第204話 ミッション・コンプリート?

 やつが消え、振り返ると皆さんが呆然としていた。

 あ……突っ走り過ぎちゃったんですよね、俺。


「タクト……何が、どうなったんだ?」 

 ビィクティアムさんが聞いてくるが、それは俺も聞きたい。


「えーと、あいつの言い分にムカ付いたので、俺がぶん殴って怒鳴り散らしたら怒り出して、俺が魔法を出そうと準備していたらあいつの方も魔法を放ってきて、なんとか躱したみたいですけど……逃げられちゃった……ってことでしょうか」

 ものすごーく端折っているけど、間違ってはいない。


「なんの魔法を使おうとした?」

「……」

 言えない。

【次元魔法】ってのは、絶対言えない。

 ビィクティアムさんの声が小さくなる。


「……神聖魔法か……どんなものか解らずに、使おうとしたのか?」

「攻撃系の魔法は、持ってないので……」


 ぼぐんっ!

 ふぇぇっ?


「なんという危ない真似をするのだ!」

 思いっきり頭を殴ってきたのは、サラレア神司祭だった。

「攻撃系の魔法がないと言っていたようだが、だったらどうして向かっていった? 危険すぎるであろうが!」

「……無謀だったとは、思いますが、どうしてもぶん殴ってやらないと気が済まなかったんですよ……俺の大切な人達にあんなことしやがったやつ、許せませんから」

 そうだ。

 絶対に許せなかったんだ。

「一発入れたら引くつもりだったんですけど、あんまり甘ったれたこと言い出すから……つい」


 ビィクティアムさんは呆れたような、諦めたような溜息を漏らす。

「おまえらしいと言えば、らしいのだが……」

「タクトくんは、時々無茶なことをしますねぇ。まぁ、気持ちは解ります。僕も、気を失うまで殴ってやりたかったですから」


 そして、マリティエラさんを庇うように抱いているライリクスさんは未だ怒りが収まらぬといった声色。

 ライリクスさんは結構、過激なんだよね。


「それにしても、逃がしたのは痛いな……どこかに潜伏してまた事を起こすかもしれん」

「たぶん、大丈夫だと思いますよ」

 俺は苦々しそうな声を出したビィクティアムさんとサラレア神司祭に、やつの身分証を見せる。


「あいつの物だと思います。拾った直後は『カラム』と名前が読めましたが、今はもう何も刻まれていません」

「カラム……は、あの神仕の名前の一部だな。私が調べていた神仕に間違いないだろう。そうか、身分証から全てが消えたとなると、もう死んでいるな」


 サラレア神司祭も悔しげだ。

 生きたまま捕らえて、情報を聞き出したかったのだろう。

 おそらく、あいつが首謀者だっただろうから。


 そう、身分証の文字は死んで、遺体がなくなってしまうと消えてなくなるのだ。

 遺体の残っている内は、文字は消えないらしい。

 異世界に行ってしまったということは、こちらでは死んだことと同義なのかもしれない。

 てことは、俺もあっちでは死んだってことなんだろうなぁ。


「やつは何かに飛び込んで逃げようとしたようだが、なんの魔法だったんだ?」

「『時間』をもどして、俺の聖加護を奪うって言ってました」

「【時間魔法】と何かを組み合わせたのか。それが上手くいかなくて、時空に切り裂かれたのかもしれんな」


【時空魔法】や【時間魔法】では、実体が移動することは不可能とされているようだ。

『空間操作』があってもせいぜい姿の投影か、音を飛ばすくらいが限界らしい。

 俺が転移できるのは、やはり【次元魔法】だからなのだろう。



「スズヤ卿、本当に申し訳なかった……全て君に、負担させてしまった」

「気にしないでください、サラレア神司祭。神典や神話を書けたのは楽しかったし、勉強になりました。まだ発見されていない原典も、見つかったら俺に書かせてくださいね?」

「もちろんじゃよ、スズヤ卿。教会輔祭・書師である貴公以外に『聖典』を書けるものはおらん」


 リンディエン神司祭が微笑みながら、ポンポンと肩を叩いてくるけど……その『教会輔祭・書師』ってなんですかね?

 話によるとどうやら俗世で教会の使命の補佐をする者は『輔祭』とよばれ、俺は神典や神話の筆記についての称号をもらったらしい。


「いや、『魔眼鑑定』は聖属性であっても技能だけであるからと、輔祭に対して第二位階級を与えることに難色を示す者達もいたが『聖加護の左手』が顕現したとあればなんの問題もない!」

「そうですよ、むしろ第一位階級にせよという声も上がることでしょう」


 何故なにゆえリンディエン神司祭様と、ナルセーエラ神司祭様が得意気なんですか……

「第二位階級は、地方の教会司祭と同等の地位ですから、何処の教会でも聖堂奥まで入れますよ」


 どこにも行きませんよ。

 俺はずっと、シュリィイーレにいるんです。

 もう、王都もこりごりですし。

 あ、でもあの旧教会には、いつかもう一度行ってみよう。



 聖神司祭様方は結構盛り上がっていらっしゃるのだが、明らかに落ち込んでいるのはロイヤルファミリーの方々だ。

 そうだよなぁ、皇宮っていうこの国で最も安全じゃなきゃいけない所で来賓が五回も襲われちゃったんだから。

 しかも、犯人は外部じゃなくて全員、皇宮内に潜伏していたかノーチェックで入り込んだ訳だし。


 うーん……慰める、ってのは違うよな。

 謝ってもらいたい訳でもないし。

 もう、終わったことだし……


「陛下」

「……タクト……」

 俺は少しだけ進み出て、陛下の前に跪く。

「この度のご采配、お見事でございます。感服いたしました」

「……? おい、なに……」


「『原典の訳文が未だ完成していないにもかかわらず叙勲式を行う』ことで、皇宮内の不穏分子を炙り出されたこの一連の策に、若輩の身ながら加えていただきましたこと、誠に光栄です」


 そう、これは『俺を囮にした作戦』。

 俺は『知っていて態と襲われた』ということ。

 陛下がこの皇宮内の造反者を捕らえ、粛正するために行った策に協力しただけ。

 ……という『てい』だ。

 

「……うむ……大儀であった」

かたじけのうございます」


 一同が礼をとる。

 この件はこれで終わり、だ。

 陛下達が退席し、俺達は全て終わったと肩の力を抜いた。


 ビィクティアムさんが俺の耳元で囁く。

「すまん……礼を言う」

「なんのことでしょう?」

「……ああ、なんでもない」


 そう、なんでもない。

 これでいい。



「それとー……さっきはなんだか言いづらくて言えなかったんですが、俺の左手、もう加護はないみたいなんですよねぇー」

 みんなが一斉に俺の方に『何を言い出すんだ!』という顔を向ける。


「ほら、全然、普通の手でしょう?」

 俺はサラレア神司祭とセインさんに鑑定してもらうために、左手を差し出した。

 さっき、『β』の指示書を折り曲げておいた。


「ほ、本当だ……加護光が、まったく見えん」

「どういうことなのだ? 加護が、あれほど強い加護が消えるなど……!」

「多分、初めから『加護』じゃなくて、一時的なモノだったんじゃないですか?」


 マリティエラさんはメイリーンさんを庇うために飛び出し、毒を浴びた。

 自らを投げ出すその献身に神々が彼女を助けたいと願い、手近な者に『治癒』の力を与えた……というストーリー。


「だから、偶々近くにいた俺を使っただけで、神々がマリティエラさんをどうしても助けたかったんだと思うんですよ」

「なるほど……それは確かに……」

「そういえば、神話の第三巻に友人のために自らを犠牲にした少女を、神の言葉を受け取った青年が助ける物語がありましたね」

「『聖少女』のくだりか……! では、神は彼女を『聖者』とお認めになったのか……!」


 ほっほー……いちいち話を大きくするなぁ、聖神司祭様達は。

 でもいい反応ですよ、リンディエン神司祭様!

 ここでちょっと、ライリクスさんにも良い印象を持っていただこうかな。


「『聖なる乙女』がミヒカミーレの使者と愛を育み、豊穣をもたらしたって言うお話もありましたよねぇー」

「おお……! 確か、君が彼女の夫だな! ドミナティア神司祭の弟君!」

 ナイスです、ナルセーエラ神司祭様!


「なんと素晴らしい! 神々が君達を祝福なされたのだな」

「え……あー……恐縮です……」

 ライリクスさん、今までと百八十度違う反応で戸惑っているなぁ。


 ビィクティアムさんが、俺にだけ聞こえるような声で問いかけてくる。

「タクト、おまえ、神聖魔法の他にも聖魔法が使えるようになっているんじゃないのか?」

「うーん……どうでしょうか? 最近確認していないので、家に帰ったら見てみますよ」

「その方がいい。聖魔法があれば、この国の誰もおまえに無理な命令などできなくなるし、おまえの言葉は貴族の規範にも影響できるようになるからな」


 それほど『聖魔法』は権威があるものなのか……

 聖魔法があることでのリスクも、あるのかもしれないけど。


「なるほど……じゃあ聖魔法が発現した暁には『貴族は食事を残してはいけない』っていう訓戒でもしますか」

 そう言うと、それは厳しいな、とビィクティアムさんもやっと笑顔を見せてくれた。


 さあ、帰ろう。



 メイリーンさんを迎えにいって、俺達は王都を後にした。

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