第205.5話 その後の皇宮の人々
▶南茶寮の侍従達
「やっぱり『スズヤ卿式』で入れると美味しさが格段に違いますね」
「しかし、選考会のこと、あまりよく思っていらっしゃいませんでしたよね……」
「貴族なら相手より優れていると示すのは当然なのに、お気が弱くていらっしゃるな」
「スズヤ卿って、神典の翻訳をなされたのでしょう? 教会のご関係者なのでしたら、争い事がお嫌いなのも解ります」
「なぁ、聞いたか?」
「昨日の大綬章叙勲式典、スズヤ卿が襲われたって!」
「えっ! じゃあ、お怪我を……?」
「いや、全くの無傷で、しかも襲撃者を一撃で倒されたとか」
「教会の文官でいらっしゃるのに、武芸にも秀でてるということなのか?」
「式典の記録係に聞いたのだが、それはそれは強い魔法をお持ちなのだとか!」
「私も聞いたぞ。儀礼が完璧で書記官長が大変感動していらしたって……」
「お強くて、そんなに行き届いた方なのか……」
「おまえ達! 何を怠けているのですか!」
「じ、侍従長様!」
「申し訳ございません……昨日の式典のことが気になって……」
「ああ……あの式典は、途中で不埒ものに台なしにされてしまいましたが、実に素晴らしかったですからね」
「スズヤ卿って、そんなにお強いとは思えなかったのですが……」
「本当にお強い方や優れた能力をお持ちの方は、決して人にひけらかしたりはなさらないものです。ここぞという時以外には無闇に争わず、過剰な対抗心も持っていらっしゃらないのでしょう。あの方はまさに、貴族の規範のような方です」
「貴族の……規範」
「ああ、明日、東茶寮の侍従達が『スズヤ卿式』の入れ方を学びに来ます。水魔法の使える者達は用意をしておくように」
「どうしてでございますか? 教えてしまったら、東茶寮に勝てなくなってしまいます!」
「わたくしたちが紅茶を入れるのは、侍従同士での争いのためではなく、いらしてくださる方々をもてなすため。今一度、そのことを考えて侍従教育を再考することとなったのです」
「では、選定会は?」
「茶寮ごとではなく、全員で協力してお客様にご満足いただけるよう努めるため、方法を変えることになりました。その内、皇后殿下から通達があるでしょう」
「おお……! 皇后殿下から!」
「私達の紅茶を、お召し上がりいただけるのですか?」
「それは、今後の精進次第です。わたくしたちが、最高のもてなしの意味を正しく理解できれば、きっとスズヤ卿以上の紅茶を入れられるようになるでしょう」
▶若手料理人と給仕
「知ってたか? スズヤ卿のこと」
「式典で襲撃者を倒したことか?」
「違うよ! あの方が『ショコラ・タクト』をお作りになった方だってことだよ!」
「ああ、聞いた時はびっくりしたよ」
「神従士なら解るが、教会の上位の方が料理を作るなんて、あり得ないもんなぁ」
「他にも、いろいろな菓子を考案なさっているらしいぞ」
「他……って、菓子なんてそんなには……」
「飴菓子とか、卵を使った菓子とか、ドミナティア神司祭とハウルエクセム神司祭が召し上がったって」
「あ、飴菓子なんて、料理長じゃなきゃ作れないぞ?」
「俺なんて見たことすらないよ。すげぇ方なんだな……やっぱり」
「ショコラ・タクトだって俺達が作ったものと、皇后殿下からいただいたものとは全然違う……」
「再現が間に合っていたら、宴席で振る舞われていたはずだが……」
「ま、襲撃事件で宴席は中止になっちまったから、俺達も恥をかかなくて済んだけどな」
「くそっ……侍従達みたいに、作り方を教えてくださいとお願いすればよかった!」
「し、しかし、俺達にだって、皇宮菓子師の誇りが……!」
「下らない意地を張って、千載一遇の機会を逃したな」
「むっ! なんだとっ! 給仕のおまえに俺達の苦悩など解るか!」
「スズヤ卿はお優しい方だからな、聞けば絶対に教えてもらえたのに。残念だったなぁ?」
「解るものか。聞いたって秘伝の作り方で、教えられないと言われたかもしれん」
「あれほどの紅茶の入れ方を、惜しみなく披露してくださったのだぞ?」
「紅茶と菓子では、全然違う!」
「やれやれ、頑固者には新しい菓子など作れんぞぉ」
「……ダメ元でも、聞けばよかったかなぁ」
▶皇王一家とビィクティアム
「この度のことは、全て警護として付いていた私の責任です」
「……なんのことだ? 『何も問題なかった』のだ。おまえにも責任などない」
「しかし、それは……」
「……実に情けない……臣民にあのように気を遣われなければ、己の誇りを保つことさえできなかったとは」
「まさか、あれほどの数が潜伏していたとは、わたしも思ってもおりませんでした。何年も前から、皇宮内に入り込んでいたということですよね、父上……」
「あの後も幾人か捕らえたと聞いたが、最終的にはどれくらいだ?」
「はい、夜中にタクトを襲った者達を手引きした者、毒を調達した者、連絡係や見張りまでおりました。皇宮内だけでも二十人を超えております」
「なんということでしょう……その者達はいつでも、わたくし達でさえ容易に襲うことができたということですね」
「ある程度は覚悟しておりましたが、教会関係者を含めますと三十人以上となります……警備があまりに小規模すぎたのは、私の判断が甘かったと……」
「だから、おまえに責はないと言っているだろう、ビィクティアム。本来、おまえも守られる側の立場なのだ。皇宮内だからと気を抜いておったのは……儂らも同じだからな」
「あのカラム……とかいう男が、スサルオーラ教義の指導者のようです。捕らえた者に確認しました。あやつが中心となったのが九年前だそうです」
「父上、スサルオーラ教義信者の犯行と思われる凶悪事件は、殆どこの六年ほどの間に起きております」
「今回捕らえられた者の殆どが、五年前に雇い入れた者や教会に入った者でした。近々この十年の間の雇用や異動に絞って改めて確認いたします。ただ、組織的に動いていたというよりは、それぞれが感情にまかせて……という状態のようでした」
「やつは扇動していただけで、統率はしていなかった……ということか」
「他にも潜伏している者が残っていないかは、現在調査中です」
「うむ。そして一刻も早く『正典』を教育に取り入れ、残りの二冊を探し出さねばならぬ。ドミナティアは動いておるか?」
「はい、外典……いえ、『聖典』の残りがないかと、明日より旧教会をくまなく捜索すると。後は各地の教会内で、再調査をしていくとのことでした」
「なぁに、あと二冊くらいならばすぐにでも見つかるであろう。これからの近衛は皇宮内の者達も改めて選ぶ基準や、選考方法を変えなくてはいかんから、侍従についてもしっかりと見直さねばな。アイネ、教育改革も併せて行うぞ」
「そのことでございますが……陛下、わたくしはタクトにどのような教育を受けたか聞いて、基準を定めようと思っておりましたが……その、本日のタクトの言葉で少し……戸惑っておりまして」
「ああ……かなり厳しいようでございましたなぁ、タクト殿の受けられた教育は」
「まさか、あんなにも過酷であろうとは想像しておりませんでしたので……取り入れたとしても誰ひとり付いて来られないかと……」
「あの言いようだと、どうも子供の頃は一切魔法を使わせず、ありとあらゆる知識を学び、適性や技能も本人には教えずにいるようであったな」
「ガイハック殿の話によると、タクトは大概のことができ、魔法も多岐に渡って使えるにもかかわらず、シュリィイーレに来るまで一度も魔法を使ったことがないと言っていたようです」
「確か十九歳であったな? シュリィイーレに来たのは。その年で魔法を使わずにどうやって生きてきたというのだ?」
「彼の国では、子供は完全に大人が管理していたのかもしれません。学問を終えた後を『今までいた環境と違う規範の社会』と言っていたのは、その時に初めて魔法を使ってことを成せと言われるのではないかと」
「ええ……魔法をろくに使ったことがないにもかかわらず結果を求められるという、まさに千尋の谷に突き落とすような教育……とてもではございませんが、この国には合いません」
「ううむ……だが、その教育がタクトのずば抜けた技能や、魔法の基礎だと思うと……やはり必要なのではないか?」
「いえ、陛下、おそらく、彼とイスグロリエストの民とは成長のしかたに大きな違いがあるかと」
「成長のしかた?」
「タクトが途轍もない魔力量なのは、常にあらゆる魔法を複合で使い続けているためでしょう。しかし、雷魔法が使えるにもかかわらず【雷光魔法】が獲得できていなかったり、突然大きく魔力を使った【音響魔法】がいきなり『特位』で顕現しております」
「まあ……普通、魔法は『第五位』か『無位』で授かるものでしょう?」
「このことから彼の国の者達はかなり修練し、我々より遙かに強く練達した魔法でなければ『獲得』したことにならないのではないでしょうか。ですから、成人の『加護』で賜ったものだけは『第四位』からでした」
「そうか……そういえば『こちらの神々はめっちゃくちゃ採点甘い』と言っていましたよね。私はなんのことかと思いましたが、タクト殿にとっては魔法を獲得するということは、かなりの修行を要することだからそう思われていたのですねぇ……」
「タクトは『加護』で授かる魔法でも、あっという間に高い段位になります。その厳しい国の教育を十六年間も受けているのですから、土台となる基礎が全てできあがっているために使い出せば成長が早いということだと」
「わたくし達とは、根本的に魔法に対する適性も違うのでしょうね。だとすれば、やはり魔法教育については、参考程度に留めておく方が宜しいですね」
「ですが『行儀』という『礼儀・礼節の面から見た立ち居振る舞い』の教育は必ず取り入れるべきと考えます。従者家系だけでなく、多くの貴系家門の子弟も『人としての当たり前』を蔑ろにしていると感じますから」
「礼儀と礼節……そうね。それは大切なことです。タクトはその『行儀』について何か言っていましたか?」
「『作法の善し悪しは教養のあるなしに関連づけられて判断される』……でしたか。スズヤ家門では『料理人への感謝と敬意、食材への感謝を忘れず全て食べろ』という『行儀』もあったようです」
「……それで、タクト殿はあの時も、あんなに沢山食べていたのか」
「『食事を残すことに罪悪感を感じる』らしいですから、全部食べようとしていたのだと。流石に量と……あの味でそれは叶わなかったようでした。部屋を出る時に料理人と、食材に詫びていましたからね」
「食材にまで詫びるのですか?」
「その辺りは……私にもよく解らないのですが、まぁ彼の国の考え方は……我々には理解の及ばないところもありますから」
「それくらい『行儀』というものも厳しいのでしょうか……し、しかし! 教育を整え、従者達や貴系家門の教養を高めれば、間違った言葉に心動かされて信仰を裏切ることもなくなるはずです!」
「しかし母上、いきなり多くのことを学ばせたとしても、かえって混乱する者が現れるのではないですか?」
「伝統や以前の教育全てを完全に否定したり、一度に大きく変革する必要はないでしょう。まず、足りない
「あらゆる方面の専門家を集める手筈は整っております。母上から方針を示していただければすぐにでも動けましょう」
「いままでその『専門家』なる者達の教育が、あまりに杜撰だったのですよ? 任せてしまってよいものかどうか……」
「……ううむ、教育は……難しいものだな」
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