第208話 引っ越し
仲介屋に着くと、すぐに店長のコレックさんが出て来てくれた。
これは話が早い。
ビィクティアムさんに聞いたところによると、どうやら今の東・白通りの邸宅もコレックさんの紹介らしいのでちょうどいい。
「おや、タクト、珍しいな」
「おはよう、コレックさん。今日は、この方の引っ越しの相談です!」
「……すまん、なんだか、タクトに押し切られてしまってな……」
「こりゃ、長官さんじゃないですか。あー……あの家、使いづらいですかねぇ?」
俺は簡潔にビィクティアムさんの現状を話し、買い取りの方向で検討したいと勝手に話を進めた。
周りに小売り店や食事をできる店が多めで、でもそこそこ広さがあって、東門に行きやすい場所。
「……ということなんですが、お薦めはどの辺りですか?」
「おい、タクト、俺が買うのか?」
「そうですよ。その方が使いやすいように改造できるでしょう? 安い物件でいいですよ、立地重視で」
改装は俺がやるんで大丈夫です、とかなり強引に買い取りを決めさせた。
本当に嫌なら、絶対にビィクティアムさんは首を縦に振らないはずだからね。
「そっすねぇ、長官さんがおひとり住まいっていうなら……南東・紫通りのこの辺ですかね」
薦められたのは道一本隣はもう南地区になるという、南東地区の一番端だ。
うちの食堂がある、青通りの近くみたいだ。
ギリギリ住宅街だけど、小売店や食堂の多い南地区の東側と接しているし、地図で見ると東門まで環状通りを歩いていける一本道である。
しかも、この家なら借りている家の半分より少し小さいくらいの規模だ。
丁度良いのでは? と勧めて、価格を確認すると……あ、やっぱり、高いよね……
「なんだ、随分安価だな」
ビィクティアムさん的には安いのか……
コレックさんも頷いてる。
「そうですねぇ、今の家の家賃三年分くらいって感じですね」
たっけぇよ!
今の家の家賃!
殆ど使ってねーのに、めっちゃ無駄だったじゃん!
「うむ、ここなら不便もなさそうだし、ひとりで暮らすには悪くない大きさだ。ここにしよう」
即決。
金持ちは決断が早い。
「すぐに入れるんですか?」
「掃除は必要だけど、入れるよ」
「では、ここを買い取ろう。代金は後で届けるがそれでいいか?」
「はい。勿論ですよ」
こうして、ものの
自分で勧めておいてなんだが、思いっきりがよ過ぎないか?
でも覗き込んだビィクティアムさんの表情が少し明るくなっているので、まぁいいかと思うことにした。
「引っ越し、どうします?」
「荷物は殆どない。家具は全て借りた時に付いていたものだし、着替えくらいだが……」
いつも制服着ているから、家に私服があったとしても少ないんだろうな。
そして制服の替えも、絶対に詰め所に置いてあるに違いない。
今だって、半分制服だしな。
今度マリティエラさんにでも、私服を見繕ってもらった方がいいのではないだろうか。
そのまま新居に行ってみようと話していた時、コレックさんに呼び止められた。
「え? うちの隣?」
「ああ、売りに出ているんだよ」
「二番ってイルレッテさんの所だよね? 引っ越すの?」
イルレッテさんは、連れあいを亡くしてひとり暮らしだ。
息子さんと娘さんがいて、ふたり共別の町で働いているのだが、息子さんが戻ってくるのだそうだ。
だが、木工職人なので新居と工房を西側に構えるらしい。
「イルレッテも足が悪いし、息子の工房がこの町にあるなら一緒に暮らしたいってんで売りたいらしいんだ。でも、あの家は普通の半分くらいの大きさだから店にするにゃ小さい」
「そうか……ひとり暮らし向きの広さだし、買うとなると考えちゃうもんなぁ……」
「タクトんとこで買わねぇか? 食堂広げるとかよ。最近おまえの所、結構満席だろう?」
ううむ……
確かに隣の家は、無理してでも買うべきだとは思うのだが。
「欲しいなら買ってやろうか?」
何、言ってんの、ビィクティアムさん!
「駄目ですよ、そういう甘やかしはっ! 買えない訳じゃないんですけど、今以上に店舗を大きくすると税金が跳ね上がるのです」
「あ、なるほど……そうなのか……」
もー、お貴族様はこれだからっ!
「コレックさん、ちょっと父さん達と相談するよ。保留にしておいていいかな?」
「ああ、かまわねぇよ。あそこじゃ住居としても店舗としても売れねぇから、安くするぜ」
俺は値段だけを聞いて、取りあえずビィクティアムさんの新居に行ってみることにした。
紫通りは、町の中心から数えて三本目の環状道路だ。
衛兵隊の東門詰め所はこの紫通りと、四本目の環状道路である緑通りに挟まれた区画にある。
北東と北から北西門あたりは山に入っていく感じの盛り上がった地形のためか、環状になっているのは緑通りまで、その外側にある通りは南東から北西までの弓なりの道になる。
今までのビィクティアムさんの家は、その弓なりの道を二本越えた所だったので、詰め所からもかなり距離があった。
紫通り沿いの新しい家は門扉を開けると、短いが玄関までのアプローチが石畳になっている。
家自体はそんなに大きくはないが、隣家と少し距離があるのでどの窓からも光が入りそうだ。
裏扉近くに来て、区画中央の裏庭をみたら……
あれ?
……硝子ハウスがある。
あそこ、うちだよね?
あ、そーか。
住所は表門がある通りの名称になる。
同じブロックでもうちの表門は青通り、この家は紫通り側。
しかも境目のブロックだからうちの反対側半分が南東地区扱いなのか。
「なんだ、裏口からおまえの所の食堂に入れるな」
「そーですね……でも厨房ですから、できれば外をまわって欲しいかなぁ」
厨房から衛兵隊長官が出て来たら、食堂にいる衛兵さん達がどれだけ驚くか……面白そうだけど可哀想なので。
「これはいい買い物をしたな。うん、ここなら毎日帰ってきてもいい」
いや、普通は毎日おうちに帰るんですよ。
ビィクティアムさんがご機嫌な顔になったので、これからはちゃんとこの家で休んでくれるだろう。
上司が休まないと、部下は大変なんですからね。
衛兵さん達のためにも、この家に毎日ちゃんと帰ってきてもらえるように整備してあげよう。
取り急ぎ俺の魔法で掃除だけして、細かいレイアウトチェンジは後だ。
案の定ふたりで運べる程度のものしかなかった荷物をその日のうちに運び込んだ。
あの広い邸宅にいながら全く物がないなんて、コレクション大好きな俺からは信じられないよ。
さて、長官殿の新居を、快適住宅へとリフォームしましょうか!
無理矢理買わせちゃったから、誠心誠意作りますよ!
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