第199話 暗殺者
さて、どうしよう。
俺、めっちゃ狙われているってことだよね?
しかもここは王宮の三階ですよ?
ここに、入って来られるほどの人ってことなんですよね?
窓は閉まっていたし、扉から入って来たってことでしょ?
えー……
誰も信用できないじゃーん……
ビィクティアムさんも寝てるだろうから、起こすのも申し訳ないしなぁ。
明日のためにちょっとは眠っておきたいし、でもこの部屋は危険だし。
しょうがない。
一晩だけ、セキュリティ魔法をかけてしまおう。
こんなことされたんだから、それくらいはいいよな。
そーだ。
殺せなかったって解ってんだから、もう一度来るかもしれない。
窓や扉はそのままにしておいて、ベッド周りに空気を固めた壁を作っておこう。
で、誰かが進入してきたらこの部屋から出られないようにしておこっかな。
この部屋は、ねずみ捕りの罠。
餌は、俺。
食べられてやる気はないから、防御はしっかりいたしますよ。
どーせ俺には物理攻撃も魔法も効かないけど、斬られそうになるとか殴られるとか嫌なんだもん。
痛覚は遮断していないから、ちゃんと痛いしね。
掛布……はこのままでいいか。
枕は、裏返せば使えるかな。
では、お休みなさい……と。
「ふぁぁー……よく寝たぁー」
思っていたより、よく眠れたなぁ。
やっぱり、いいベッドなのかも……
鑑定して覚えておこう。
うちで作ってみてもいいし。
部屋を見ると、一所懸命に脱出を図ろうとしているお間抜けさん達が三人もいた。
寝ている人間に三人がかりって、卑怯なんてものじゃないよね?
えーと……どうしたら動きを止められるかなー。
【雷光魔法】は消えちゃってるけど……【神聖魔法】で、雷のよわーいやつ落とせるかな?
「落雷」
そう言って指差すと、バリバリッと小さめの雷が三人の暗殺者を貫いた。
威力的には、スタンガン程度だろうと思われる。
へろへろへろー……と、やつらが倒れ込み動かなくなったところで、空気の壁を解除。
コレクション内の、非常用袋に入っていたロープで縛り上げる。
こういう使い道ではないのだろうが、非常時に役立てているので間違ってはいない。
「タクト、もう起きているか?」
ビィクティアムさんだ。
早起きだなぁ。
「はーい、起きてますよ。どうぞ」
入ってきたビィクティアムさんは、丁度三人目を縛り上げている俺にかなり吃驚したようだ。
そりゃそうか。
朝イチで暗殺者を縛り上げている人間なんて、なかなかいないもんな。
「そいつら、どうしたんだタクト!」
「どーもこーも……寝床を見てくださいよ」
めちゃくちゃに切り刻まれている枕と掛布が散らばっているのをみて、ビィクティアムさんの顔が青ざめる。
散らばってるのは、俺が起きた時に動かしちゃったせいなんだけどね。
「タクトっ! 怪我は……っ!」
「あ、怪我はないです。全然大丈夫。こいつら、夜の間に襲ってきたんで取り調べてもらえます?」
「おまえ……本当に、大丈夫なんだな? どこも、なんともないんだな?」
「はい」
ビィクティアムさんは正面から俺の両肩に手を置き、下を向いて大きく息を吐く。
「すまん……俺が近くにいながら……」
「謝らないでくださいよ、ビィクティアムさんは、何も悪くないんですから」
「皇宮内だからと安心しきっていた……なんて、間抜けなんだ、俺は……」
「普通、皇宮内にこんなやつらが進入するなんて、考えられませんからね。でもこいつら多分、扉から入ってきたので、手引きした人がいると思います」
ビィクティアムさんの表情が、かなり厳しくなった。
「タクト、上の階に部屋を用意する」
上……って、皇王陛下達のいる所では?
「そこの方が、まだ安全だからな」
俺は縛ったロープに【強化魔法】と破壊不可の【文字魔法】をかけて、慌ててやってきた近衛兵にそいつらを引き渡した。
ビィクティアムさんが彼らに指示して、この宮の全ての者を決して外に出さないように命じている。
そして俺は、ビィクティアムさんに連れられて上の階に上がっていった。
痛っ。
この痛みは、魔眼の視線だ。
どうやらこの階も、安全ではないみたいだ。
視線を辿り、視ている者を特定した。
侍従のひとり……魔眼を隠蔽しているのか、目元に靄がかかっている。
でも、視ているのは魔眼用の石からではなく、直接俺を睨んでいる。
多分……何かするつもりなんだろうなー。
俺はビィクティアムさんにそっと耳打ちをし、その侍従にお茶を用意して欲しいと伝えてもらった。
部屋の中にはビィクティアムさんと、幾人かの近衛の方々も一緒にいてくれている。
「いい香りですね。折角ですから、あなたもご一緒に如何ですか?」
紅茶を運んできた侍従にそう言うと、もの凄い勢いで、私などがそんな! と遠慮するので、椅子を勧めその紅茶を目の前においた。
立ち上る湯気さえ吸い込みたくない様子の彼に、どうぞ、と促すがカップを凝視したまま動かない。
だよねー。
飲めないよねー。
俺の鑑定だと思いっきり毒物が入っているのだが、俺は青系の水魔法や技能は使えないことになっている。
本人と……他の人に、証明してもらわないとね。
「ご自分が飲めないものを、客に出したんですか?」
ここで、自暴自棄になった彼にそのお茶を飲み干されてはいけないので、控えていた近衛の人に『水質鑑定』『毒性鑑定』を頼み、毒物が入っていることを証明してもらった。
彼はその場で取り押さえられたが、俺を睨み付ける視線の痛さは変わらない。
「あなたは魔眼ですね? 隠蔽しているのは……色ですか?」
「貴様ら……賢神一位の者どもを排除するのは、我が神の望みだ!」
「スサルオーラ教義信者か!」
怒りを露わにするビィクティアムさんに少しだけ待って欲しい、と伝え彼の正面に立った。
「あんた達は勘違いしている。スサルオーラ神は、あんた達に何も望んでいない」
「粛正は神の御心だ!」
「神の正しい言葉を読み解けず、理解もできないあんた達こそが、スサルオーラ神を冒涜し汚しているって言ってるんだよ」
狂信者にこんなことを言っても、多分無駄だ。
でもおまえ達こそが神を裏切っていると、どうしても言っておかなくちゃいけない気がする。
「自分のしたことを神のせいにするな! 神に自分の感情的な行動の責任を、なすりつけるな! 神々は、人に人を殺させるように願ったりしない!」
当然だ。
「そんなこと、神自身がやった方がずっと早くて確実なんだ。人なんかにやらせる意味がないだろう? おまえ達になど、スサルオーラ神は何も願ってはいない。おまえ達はだだスサルオーラ神の御名を汚し、自分たちの暗い欲望のためにスサルオーラ神を利用しただけだ。それは信仰ではない!」
多分、俺は今、【精神魔法】を使っている。
【感応魔法】と【言語魔法】でこの場の人々の心を、俺の言葉に向けている。
「『外典』が読み間違えられているのは確実だ。そのためにスサルオーラ神が、緑の瞳の者達が不当な扱いを受けた。だからって誰かを殺していい理由にはならないんだよ、スサルオーラ神信者も、その他の神々を信じる者達も」
「『外典』が……読み間違えられている……?」
ビィクティアムさんをはじめ、その場の誰もが信じられないという顔をしている。
緑の瞳の青年も、驚愕の表情で俺を見上げる。
その視線から、痛みは感じなかった。
「そうです。俺は昨日、その文書を見てあまりに間違った解釈に唖然としました。スサルオーラ神は閉じ込められてもいないし、アールサイトス神を憎んでもいない。『外典』は安らぎと慈しみの物語の断片、『神典第一巻』の一部分です」
にわかには信じられないだろうが、これは確実なことだ。
「近いうちに、聖神司祭様方から発表があるでしょう。そして、原典の捜索が始まるはずです。神々は決して他者を憎んだり恨んだりしてはいないし、人々にもそうあって欲しいと願っている」
半分は……俺の希望。
でも、そんなに遠くはないと思う。
この世界の神様達はとっても優しくて、とっても温かい。
「神は人を裁いたりしない。おまえ達は人の法によって裁かれる。人の暮らす社会において、してはいけないことをしたから。神は、何も関係ない」
「わたしの……わたしのしたことは、わたしの信仰は……無駄だったというのか?」
「残念ながらそうだね。あんた達のは『信仰』じゃない。自分たちが都合よくその言葉に酔っていただけで、神を信じていたのではない。だって、あんた達は神の本当の言葉を、見つけようともしなかったのだから」
彼としては真剣だったのだろう。
神のために、と。
しかしこの世界の神は、人の献身や犠牲を欲してなどいない。
何処にも、そんなことは書かれていない。
安易な慰めも、諭すような言葉も、きっとなんの意味も持たないだろう。
「俺は、これから発見されるだろう全ての神典と、神話の言葉を正しく訳す。だから、あんた達もそれを読んでくれ。神々が何を人に望んでいるか、きっと書かれているはずだから」
彼は抵抗することもなく、近衛達に連れられていった。
ふと見ると、皇王陛下と皇太子殿下もいた。
「タクト……さっきの……『外典』の件は、本当なのか?」
「はい、陛下。詳しいことは、聖神司祭様方にお尋ねください」
「あの侍従は、わたしがとりたてた者です。貴殿をこのような……命の危険に晒してしまうなど……」
うわ、皇太子殿下が泣きそうだ。
「大丈夫ですよ、俺はこの通りなんともないですし! それに、神典を訳すって決めた時に、こういう荒事は覚悟してましたから」
「それでも、貴殿を危険な目に遭わせてしまったのは、私達の責任です。どんなに詫びても許されることでは……」
「えーと、えーと……じゃあ、こうしましょう! お詫びの印ってことで……えーと……そう! 米! 米を送ってもらえると嬉しいです!」
そろそろなくなりそうだったんで、欲しいなーって思っていたんだよね。
「……そんな、そのようなことでよいのか?」
「はい! 米はとても貴重なものですし! 俺は大好きですから!」
「解りました……貴殿のご好意に甘えよう。毎年、必ず届けましょう」
え?
毎年……?
いや、単発依頼のつもりだったのですが……
陛下も頷いていらっしゃるし、ビィクティアムさんは……笑ってるね。
図らずも、皇太子殿下から『年貢米』をいただけることになってしまった……
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