第200.5話 式典記録書記官の日誌

 望月ぼうつき十八日


 十数年ぶりのイスグロリエスト大綬章の授章者が明日、この皇宮にいらっしゃる。

 王宮式典書記官として八十年を過ごして参りましたが、この度のようにお若い魔法師の方の授章は初めてのこと。

 しかも王都にお住まいの方ではなく、シュリィイーレのお方。


 記録官としてそのお方の人間性などもしっかりと調べ上げ、相応しい言葉で記録を綴っていかねばならない。

 明日、そして式典当日と二日間、お側で侍従としてお人柄を観察させていただこう。



 望月ぼうつき十九日


 昼少し前、セラフィエムス卿から叙勲されるスズヤ卿がこちらで昼食を召し上がるとの伝言をいただいた。

 これはいい。

 食事というのは、最も『素』が出るものだ。


 いらっしゃったスズヤ卿は、極々普通の青年に見えた。

 皇宮の大きさに驚いてはいたが、どうも臆しているという感じではない。

 並べられた食事にも特に大きな感激などはなく、表情に変化はあまり見られない。


 しかも食べ物を残すことに、とても嫌悪感を持っていらっしゃった。

 貴族であるならそのようなことを思うはずがないと考えていただけに、驚いた。


『料理人への感謝と敬意、食材への感謝を忘れず全て食べる』などという家訓があるとは、なんと厳格な御家門であろうか!

 その上『行儀』なる礼節や礼儀、立ち居振る舞いを幼い頃から学ばれているという。

 これはますます、式典が楽しみになってきた。


 信じられないが、本当に全てお召し上がりになった……

 それほどまでに御家訓を重んじていらっしゃるとは、なんとご自分に厳しいお方なのだろう!

 この年まで生きてきて、ここまでご自身を律していらっしゃる青年には初めてお会いする。


 しかも、なんと美しい作法で紅茶を入れられることか!

 貴族家門のお方が紅茶を入れることができるのは当然だが、それにしてもあの所作は完璧だった。

 その技能と魔法を、惜しみなく侍従達にお教えくださるお優しさに感動した。

 そして、信じられないほどの美味!

 ただ、侍従達の他者と競うことのため、と言った言葉に非常にがっかりなさっておられたのが印象的だった。



 お休みの前、お着替えなさっている際に目に止まった、とても美しい銀の鎖の身分証入れ。

 さぞかし、名のある名工の品に違いない。

 こういった隠れた所に逸物をご使用になるのは実に奥ゆかしく、品格の備わった方でいらっしゃる証。


 本当にこの方は、貴族の規範となられるお方なのかもしれない。



 望月ぼうつき二十日


 かなり緊張していらっしゃるご様子だったが、会場入りすると実に堂々となさっていた。

 そして完璧な礼!


 決して目線を上げず、途中、立ち止まっての立礼、その後の臣従礼。

 今時の若い貴族で、ここまで古式ゆかしく儀礼を行える方などいない。


 一度声をかけられただけで顔を上げる教育の行き届いていない者が多い中、スズヤ卿は二度目までぴくりとも動かなかった。

 しかも、頭を上げても決して陛下と目線を合わせず、最後まで顔を伏せられたまま!

 このような最も格式の高い儀礼を、こんなにもお若い方が披露してくださるなんて!


 その上、まったく言葉を発せられなかった。

 陛下がお許しになっていないというのにやたらとしゃべり出す無礼者が多く、何度その後頭部を殴りつけたくなったことか!


 最も驚いたのは立ち上がる時に、なんと一切前に出ず立ち上がられたことだ!

 立ち上がる時に前屈みになるのはある程度仕方ないと、いつも我慢していたが陛下に対して許可なく前に進み出るなど、なんとも不敬であると腹立たしく思っていた。

 スズヤ卿が決して前に出ず、それでいてお身体のぶれることなく立ち上がられた時に私は感動で震えが止まらなかった……!


 その後の襲撃は……信じられない奇蹟を目にすることとなった。

 あの襲撃者の刃物は間違いなく、確実にスズヤ卿に突き刺さった……と思った。

 そう見えたのに、スズヤ卿には傷ひとつなく、あっという間に一撃で倒してしまわれた。

 間違いなくスズヤ卿には、神々の加護が宿っていらっしゃる!

 お着替えを手伝った時に確認したが、本当になんの痕跡もなかった。


 なんと素晴らしい方だろう!

 まさに、イスグロリエストの誇りであるこの大綬章に相応しい!


 この輝かしい奇蹟の授章式典の全てをしっかりと記録し、後世まで偉業を讃えなくてはいけない。

 ああ、舞踏会のご様子を拝見できないことが、なんとも残念で堪らない……

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