッテさんを見送ったあと、早速店舗拡張の改造開始である。

 この頃リフォームばかりやってるな……

 まずは、地下からである。


 元々地下一階に洗濯場と倉庫があるが、全て撤廃である。

 ここは醤油蔵にしたい!

 ……だが、まだ麹菌がないので……予定、である。

 なので、食堂の地下とは繋げず、独立させたままにしておく。

 でも広さだけは、裏庭の方まで広げておこう。


 地下二階は補強しつつ、うちの地下と繋げる。

 これで、送ってもらえるカカオの場所を確保できた。

 この階にあるチーズ工房を、二番地の裏庭まで広げる。


 地下三階も、ぐわっと広げて皇太子殿下からの年貢米(?)に対応できるように準備。

 そして裏庭側に一部屋造って、魚介と保存食置き場にしよう。

 よし、地下はこれでいい。


 地上一階は、今まで食堂内にあった物販コーナーを二番地側に移す。

 そして境目を少しずらせば、食堂側に四人掛けテーブルがあとふたつ、置ける。

 家への入口と接している居間の部分が、物販スペース。


 物販コーナーとの間に曇り硝子で仕切りをつくるが、中で行き来ができるように引き戸を付けておく。

 一階にあった厨房は俺の実験調理の場として使うために、通路分を確保し縮小して整備した。

 物販スペースは裏口からも入れるよう、双方向入口にするためだ。


 そうしたらビィクティアムさんや、このブロックの人達は裏から入ってこられるから遠回りせずに済む。

 通ることのできる人は、登録制にしておこう。

 住民でもない人が、入り込まないようにしておかないとな。


 問題はその物販なんだよな、とできあがったスペースを見ながら腕組みをして考え込んでしまった。

 俺が居れば問題ないけど、ずっとここに居る訳にもいかない。

 広くなった分、厨房から目が届かなくなっている。

 こうなったらやはり、新しい技術の導入が必要だろうと腹を括った。

 そう、自動販売機の設置である。



 この国の貨幣は、硬貨のみ。

 貨幣鋳造工房は王都にある。

 しかし機械で作製しているのではなく、人力&魔法である。

 そのため、素材の割合とかサイズとか重さは日本みたいに完璧には揃ってはいない。

 微妙に違う物ができあがってしまうのだ。


 では、どうして偽造品が出回らないか。

 貨幣には全て種類ごとに違う独自の魔力が込められており、その魔力を感じ取ることによって金額が解るのだ。

 特殊な魔力なので、貨幣鋳造工房以外では絶対に同じ魔力を別のモノに込めることができないらしい。


 そしてその魔力が入っている貨幣は、いかなる魔法でも複製が不可能。

 実際に俺も試してみたが、素材の複製はできても中に魔力が入っていない状態だったので貨幣としては使えないのだ。

 手に持つとその魔力を感じるから『貨幣かそうでないかが見えなくても解る』のである。


 なのでその魔力を読み取れるようにすれば、自動販売機が作れるはず。

 見本をひとつセットしておいて、同じ魔力の物が投入されたらカウントして行く方式にしようか。


 基本的に自販機で販売、俺がいる時は手売りもするってことでいいかな。

 暫くは、俺が説明しながら使ってもらうことにしよう。

 念のため自販機の使い方を書いて、貼りだしておけば解りやすいだろう。


 次は二階だ。

 地下の時も感じたけど、イルレッテさんは一階以外は殆ど使っていなかったみたいだ。

 二階の部屋は、仕切りを取り払って完全に繋げる。

 外から見たら別の家。

 だけど中は、ひとつの家。


 食堂を広げて、テーブルを大きめにしようか。

 おっと、ファニチャーは後で揃えよう。

 先に、壁のクロス貼りと床板を張り替えをして『おうちまるっと魔法付与』の範囲を変更。


 居間も少し広げてから、ソファも大きめに作りかえよう。

 ソファの布も、貼り替えようかな。


 いかん、こういうことって楽しくて凝り過ぎちゃうんだよな。

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