第198話 旧教会

 ドタバタ晩餐会のおかげで、すっかり緊張が解れた。

 どうやら王都に入る予定のカカオを少し、こちらに回してくれるということで話がついたらしいが、だからといって毎日作る気はない。

 他にもたくさん、美味しいスイーツはあるのだから。

 まぁ、カカオが追加されるのはありがたいが。


 さっきの食事はクリーム系でもできるだけ頑張ってしまったせいで、思いっきり食べ過ぎた。

 部屋に戻って数時間経っているが、まだめっちゃ苦しい。

 胃もたれ、ハンパない。


 ああやって、毎日食事を残しているような生活を普通だと思っている人達とは、やっぱり解り合えない気がする。

 はやく帰りたいな……

 母さんの作ってくれるごはんが食べたい。



 そんなことを考えながらベッドに入ってはいたが、まったく寝付けない。

 枕が変わると寝られないなんていう繊細な理由ではなく、多分、この部屋の居心地が俺に合わないのだろう。


 豪華で、行き届いている素敵な部屋だと思う。

 でも貧乏旅行の旅先で、うっかりスイートルームに泊まっちゃってるみたいな場違い感で落ち着かない。

 だからといって、アウトドア的なものもダメなんだけど。

 キャンプなんて何処が楽しいのか、全然解らないし。


 この部屋に転移目標を書いて、俺は昼間行った屋上に転移した。

 ちょっと夜風にあたろう、それくらいの気持ちで。

 屋上は勿論、真っ暗。

 星が煌めく夏の夜は、もの凄く綺麗だ。


 町も真っ暗……当然か。

 そうだ、魔効素を可視化したら暗闇に映えて綺麗なんじゃないかな。

 以前書いた指示書を開いてみたが……シュリィイーレほど濃い魔効素は見えなかった。

 王都にはどうやら、あまり魔効素が漂っていないみたいだ。


 緑色に見える魔効素が濃いのは、皇宮の隣の聖教会の聖堂辺りと遠くの郊外にちらりと見えた森の辺り。

 そして、南西の空が緑色に染まっているくらい。

 王都の南西には確か、大樹海がある。


 町中は……一カ所、かなり多い魔効素を吹き出している場所があった。

 あのあたり、旧教会がある場所だ。


 行ってみたい。


 だが、皇宮の門はとっくに閉められているし、そもそもこの建物から出ることができない。

 飛べたらいいのに。

 行ったことのない場所に転移は無理だし、俺の場合、転移目標をちゃんと書いておかないと転移できない。

 ……『飛行』はできないかな?


【重力魔法】で、自分自身にかかる重力を減らす。

 足下がふわり、と浮く感覚があった。

 真上に跳んでみると、信じられないくらい高く跳び上がった。

 これに『空間操作』を組み合わせると……よし、空中を移動できるぞ!

 でも全然、速度が出ない。


 一度降りて、助走を付け飛び出すように地面を蹴った。

 おおおーっ!

 飛んで……いや、跳んでいる……のかな?

 とんでもない大ジャンプで、俺は王城から飛び出し城壁を越える。

 そして重力に負けて降りた場所は、魔効素の吹き出す場所の目の前。


 どうやら俺は、旧教会まで来られたみたいだ。

『飛行』というより『跳躍』だけど、目的地に着いたので良し!


 旧教会の門の中に降りることができたので、物陰になるような場所に転移目標を書き込んだ。

 そして改めて真っ暗な中、旧教会の建物と庭を見回す。

 魔効素が吹き出しているのは、建物の中からではなかった。

 前庭から裏に回ると、更に緑が濃くなっている場所を見つけた。


 池だ。

 いや、池のあった跡……と言うべきか。

 たいして大きくはないその池から、水は殆ど干上がっている。

 水たまりがあちこちに残っているだけだ。

 その水たまりのひとつから、緑の粒子が噴出している。


 元池のあった場所だからか、付近も水はけが悪くぬかるんでいるようだ。

 防汚や浄化が自動でできるからそのまま入ったとしても汚れないのだが、なんとなく嫌で重力を調整して浮きながら移動する。

 これに慣れれば、自在に飛べるようになれるのではないだろうか。


 その水たまりの上まで行って、あたりの水の重力を変えて持ち上げるとそこだけ大きな窪みになっていた。

 直径が一メートルくらい、深さは俺の身長くらい……だろうか。

 その中に入ってみると、思いの外深く、俺は中にすっぽりと隠れてしまった。


 そしてその穴のまわりは、土ではなく石壁だった。

 シュリィイーレ教会の、秘密部屋の壁に少しだけ似ている。

 まさか、こんな所に極大方陣があったりしないよな?

 警戒しつつまわりの壁に魔力を流してみると、がこんっ、と一部が奥にずれスライドした。


 隠し扉になっていたのだ。

 その中に入り、入口を空気の壁で遮断してから水を元に戻した。

 いつまでも浮かせておくわけにはいかないしね。

 水が戻ったのを確認して扉を閉めてから、明かりを灯す。


 そこは、小さな部屋だった。

 だいたい四畳半ほどだろうか、小さなテーブルがあり、椅子がひとつ倒れている。

 一応、転移目標だけ書いてから部屋を探索する。


 テーブルの上には何もない。

 床にはばらばらと何かが散らばっているが、細かすぎてゴミだかなんだか解らない。

 魔効素は……この部屋の下から吹き出しているみたいだ。


 下に向かって掘っていくと、すぐに岩盤のような固いものに当たった。

 いや、岩盤じゃない。

 石が埋められている?

 まわりの土もどけてみると、どうやら何かの蓋をしてあるみたいな平らな石だ。

 その石を浮かせて中を見てみた。


 何枚かの羊皮紙。

 そして、浮かせたその石には……文字が彫られている。


 この蓋は石板だ。

 文字は『前・古代文字』。

 羊皮紙は……迂闊に触らない方がいい。

 先ずは修復して、羊皮紙自体を強くしてから【重力魔法】で浮かせて、テーブルの上に置いた。

 文字はまったく見えない。

 汚れを取り、文字色を甦らせると更に魔効素を噴出し始めた。


 これが、本当の原典『聖典』なのだろうか?

『原典には力がある』と父さんが言っていた。

 魔力の素を放出する程の力。

 大地と同じ魔力の保持量ということか。


「すげぇ……」


 石板は神典でも神話でもなかった。

 どうやら誓約だ。

 必ずこの信仰を護り、後世に伝え受け継ぐ……と、シシリアテスに誓っている。

 もしかして、この文字の時代に別の信仰と争っていたとか?

 それとも、人心が神々から離れてしまって信仰自体が消えかかっていたとか?


 なんにせよ、存続の危機にあっただろう。

 だから、誓いを立てて自らを律した誰かが、聖典を守ろうとしたのかもしれない。

「守るために隠した……かなり強大な力だったのかもしれない何かから……だからなかなか見つからないのかも」


 そして古代文字に変わった時代に、この信仰は復権したのだ。

 だから訳文が作られたが、その時既に失われたまま見つけられない聖典があった。

 護るために、あまりに完璧に隠してしまったから失われている、なんて……皮肉な話だ。

 ドミナティアの家門は、何千年も探し続けていると言っていた。


 羊皮紙に書かれていたのは、今の神典では何処にも書かれていない神々の物語の断片だった。

 神典の第一巻に違いない!

 しかし、これもバラバラで話は繋がっていない。

 全部で五枚、その内の一枚にあの八枚の文書の合わせに使われていた記号があった。


 裏に文字が書かれていたのも、この一枚だけだ。

 これであの文が全て読めるんじゃないのか?

 穴の中には、まだゴミのような埃のようなものも溜まっている。


 もしかして、経年劣化で崩れてしまった羊皮紙?

 念のため全部回収しておこう。

 この部屋の床のものも全部。

 上手くいったら、俺の魔法で復活させることができるかもしれない。


 文字が書かれているのは、この石板だけのようだな。

 こいつも回収。

 俺の『鉱石』コレクションに加わった。


 粉々のゴミだか埃だかも全て手持ちの袋に入れ、五枚の文書と一緒にコレクションにしまって俺は皇宮の寝室へ転移した。

 誰かが不意に入って来てもばれないように、ベッドの中には枕を入れてあったのだが。


 掛布にはいくつもの穴が開いており、めくり上げると枕はずたずたになっていた。

 ……これって……マジでやばくね?

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