第200話 叙勲式典

 晴れがましい。

 あまりにも、晴れがまし過ぎるのではないかと思うほどの朝。

 式典用の正装に着替えさせられた俺は、鏡など見られないくらいにキラッキラである。

 眩しくて目が痛い。


 お似合いですよ、と気を遣ってくれる侍従の方々に苦笑いで返す。

 馬子にも衣装……的なやつだって解っているので、どうかそっとしておいてください……


 控え室は会場横の部屋なので、来客達のざわめきや陛下の登場したタイミングなどが解る。

 もうすぐ名前が呼ばれる段取りだと言われ、俺は緊張で胃が痛くなりそうだった。

 そして、広間への大扉前に立ち名前が呼ばれるのを待っている会場入りの直前に、俺はもの凄く重大なミスを犯していることに気付いた。


 この国の儀礼の作法を、まっっったく知らない!

 まずい。

 まず過ぎる。

 そういやセインさん、あれから一度も来てないじゃないか!

 いろいろ教えてくれるって言ってたのにーっ!

 アテにしてた俺が悪いってことか……


 俺の名が呼ばれ、入場を促された。

 もう、誰かに確かめることもできない。


 会場に入ってしまった俺の目の前には、金糸の織り込まれたフカフカの絨毯。

 真っ直ぐに続く栄光の絨毯ロードの先に、皇帝陛下の玉座があるはずだ。

 どうする?

 顔を上げて平気なのか?


 いや、確か皇帝とか王様とかの顔は、許可があるまで見ちゃいけないはずだ。

 この国でも、そうなんじゃないだろうか……

 少しうつむき加減に、足下を見ながら歩を進める。

 何処まで歩いていいんだ?

 近付き過ぎたらまずいだろうし、遠過ぎても……


 毛足の長い絨毯に、僅かに残る跡がある。

 そうか、きっと何代にも渡って使われている絨毯だろうから、多くの人がこの上を歩き謁見しているはずだ。

 たとえ魔法で洗ったとしても、僅かに痕跡が残っているということか!


 目を皿のようにして、俺はその極々僅かな跡を探しながらゆっくりと歩を進める。

 ここで、足を揃えている形跡がある……

 少し立ち止まってよーーーーく見ると、もう少し先に足跡が続いているみたいだ。

 また歩き出し、玉座への階段の一段目が目の端に入るくらいの位置にいくつかの窪みを見つけた。

 形としての跡……というより、魔力の痕跡か?

 取り敢えずどちらでもいい。

 目印となってくれるのであれば!


 ここが最終地点だろう。

 えーと、両膝をつくのは神に対してのみだから片膝……どっちを立てるんだ?


 利き手を前に出して何も武器など持っていないことを示す……ってのがあった気がするから、右膝をつけば右手が前に出せるか。

 左膝を立てて、その上に左手を置く。

 なんとか格好がついたか?


「……」

 ん?

 なんか言った?


「スズヤ・タクト、許す。おもてを上げよ」


 あ、はいはい……って、下向き過ぎてて背中、りそうっ!

 これ以上は顔を上げられない……!

 どんだけ緊張してんだよ、俺っ!

 陛下の顔の下半分しか見えないよっ!


「神典、神話原典七冊の発見とその訳文を正しく書き上げ『正典』をもたらした功績に対して、スズヤ・タクトにイスグロリエスト大綬章を授ける」


 よかった。

『完成』とはされていない。


 この国では、姓を先に言うんだよね。

 仮婚約証明で表示された陛下達の名前も、家門の名が先だった。

 その方が俺としては馴染み深いけど、この世界とは少し違和感……

 これは、俺の先入観だね。


「起立せよ」


 ここは立たないとまずいところだが……背中を庇いながらだと……おおっと、バランス崩しそうっ。

 上体を少し後ろに引き重心を後方にずらして、真っ直ぐ上にあがる……よし、立てた。


 俺の胸に紋章官が運んできた勲章を着けられると、一斉に拍手が起こった。

 確か勲章を着けられたあとは跪いてはいけないって聞いたような覚えがあるので、二、三歩下がって立礼。

 あれ?

 お礼とか言わないといけないんだっけ?

『有難き幸せ』……とかなんとか……


「この叙勲を以て、スズヤ卿は『正典書記』として教会輔祭ほさい『書師』となり、第二位階級となられた」

 ……お礼のタイミングを失った上に、なんだか訳の解らない役職名を言われましたけど?

 俺はただの魔法師でいいんですが……


 教会からもバッヂ的なものが贈られるらしく、別の紋章官が歩み出て来て勲章の反対側の胸につけてくれた。

 その時。


 そのバッヂを着けた紋章官の取りだした短剣が、俺の腹に突き立てられ、斬り上げられた。

 金ボタンが飛び、青い正装が裂ける。

 悲鳴が聞こえ、俺を刺したやつの高笑いが響いた。


「……ったく! どーしてくれるんだよ! 破けちゃったじゃないか!」

 俺が怒鳴ると混乱していた全員が、一時停止ボタンでも押されたかのように動かなくなった。

 服にまでは【強化魔法】をかけていなかったんだよね。

 くそー!

 ぬかったぜ。


 勿論、俺の身体には傷などない。

 俺には、剣など効かない。

 物理攻撃完全無効化絶賛発動中である。


 間抜け面を晒している襲撃者に近寄り、掌を押し当てて雷撃を喰らわせた。

 勿論最弱なので、弱めのスタンガンを押しつけたみたいなものだ。


 ぱたり、と倒れたそいつの姿に観衆から歓声が上がる。

 こいつも狂信者なのか。

 それにしても、いろいろな場所に潜伏しているなぁ……

 いや、潜伏っていうレベルじゃないよな?

 どこからか入り込んでるってことか?


 そいつは駆け寄ってきたビィクティアムさんと近衛に、あっさり捕縛されていった。

 スサルオーラ教義信者のトップが本当に慕われているなら、尋問とかされてもあの紋章官は口を割らないだろうけど、どういう組織なのだろう……

 皇宮にサクッと入れるって、そこそこの身分とか立場の人が後ろにいる……とか?

 それともやっぱり潜伏で、時間をかけて信頼を得ていったのかな?


「静まれ!」


 陛下の一言で場が凪ぐ。

 壇上から降りて、俺の近くまで来てくれている。


「タクト……」

「お見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ございません。ちょっと近すぎて、避けきれませんでした」

「怪我はないのか?」

「はい、お心遣いありがとうございます」


 今にも謝罪しそうな陛下に、着替えの了承を取り一度この場から退場した。

 満座の式典会場で皇王陛下に頭を下げさせるなんて、あり得ないからな。

 それにしたって、セキュリティ甘過ぎじゃね?


 控え室に戻った俺に、侍従の方々がささっと破れた服を脱がしてくれた。

 ここにも暗殺者がいたら……ってちょっと身構えちゃったよ。

 心が安まらないなぁ、この皇宮……


 すぐに上着だけ予備のものに替えてもらい、勲章と教会章を改めて着けてから再び会場へ。

 来客達のざわめきはまだ収まっていないけど、一通りの儀礼を済ませて式典は終了となった。

 なんとか、俺の振る舞いにも間違いはなかったみたいでほっとした。


 あー疲れた……



 控え室に戻り、暫く休んだ後、祝典用の衣装に着替えて舞踏会である。

 本当ならここで昼食会が挟まるのだが、どうやらそれは中止で不審者捜しが行われるようだ。

 良かった。

 王都の料理を食べるくらいなら、空腹の方がまだマシだ。


 この調子だと舞踏会でも狙われちゃいそうだなぁと、げんなりしている所に、メイリーンさんが飛び込んできた。

 そうか、さっきの会場にいたんだよな。

 ……まずい、めっちゃ泣きそうな顔をしている。


「俺は平気! 全然、大丈夫だからね!」

 メイリーンさんは言葉が出せないようで、そのまま俺にしがみついてきた。

 そうだよな、怖い思いさせちゃった……

 付き添って来てくれているライリクスさんとマリティエラさんにも、随分と心配されてしまった。


 俺はメイリーンさんを抱きしめながら、何度も大丈夫、と繰り返した。

 あの狂信者共、ぜってぇ許さん……こんなにメイリーンさんを泣かせやがって。


「タクトくん、本当に、何処も痛くない? 無理、してない?」

「うん、平気。ゴメンね、怖かったよね」

「怖かった……タクトくんに何かあったら、どうしようって……舞踏会でも……何かあったらって……」


 ああ……そうだ。

 一緒に踊るんだった。

 俺が的になるだけならいいけど、メイリーンさんに危害が及ぶ可能性も……


「舞踏会、では、あたし……あたしが、絶対に、タクトくんを護るからね!」


 はい?


「まかせて! 絶対に、側から離れないから!」

 えーと……

 いいのかな?

 それで。

 おお、なんだかメイリーンさんが燃えている……!

 お姉様ったら素敵っ!



 いやいや、ダメだろう、俺……

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