第205話 お帰りなさい

「ただいまーっ!」


 波乱の武闘会……いや、舞踏会のその日のうちに、俺とメイリーンさんはシュリィイーレに戻った。

 だって、もー皇宮のご飯、食べるの嫌だったんだよ。

 食べきれないで残す、あの罪悪感!

 俺には耐えられない!

 ……というのは、二番目の理由。


「おや、今日はあっちに泊まってくると思っていたのに。よかったのかい? こんなに早く戻っちゃって」

「そうだぞ、タクト。王都なんて、なかなか見られねぇだろう?」

 父さんと母さんは、俺達がもう一泊して観光でもしてくると思っていたみたいだ。


「いいんだよ。だって、食事が美味しくないんだから!」

 メイリーンさんもめちゃくちゃ頷いている。

「お昼……美味しくなかった、です……」

「俺達は母さんの料理が一番好きだって、再確認しちゃったからね。早く帰ってきたかったんだよ」

「お帰りなさい……ふたり共」


 母さんの顔がほころぶ。

「皇宮じゃゆっくり眠れなかったし、家が一番だよ」

 父さんもしょーがねぇなぁ、と言いながら上機嫌だ。

「……でもよ、着替えくらいしてから帰ってくりゃよかったのに」


 え?


 改めて俺達の今の服装を見ると、あの舞踏会用のヒラヒラのままの俺……

 メイリーンさんは、ふわふわお姫様衣装のままだ。

 ふたり共着替えるなんてこと、すっかり頭から抜けていたのだ。

 早く、帰りたくて。


 この格好で、教会から走って来ちゃったのかーーっ!

「……忘れてた……着替え……」

「タクトくんは格好いいから、このままでも、いい」

 優しいなぁ、メイリーンさん……

 でも流石に、ない。

 それは、ない……

 食堂にお客さんがいない時間で助かった……


「メイちゃんの衣装は、凄く素敵だねぇ!」

「本当だなぁ。惚れ直したろ? タクト」

「うん。控えめに言って最高」

 メイリーンさんの顔が真っ赤になって……あ、耳まで赤い。

 この可愛い人が俺の婚約者だなんて、本当に生きてて良かった!


 そこへライリクスさんと、すっかり回復したマリティエラさんが現れた。

 ……ふたり共、ちゃんと着替えていやがる。


「そうだ、今日はメイちゃんの生誕日なんだから、うちで食べておいきよ!」

「おう、そうだな! 明日一日遅れでと思ってたが、戻ったんなら今日の方がいい! ライリクス、マリティエラ、おまえさん達も一緒に食おう、な!」

「え、僕らも……ですか?」


 母さんが、少し戸惑うライリクスさんとマリティエラさんの手を取る。

「当たり前だよ、あんた達はメイちゃんの後見人なんだろう? なら、家族ってことじゃないの」

「そうだぞ。メイちゃんの家族ってんなら、うちの家族ってことだ。さぁ上がった、上がった!」

 父さんがふたりの背中を押して、二階へと促す。


 メイリーンさんの後見人……ってことは、保護者ポジションだよね。

「父母……って感じじゃないから、お兄さんとお姉さん、か。じゃあ、俺にとっても兄さんと姉さんってことになるのかな」

 ん?

 ライリクスさんが、めっちゃ恥ずかしそうな顔をしている……珍しい。

 マリティエラさんは……ちょっと泣きそうなくらい、瞳が潤んでいますけど?


「さぁさぁ、タクト、早く着替えておいで! メイちゃんは……あたしの服でもいいかねぇ? ちょっと大きいと思うけど……」

「い、いえっ! ありがとうございます! ちゃんと、洗ってから、お返しします……!」

「いいよ、着なくなってる服があるからねぇ」


 ライリクスさんと父さんを居間に残し、俺は自分の部屋へ、女性陣は母さんの部屋でメイリーンさんの着替えを手伝うことに。

 ドレスというものは、どうやらひとりで脱ぎ着ができないものらしい。

 女性の装いは大変だ。


 みんなの笑顔と声を聞いて、やっと、帰ってきたっていう実感が湧く。

 そう、一番の理由は『俺が寂しかったから』。

 ひとりで王都に『閉じ込められている』みたいに感じていたから。



 俺は自室でヒラヒラ衣装から着替え、改めて大綬章と教会章を眺めた。

 これは、どちらもとても重い意味を持つものなのだろう。

 国から、そして教会からも『何か』を期待される者に与えられるのだろうから。

 でも、俺は理不尽な命令や要請には絶対に従わない。

 俺がやりたくないことも、絶対にしない。


 俺は、俺自身の『自由』と『家族』を護るんだ。

 そのためにできることは全てやると、改めて誓った。



 ミアレッラの部屋 〉〉〉〉


「あらら、やっぱりちょっと大きいねぇ。ここんところ、ちょっと詰めるから、待っててね」

「はっ、はいっ!」

「メイリーン、引っ張って止めてる髪が痛いでしょう? 外すわ」

「ありがとうございます、先生」


「なんだい、メイちゃんは『先生』なんて。もう仕事場じゃないんだから」

「そうなんです、この子ったらずーっとそう呼ぶんですよ」

「で、でも、先生は、先生だし……お名前で呼ぶのって、なんだか……」


「じゃあ『お姉さん』でいいじゃないか。ねぇ? マリティエラ」

「……!」

「え、え、と……お姉……さま?」

「私も……メイって呼んでもいいかしら?」

「はい! 勿論です!」


「さ、できたよ、メイちゃん。着替えたら先に居間に戻っててね。すぐに食事にしようね」

「はい!」

「あなたは……少し手伝って、マリー」

「はい……!」


「それじゃあ、先に行ってます、お義母さま……お姉さま!」

「ええ……! すぐに行くわ」



「……マリー、貴方たちが王都に入ることの方が、余程心配だった。無事で、良かった」

「ミルデ……」

「駄目。それはもう、私のことではない」

「はい……ミアレッラ……さん」

「うーん、メイちゃんみたいに『かあさん』って呼んでくれないのかしら?」


「何を仰有るんです! そんな風に呼んだら……私が、タクトくんと何かあるみたいになってしまいます!」

「そうね。それは……駄目ねぇ。じゃあ、昔みたいに『おねえさま』と呼んでもらう方が……でも、この年でそれも……」

「……お姉様……懐かしいです。あの時は、私、ガルドレイリス様を恨みましたわ……」

「急だったものねぇ。貴方たちがここに来てくれて……また会えた時は嬉しかったわ」

「お姉様だけでした。私達のことを祝福してくださったのは。だから……私もお姉様を祝福したかった。でも、どうしても『盗られた』って思ってしまっていたままで。なかなか、こちらにご挨拶に来られませんでした」


「全部、タクトのおかげかしらね」

「はい。私とライのことも、メイのことも。こうして、今、私が生きていられるのも……そうだわ、なんだか私『聖者』認定されているみたいなのです」

「あらあら……」


「急に教会の方々とか、皇宮の侍女達まで態度が変わって……正直、気持ち悪くて」

「これからが大変よ。『聖者』なんて面倒なだけですもの」

「……お姉様、面倒でいらしたの?」

「当たり前でしょう? だから、あの人との駆け落ちはとっても嬉しかったわぁ。勿論、好きな人とだからよ? 他の人だったら……ひとりで出奔していたわね、きっと」

「お姉様……」

「まぁ、頑張りなさいな! 愚痴ならいつでも聞いてあげるからね、マリー」



 居間 〉〉〉〉


「そうか……やっぱり襲われたか」

「はい、我々がついていながら、随分と危険な目にあわせてしまいました。申し訳ございません」

「おまえらのせいじゃない、と言いたいところだが、セインドルクスのやつは一発ぶん殴ってやりてぇな」


「どうぞ、何発でも。それと、今後、タクトくんがシュリィイーレから出ることは……できないかもしれません」

「そうだな、暫くは……俺も出したくねぇし、あいつも何処にも行きたがらねぇだろう。でも、どこに行こうがタクトの自由だ。誰にも、何にも、縛られることなんかねぇ」

「はい。そうです。ですが、シュリィイーレから出ることは相当危険です」


「神典と神話が未だ残ってるって話なら……そうだろうな。まさか、古代文字の前の世代のものまで読めちまうとは。いや、元々使っていたのが、そっちの文字だったのかもしれねぇな……」

「あ……だから、こちらに来た時に『今の文字が読めなかった』ということですか?」

「そこいらへんは……俺達が考えることじゃねぇ」


「そうですね。今回は全てタクトくんの力に救われました。マリーのことも。彼は僕らの命の恩人です」

「……おまえのことも助けたのか?」

「ええ。マリーが殺されていたら、多分僕はあの場で全ての魔法を解放して……自分も死んでいたでしょうから」

「そういう風にすぐ生か死か、ってなっちまうのは大貴族家門の悪い癖だぞ。まったく。もっと家族のことも考えろよ、これからは」

「……え?」

「だから、俺達のこともメイちゃんのことも、だ。おまえらは『ふたりっきり』って訳じゃねぇんだぞ」


「……ありがとう……ございます」

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