第201話 舞踏会

 武闘会。

 もとい、舞踏会。


 もっと夕方かと思っていたが、午後になってすぐに催されるらしい。

 はっきり言って式典なんかよりも、もっと緊張&気が重い。

 しかし、これがラストイベントである。


 これさえ終われば、シュリィイーレに帰れる!

 お家に帰れる!

 メイリーンさんと、おてて繋いでお帰りできるのだ!


 祝典用の衣装は式典のものより物理的に軽く、心理的には重い。

 ヒラッヒラなのである。

 襟が、袖が、サッシュベルトが、マントが!

 成人男子としてこのヒラヒラは、あまりにもココロのダメージが大きいのである!

 似合ってれば……こんなことは言いませんよ……?

 似合うわけないじゃないですか……一般庶民大代表みたいな俺が。


 だが、俺の落ち込みもメイリーンさんの姿が見えた途端に、銀河の彼方に吹っ飛んだ。

 式典の時の厳かな襟の高い、落ち着いた色合いのドレスも素敵だった。

 しかし、淡い若草色の華やかな、それでいて上品なドレスに身を包んだ彼女の美しさに俺は言葉も出なかった。

 ふわふわで、キラキラで、ドキドキで、うっとりなのである。


 銀の髪に、銀の首飾り。

 エメラルドとオパールが輝きを添える。

 やっとの思いで絞り出した言葉が、綺麗だ、の一言だけである。


 こちらのドレスは襟ぐりが開いたとしても絶対に胸の谷間を見せたりしない。

 それはもの凄く下品なこととして、貴族だけでなく庶民からも嫌われているからだ。

 だから、首飾りを見せるためだけの分しか開けられていないのである。


 肩と二の腕、肘を出すのは男女ともにNG。

 基本は七分袖で、舞踏会の時は必ず手袋をする。

 庶民であっても太腿は疎か、膝を見せることすら恥ずかしいことだし、貴族女性は足首を見せるのも嫌がるらしい。

 ダンスレッスンの時にマリティエラさんから絶対に裾が跳ね上がったりしないように回れと、しつこいくらいに言われたのだ。


 制約ばかりのファッションだが、この世界の人々にとってはそれが最も美しい装いなのだ。

 そしてミニスカより長めのフレアスカートが風に揺れるのが大好きな俺的にも、この国の服装文化は美しく感じるのである。


 その完璧に美しい装いと、俺が作った装飾品を纏ってくれたメイリーンさんが目の前で微笑んでいるのだ。

 脳内では辞書に載っている全ての美辞麗句が津波のように押し寄せているというのに、口からはまったく出てこないのである。

 もう、抱きしめることくらいしかできない。


「こらこら、タクトくん、メイリーンの美しさに感極まるのは解りますが、落ち着いて下さい」

 ライリクスさんに引き離されてしまった。

「そうよ、タクトくん。あくまで紳士的に、ね」

「すみません……でもこんなに綺麗な人を見たのは、人生で初めてだったもので……」


 しまった、嘘っぽいとか思われてないか?

 慌ててメイリーンさんの顔を覗き込むと……はにかんだように俯いて……

 かぁわいー……


「ふたり共、お互いの姿に惚れ直すのはいいですけど、まだ油断できない状況だということは忘れないでくださいね」

 そ、そうだった。

 現在進行形で、攻撃対象継続中だったのだ。


「タクトくん、メイリーンと一曲踊った後に、他のご婦人達からダンスの申込があるはずですが、全部断ってください」

「勿論です。メイリーンさん以外と、踊る気などありません」

「そして、メイリーンを他の誰とも踊らせてはいけません。人質に取られる可能性があります」

「仮でも正式に婚約者として認定されているのだから、誰が申し込んで来ても断ることができるわ。たとえ、皇子であろうと、陛下であろうと」

「言われなくても、誰であろうと絶対にメイリーンさんを渡すつもりはありません。本当なら、この姿を誰の目にも触れさせたくないほどなんですから」


 もー、このまま連れて帰りたいのである。

 わけのわからん貴族共に、俺の大切な人を見せたくないのだ。


「タクトくん……情熱的過ぎるのも……ちょっと考えものですよ?」

「……でも言われてみたいわ、そんなこと……」

「僕はいつだってそう思っているって、解っているでしょ、マリー」

「それを、いつも言葉にして欲しいのよ」


 ほら、おふたりだって所構わずそうやって、スイートロマンスを繰り広げているじゃないですか。

 他人のこと、言えませんよっ。


「あたしも、ずっとタクトくんの側にいるから……他の人、あんまり、見ないでね?」

 見るわけねーっすよ!

 あああっ、ほんとーにもうこのまま帰りたいよぅ!



 そして、祝典が始まった。


 聖神司祭様全員がいる。

 式典だけじゃなく、祝典にも……でも、絶対踊らないよね、この人達は。


 改めて俺が原典を発見したこととその訳文が『正典』であると認証されたことが発表され、更に誤訳により『外典』と呼ばれていたものが原典第一巻の一部であると公表された。

 その訳文は各地の教会に展示され、必ず全ての者が読むようにとお触れが出るらしい。

 そうか、このために全員参加だったのか。


 これで、スサルオーラ神がどれほど誤解されていたかが解ってもらえればいいんだけど……すぐには無理だろうなぁ。

 早く全ての『聖典』を見つけてもらわなくちゃ。

 頑張ってくださいね、セインさん。


 そして所謂『ご歓談タイム』である。

 次々とお貴族様達……多分、大貴族の傍流の方々とか下位貴族達がご挨拶に来てくれるのだが、正直全然覚えられない。

 そして皆さん俺へのお世辞の中に、巧みに織り交ぜた家門の自慢話を聞かせてくださる。

 しかし、どうとっても『おまえの家よりうちの方が凄いんだぞ?』にしか聞こえないのである。

 うっっっっとうしーーーーいっ!


 俺達の後ろには常にライリクスさんとマリティエラさんがいてくれているが、誰もこのふたりには話しかけようとしない。

 ふたりは平然としてはいるけど、それはきっと今までもの凄く傷つけられてきたから諦めているだけなんだろう。

 ……なんて意地の悪い社会なんだろうな、貴族社会ってのは。



 ファンファーレが鳴り、各馬ゲートイン……じゃない、ロイヤルファミリーのお出ましである。

 陛下から俺の神典発見と翻訳の功績が改めて賞賛され、更に蓄音器の考案者であることや、皇室正式舞曲の作曲者であり、一等位魔法師であることが語られると会場がどよめく。

 蓄音器と魔法師ってのはいいんだけど……『皇室正式舞曲』……って何?


 楽団の音楽が止んだ。

 そして皇后殿下の生誕日にと作った、あの百合のブーケ型蓄音器が出て来た。

 陛下達の真ん前に置かれたその蓄音器から、音楽が流れ出す。


『皇帝円舞曲』が。


 蓄音器の音量は最大になっているみたいで、会場中に音楽が響き渡る。

 ……まさか、これですか?

『皇室正式舞曲』って。


 ちゃんと、作曲者は俺じゃないって訂正しておけば良かった……

 こんな風に発表されちゃったあとに違うなんて言いだしたら、陛下と皇后殿下にドロを塗ることになってしまう。

 ごめんなさい、シュトラウスさん……


「凄い……タクトくんの曲が、皇家の正式舞曲だなんて!」

 メイリーンさんにそう言われて、更に罪悪感の増す小心者……

「この曲でなら、楽しく踊れるね!」

「うん……そうだね。沢山練習した曲だ」


 そうだ。

 楽しく、まわろう。


 俺達は手を取り、曲に合わせてまわり始めた。

 くるくると、弦楽器の音が心地良い。

 この世界にない楽器の音に戸惑っていた他の人々も、次々と踊り出した。

 さあ、『武闘会』の始まりだ!


【制御魔法】全開!

【予知魔法】『予見技能』フル回転!


 ドレスが舞う。

 マントが棚引く。

『重力操作』で少しだけ軽くして、ふわりふわりと回転する。


 女性達のドレスはチューリップの花を逆さにしたような、軽やかに揺れる薄絹が重ねられている。

 それがキラキラと広がり、華やかに舞う。

 だが、決して足を見せてはいけないのだ。

 まわらなすぎても貧相で、まわしすぎても下品なのである。


 俺達に近づいてくる不審なカップルを躱し、反対側からぶつかって来ようとする馬鹿者共をすり抜けて回り続ける。

 もうすぐ曲が終わる。

 よーし、大技だ!

 メイリーンさんの腕を引いて、腰を支えている手で少しだけ上へと押し上げる。

 ふぁあっと、薄絹が翻り弧を描いて空を飛んでいるかのように浮かせた身体を隣に抱き寄せ、地上に降ろした瞬間に曲が止まった。


 よしっ!

 ちゃんと玉座の方を向いて終了できたぞ!

 音源があったから方向を失わずに済みましたよ、ありがとうございます、陛下!


 大歓声と拍手が巻き起こった。

 最後まで踊りきり、きちんと正しい方向を向いて終わることができたのはどうやら俺達だけだったようだ。


「は、離せっ!」

 突然聞こえたその叫びに振り返ると、何かを投げつけようとしたらしい男がビィクティアムさんに捕らえられていた。

 あいつ、さっき俺達にぶつかってこようとしたやつらのひとりだ。

 パートナーの女性は……?


「危ないっ! メイリーン!」

 マリティエラさんの声に、俺は反射的にメイリーンさんを抱き寄せた。


 ガシャーン!

 きゃあああっ!


 硝子の割れる音。

 悲鳴。

 倒れているのは、マリティエラさん。


「マリー!」

 ライリクスさんが駆け寄る。


「あの女だ! 捕らえろっ!」

 男を抑えつつ、ビィクティアムさんが近衛達に指示を飛ばす。


「……先生っ! 先生っ!」

 メイリーンさんの声に俺はマリティエラさんを見ると、顔の右半分と肩口から右腕が大きく爛れたようになっていた。

「これは……魔毒ですかっ? こんな……マリーっ!」


 しまった!

 マリティエラさんには、防御系の加護魔法をかけていなかった!

 俺は慌てて駆け寄り、マリティエラさんに触れようとしてライリクスさんに止められた。


「ダメですっ! タクトくん、この毒に触っては……!」

「洗い流せないんですかっ? 薬はっ?」

「……魔毒は……皮膚から浸透して、流すことはできません。薬も……」


 魔毒……魔物の毒ってことか?

 確か初めてあった時、父さんが角狼にやられた毒みたいなものか?

 顔に受ければ……死ぬと言われていた……?


 俺は、意識をなくしているマリティエラさんの右腕を取った。

 無意識だったのだが……毒の掛かったその腕に触れた途端に、肌が元に戻っていった。

 え?

 俺、なんの魔法も使っていないぞ?


「タクトくん……君……何を?」

「解りません……俺はただ、触れただけで」

 もう一度、爛れた部分に、触れる。

 さっき触れた、左手で。


 触れた所からみるみるうちに毒が消えていった。

 左……?

 あれ?

 俺、確か……左手に『実験』で魔法付与したことがあったよな?

 手首に『βベータ』が見える。


 そうだ、あの赤毛の黒鎧に付与した時に、人体に直接書いたらどれくらいもつのかって……『解毒・防毒』の【集約魔法】を。

 付与した俺の手だけでなく、触れたものにもその効果が発揮されるのか!


 分析はあとだ。

 気を失っているマリティエラさんの顔に、肩口に、毒の掛かった所全てに左手で触れて治していく。

 幸い、目には入っていなかったみたいで、肌の表面だけの解毒で完了したようだ。

 よ、良かった……

 念のため、浄化と回復の魔法もかけておこう。


 ライリクスさんは、マリティエラさんを抱きしめている。

 右頬に触れ、すっかり元通りになった肌を確認しているかのようだ。

 狙われているのは俺だったのに、マリティエラさんに危害が及んでしまった……


「奇蹟だ……」

 ん?

「スズヤ卿が触れただけで……魔毒がかき消えた…!」

「『神の御手』だ! 聖なる御手の顕現だ!」


 ギャラリーの隅々までその声が響き渡る。

 えええっ?

 ちょっ、ちょっと待って!

 そういうんじゃないって!

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