第209話 リフォーム

 ビィクティアムさんがコレックさんの所に支払いに行っている間に、床と壁、天井のリフォームをしてしまおう。

 家全体を見回して確認したが、全体的に古くはなっているが良い素材が使われている家のようだった。


 この家も石造りなので、基本的にはこの間食堂にしたものと同じ方法で研磨。

 剝がした床板、天井も綺麗に。

 床材は新しいものではなく、元々のものの汚れを落とし新品同様にして張り直しただけだ。

 やはり高品質の素材でできていたものみたいで、表面を軽く研磨して磨いただけでめちゃくちゃ品のあるいい色合いになった。


 所々に装飾として、寄せ木細工を貼り付けていく。

 食堂とは違う模様にしよう。


 間取りも少し変える。

 まず……玄関ホールは吹き抜けにしてしまおう。

 明るくて開放感のある方がいいし、二階に大きなスペースは必要ないとビィクティアムさんも言っていたから思い切って。


 広間サルーンはソファとかマントルピースがある、客人が一番最初に足を踏み入れる空間だ。

 ここは、凝ったインテリアがあったら素敵だろう。

 簡単に作っておいて、ご本人に許可を取ってから整えていこう。


 その横に、応接間。

 食堂は……多分普段は大して使わないだろうが、客が来た時のためにきちんと作っておく。

 その時はきっとうちからのデリバリーだろうけど、厨房も整備しておいた方がいいな。


 食堂横のミニキッチンで、お湯くらいは使うだろう。

 水回りも、衛兵官舎のように魔力給湯システムを導入する。

 そうだ、美味しい紅茶くらいは自宅でも飲めるように、軟水に変える魔法も付けておいてあげよう。


 倉庫や洗濯室は地下だが……どうせ使わないだろう。

 服なんかは【洗浄魔法】とか【浄化魔法】で綺麗にしちゃうだろうし。

 でも一応、設備は整えておこうかな。

 食材やら備品のストックができる保冷庫をメインにして。

 それと……ちょっと遊んじゃおうかなぁ。


 二階は、書斎と寝室。

 客が泊まる時の部屋も一応。

 それぞれの部屋に、トイレとバスルームを完備する。


 バスタブも置いてあったものを再利用。

 すべて綺麗に洗浄、浄化、強化。

 肌触りよく、つるつる加工にコーティング。


 よし、基本はできたので後は家具と装飾だな、と思った時にビィクティアムさんが戻ってきた。


「ほう……凄いな。広く感じる」

「吹き抜けにしましたからね。いろいろ機能も付けたので説明を……」

「いや、そろそろ昼時だぞ。食事にしないか?」


 あ、リフォームに夢中になってて忘れてたよ!

 俺達は裏庭を通って、裏口から厨房に入ったら母さんがめちゃくちゃ驚いて、危うく鍋をひっくり返すところだった。

 うん、やっぱりビィクティアムさんには表から回ってもらった方がいい。


 まだ、お客さんが入ってくる時間まで少し余裕がある。

 俺は準備を手伝いに厨房に残って、ビィクティアムさんだけ食堂で待っててもらうことにした。

 ん?

 ビィクティアムさんが、なにやら深刻な顔をしているぞ?

 そして、物音を聞いたからか二階から父さんが降りて来た。


「……すぐにお詫びに来られず、申し訳ございませんでした」

 え?

 なんでビィクティアムさんが、父さんと母さんに謝ってるんだ?


「大切なご子息を危険な目に遭わせてしまったことは、私の責任です」


 そうか、皇宮でのことか。

 違う。

 ビィクティアムさんのせいなんかじゃない。

 でも、俺がそう言っても、この人は自分を許したりしないだろう。


 母さんは何も言わず、父さんの方をちらりと見ただけ。

 父さんの視線は僅かに母さんを見てから、ビィクティアムさんに向いた。

 怒りや罵りの言葉を待っているかのようにも見えるビィクティアムさんは、目を伏せてこうべを垂れている。


「顔を上げろ、ビィクティアム」

 顔を上げたビィクティアムさんの両頬をバチンッ! と、父さんが両掌で勢いよくホールドした。

 あれは、結構痛い。

 俺の過保護加護では、痛覚までは消えないから。


「ああ、確かにおまえのせいもあるのかもしれねぇが、どうせ皇王陛下が皇宮のことは近衛に任せろ、とか言っておまえ以外の衛兵を入れなかったんだろ?」

 ビィクティアムさんは、何も言わず瞼を少し伏せただけ。

 なるほど、図星な訳だ。

 そういえば衛兵はサラレア神司祭が連れて来るまで、皇宮内にはひとりもいなかった。


「その近衛の中にも、侍従の中にも謀反人がいた。おまえひとりで、守りきれる道理がねぇ」

「それでも、私の慢心があったことは……事実です」

「……あのな、こういうことは、誰かひとりの責任なんてんじゃねぇんだ。ましてや、皇宮内のことが、おまえの責任であるはずがない。誰かのせいってんなら、全部陛下のせいだ。おまえが詫びるのは、むしろ不敬だぞ」

「……」

「こんなに戻るのが遅くなったのも、皇宮内での後始末のせいだろう? おまえはなんでもかんでも、自分のせいだと思い込み過ぎるんだよ! 世の中のこと全部に、自分が関わってるなんて思ってんじゃねーぞ!」


 父さんの声にビィクティアムさんは何も言わないけど、口元が小さく動いていた。

『はい』……と言っているように。


 責任感の強い、真面目な人にありがちだよね。

 でも自分と関係なく世界が動くってことが、怖いと感じたり、寂しいと感じたりするのも確かだ。

 だから起こること全てに、自分が関係していると思う方が実は楽なのだ。

 その内、天災まで自分のせいだと思うようになっちゃう人だっているのだ。

 絶対にそんなことはないのに。


「安心しろ。ビィクティアム、おまえは大丈夫だ。まだ、ちゃんと民の方を向いている。道を踏み外すことなく、歩いている」


『止めてくれる人がいないと知っている』とオルフェリードさんが言っていた。

 そうか、ビィクティアムさんは怖がっているんだ。

 自分で駄目だと解っていることを許されてしまうことで、自分自身の正義とか道徳とかが歪んでしまうのを怖がっている。

 ああ、そんな泣きそうな顔しないでよ。


「おまえが間違えそうになったら、俺がぶん殴ってやる。安心しろ」

「はい……」


 にかっと笑って、父さんは頬をホールドしていた両手でばんっ、とビィクティアムさんに肩を叩く。

 父さんがビィクティアムさんをぶん殴ったら、多分捕まるんじゃないかな……

 まぁ、そんなことは、なさそうだけどね。


「それよりも、今回の王都での件で、一番先に謝りに来なきゃいけねぇやつがまだ来てねぇんだよ!」

「……父さん……まさか、陛下にここまで謝りに来いとか……?」

「馬鹿、違う! そりゃ来たら、ぶん殴るけどよ」

 駄目だよ、殴っちゃうのは。


「ドミナティアだ! あの野郎が神典のことをタクトに丸投げにしたせいで、あんなことになっちまったんだからな! 神司祭のくせに、誠実さの欠片もねぇ!」

「まだ、来ていなかったんですか……かなり落ち込んでいたので、てっきり……」

「あいつだけは絶対に殴るって決めてんだ。見かけたら俺が怒ってたって言っとけよ、ビィクティアム」

「はい、必ず」


 よかった。

 ビィクティアムさん、ちょっとは気持ちが軽くなってくれたかな。


「あ、そうそう、ビィクティアムさん引っ越して来たんだよ。裏庭続きの、紫通り沿いの一軒家に」

「あら、そうなのかい? じゃあ、ご近所さんだねぇ。ああ、それで裏から入って来たんだね!」

「なんだよ、それなら引越祝いだな。まだ客が来るまで時間があるから、上で飯にしよう!」


 父さんは、ビィクティアムさんの腕をぐいぐい引っ張って二階に上げ、母さんと俺は四人分の昼食を二階へと運んだ。

 戸惑うビィクティアムさんをテーブルに着かせて、四人で食卓を囲む。

 俺がビィクティアムさんのあまりに杜撰な私生活を話し出し、母さんが食事はちゃんとしないと駄目よ、と説教を始める。

 これからはうちでちゃんと食べると約束させ、お祝いにあまり甘くないチーズケーキを出した。


「これは、おまえがあの時作っていた乾酪か?」

「ううん、これは違うよ。あの時のは、あと一ヶ月くらいかな」

「そうか『旨いものは時間が掛かる』……だったかな。楽しみだ」


 そう、未来に楽しみがあるのはいいことだ。

 些細なことでも、それだけで心が和むことだってある。

 だから、その楽しみを待つ場所を整えよう。

 ふわりと笑うビィクティアムさんを見て、父さんと母さんも安心したような笑顔を見せた。

 そっか、ふたり共ビィクティアムさんが、俺のことで責任を感じていただろうと心配していたんだな。



 さて、ランチタイムが終わったら、リフォーム再開だ!

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