第197話 晩餐会

 ビィクティアムさんが町が見たいのなら、と、皇宮の一番高い場所に案内してくれた。

 四方にある塔の上……といっても、三階建ての建物の屋上くらいの高さだ。

 もう一階分上があるのだが、皇王陛下の居住階なので、親戚であっても易々とは上がれない。


「結構、遠くまで見えますね」

「この辺りは大樹海の向こうまで、山はないからな」

 遙か遠く、緑が見えるあたりは町の外。

 町の中には、あまり緑はない。


 皇宮から放射状に、道が延びている。

 町の造りはシュリィイーレにそっくりだ。

 いや、逆か、シュリィイーレがここを真似て造られているんだ。

 この町よりシュリィイーレの方が緑が多く、道幅などが整っている。


 なるほど、あれが旧教会……他の建物より二階分くらい高いだけだが、まわりが低いせいで目立つ。

「低い建物が多いんですね。貴族の館なのに」

「ああ、高くしたり、広くしすぎたりすると税金がかかるんだよ、王都は」

 納得。

 それでも、ある程度の広さや高さを出すのがステータスなんだろうな。

 王宮に近いほど大きく、広い館があるみたいだ。


 俺は屋上を歩きながら、端っこの方に転移目標を書いておいた。

 夜中に、散歩に来たいと思ったからである。

 ここなら、星がよく見えそうだし。

 きっと……緊張して眠れないだろうし。



「さて……そろそろ準備した方がいいな」

 準備?

「もうすぐ晩餐会だ。着替えないと……なんて顔してんだ?」

「聞いてませんよ? なんですか、晩餐会って……?」

「陛下達との晩餐だよ。式典前日なんだぞ? 当たり前だろうが」

「そーいう風習は、ありませんでしたからっ!」

「そうなのか。だが、断るわけにはいかん。俺も出席するし、そんなに形式張ったものではないから、気楽にしてればいい」


 基準が!

 違うのですよ!

 俺達庶民と皆様とでは!

 テレビで観た国賓を迎えての『晩餐会』ってのしか知らないんですからっ!


 ビィクティアムさんに引きずられるように部屋に戻ると、着替えが用意されていた。

 なんでも、皇后殿下が見繕ってくださったのだとか。

 侍従の方々が、テキパキと着替えさせてくださいます。

 恐縮です。

 恐縮過ぎて泣きそうで御座いますっ!



 俺自身では着方さえ解らないお貴族様ファッションに身を包み、またもビィクティアムさんに引き連れられて晩餐会会場へ。

 ……よかった、思っていたより広くはないし、大勢の人もいない。

 同じテーブルには陛下と皇后殿下とビィクティアムさん……って、とんでもねーメンバーだよっ!


 ん?

 ビィクティアムさんより少し年上だろうか、とても堂々としたお兄さんも席にいらっしゃる……

 あっ!

 皇子殿下ですかっ?

 とっても……ガタイのいい、既に王者の風格を漂わせた方だ。

 皇子様っていうより『将軍様』って感じで、並ぶとビィクティアムさんが華奢に見えるほどだ。

 まぁ、もともとビィクティアムさんは、細マッチョだけどな。


「よく来た! そう固くなるな。身内だけの食事だから」

 身内だけ……と言われましても陛下、そのお身内だからこそ緊張しているのですよ!

 皇室ファミリーと一緒にお食事とか、リラックスポイントなんかあるわけないでしょうっ?

「本当はセインドルクスから保証人にと頼まれたふたりや、聖神司祭達も呼びたかったのだが、今回の主役はタクトだからと遠慮されてしまったからのぅ」


 そんな大事おおごとにならなくって、本当によかったです!

 聖神司祭様達まで加わったら俺、なんにも喉を通らないよ!

 そして改めて皇后殿下と皇子エルディエステ殿下を紹介いただいた。


「さあ、タクト、こちらへいらっしゃい! あなたの話を近くで聞きたいわ!」

 俺の席は皇后殿下の隣、正面には皇子殿下。

 なんということか、ビィクティアムさんが俺の下座だなんて……

 もう既に、居たたまれない……

 小心者にこの配置は、つらすぎる。


 食事が並べられ、例の如く満漢全席状態となる。

 残したくないが絶対に食べきれない量が、目の前に展開されていく。


「スズヤ卿、よくぞおいでくださった。わたしは貴殿に是非ともお会いしたかったのですよ」

「こ、光栄です、皇子殿下……」

「エルディ、で構いませんよ。私も、タクト殿とお呼びして構わないですかな?」

「はい、エルディ……殿下。どうぞ呼び捨てで」


 そして、次々と質問がとんでくる。

 ショコラ・タクトのこと、蓄音器のことからシュリィイーレの町のことまで……

 全然、食べる暇がないほどに。


 俺の緊張具合が面白いのか、ビィクティアムさんがずっと小刻みに身体を揺らして笑いを堪えている。

 笑っていないで、助けてくださいよぅ!


「エルディ、そのように矢継ぎ早に質問しては、タクトが何も食べられぬだろうが」

「や、これは……申し訳ない。つい」

「皇子もわたくしも、あなたのショコラ・タクトが大好きなのよ。毎日でも食べたいくらい」

「大変光栄です……」


 ご機嫌にコロコロと笑う皇后殿下と陛下が、是非ともまた食べに行きたいものだ……なんて話をしている。

 止めてください。

 絶対に、来ないで欲しいです。

 この一家も、激甘党なんだな……


「まったく、羨ましいですよ、シュリィイーレでは毎日食べられるのだろう?」

 ここで『はい、そうですね』なんて言ったら、エルディ殿下までシュリィイーレに行くって言い出しそうだ。

「いえ、陛下にいただいたカカオもそろそろなくなりますし、そうそう毎日は作りませんよ」


 俺の保身丸出しの言葉に皇王陛下と皇后殿下、そして皇子殿下まで背景に『なんてこったい!』って見えるような表情で固まった。


「陛下っ! カカオは定期的に送っているのでは、ないのですかっ?」

「そうですよ、父上! 材料不足であの至高の菓子が作られなくなるなど、国家の損失です!」

「しまった! シュリィイーレには、カタエレリエラからの荷が殆ど入らんことを失念しておった!」

「すぐにでもお手配を、陛下!」

「ああああーっ、今年はもう間に合わんっ!」

「王都に入る分をまわせないのですか、父上ぇっ!」


 ……なんだこの騒がしい家族は……

 いちいち動作が大きいし、感情の振り幅が大きいのは特性なのか?

 この国の『皇族』という生物の。

 あ、なんだかとても冷静な気持ちになってきた。

 お食事、食べよ。


 うん、どの皿も全部、昼と同じクリーム系の味つけだ。

 じいちゃん、俺にはこれを食べきることはできそうもないです……

 神様、食材さん、御免なさい。


 まだカカオの輸送でわーわー言っているロイヤルファミリーに苦笑いしつつ、ビィクティアムさんが俺に囁く。


「な? 緊張する必要なんてないだろ?」



 まったくですな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る