第177話 皇室認定

 食堂に現れたその人は、近衛のようにキリッとした立ち姿で、あの審議会での審問官のような厳粛さを醸し出している。


「こちらは南・青通り三番の食堂で間違いありませんか?」

「はい。いらっしゃいませ?」

 思わず疑問形になっちゃったぜ。

「ああ、失礼。わたくしは皇立章印議院から参りました。紋章官のシェルクライファと申します。タクト殿はいらっしゃいますか?」

「はい、俺ですが……何か?」


 シェルクライファと名乗った紋章官はにっこりと微笑み、恭しく金糸の織り込まれた巻物を取り出すとそれを開いて俺達の方に見せた。


「この度、貴公の考案、作成された『ショコラ・タクト』が、皇国産出品を最も優れた形で利用をし、最も優れた製品として仕上げられたことに対して皇王、皇后両陛下によりご推挙があり、皇立章印議院はショコラ・タクトを『皇室認定品』と定めました」

 ……は?

 えーと……あ、『宮内庁御用達』みたいなやつですかね?

 涼やかなよく通る声でそう言われ、食堂内も驚きのあまり静かになってしまった。


「それは……ありがとうございます……」

「こちらは、その証明書です。ショコラ・タクトとあなた自身に『至極級』の栄誉が贈られました。おめでとうございます」


 そっか、皇王陛下も皇后殿下もそんなに気に入ってくれたのか。

「恐れ入ります」

 そう言って巻き直された認定証書とやらを受けとると、割れんばかりの拍手が起こった。


「おや、これはショコラ・タクトですね!」

 紋章官殿、なかなか目敏くていらっしゃる。

「お時間があるのでしたら、召し上がりませんか?」

「よ、宜しいのですか? 実は……皇后殿下からお話を伺った時から、是非一度食べてみたくて……」


 チラリと鍛冶製品審査官達を見ると、目を見開いたまま固まってる。

 鍛冶師組合の方々はめっちゃ『ドヤ顔』だ。


「どうぞお召し上がりください」

「おお……! 美しい! これは飴細工! なんとも繊細ですね!」

「ええ、ドミナティア神司祭様にもご好評いただいた細工です」

 こうなったら、セインさんの威光も利用させてもらおう。


「そうでした、ドミナティア神司祭様もショコラ・タクトはカカオ菓子の至高であると仰有って……んんーっ! 美味しいですねぇ……!」

「ありがとうございます」

「なんとも素晴らしい味わいですね! これをいつでも召し上がることのできるシュリィイーレの皆さまが羨ましいです。皇宮の調理師達でさえ、未だにこのショコラ・タクトを再現できていないとか……」

 紋章官殿の手放しの褒め言葉に、鍛冶師組合の面々が我がことのように胸を張っている。


「今月のお持ち帰り用はショコラ・タクトなので、宜しかったらお帰りの時にお持ちになりますか?」

「それは是非とも! 実はこの証書をお届けする紋章官に選ばれたくて、かなり大勢の立候補がありましてね。みんなどうしてもこの菓子を作られたあなたにお会いし、是非ともショコラ・タクトを食べてみたいと」

「光栄ですね」


 ショコラ・タクトの箔付けは完璧だ。

 てゆうか、評価され過ぎな気もする。


「タクトくん、おめでとう」

「ありがとうございます……っても、ちょっと大袈裟になりすぎですけどね」

「いいじゃないか。このお菓子ショコラ・タクトは本当に美味しいからね」

 ライリクスさんとファイラスさんは、さっきまでの剣呑な空気など気のせいとばかりのニコニコ顔だ。


 さて、鍛冶製品審査官さん達は我に返ったかな?

「こ、皇室認定……」

「そんな菓子をいただけたなんて……夢のようですね……」

「しかも『至極級』なんて滅多にないことですよ」

「……」


 リーダーさんは何も言えないようだが、それでも全員が残さず食べてくれた。

 これでもう二度と、シュリィイーレを片田舎扱いなどできないだろう。


 格付けなんてやってるやつらは、結局『ランク』に弱いのだ。

 分かりやすく最高峰のランクを突き付けられて、自分の思っていた価値観を壊されてしまったのだ。

 ランクなんて必要ないものだと思うけど、目安にする人も、それを誇りにして頑張る人もいるならそう悪いものではない。


 それに振り回されて、本末転倒にならなきゃいいってだけだよな。

 そうしてお菓子のリベンジマッチは終了となり、審査官達は何も言わずに食堂を引き上げていき、紋章官さんはお土産を手にほくほく顔で帰っていった。


 でも、なんだろう。

 なんか、嫌な感じが残る。

 甘くて美味しいものを食べてもらったはずなのに、あの審査官達は……誰も楽しそうでも幸せそうでもなかった。



「タクトーーッ! よくやったっ! よくやってくれた!」

「はーっはっはっはっ! あいつらのあの顔! いやぁ、溜飲が下がったわい!」

 鍛冶師のおっさん達から手荒い祝福を受け、思わず咳き込んでしまった。


「丁度いい時にあの紋章官が来たのぅ! 胸がすいたわ!」

「それにしても、シュリィイーレから菓子で皇室認定品が出るとは!」


 どうやら菓子の認定品は、南のルシェルス領の町で作られてる果実を使った菓子だけだったそうだ。

 そして、あの尊大な態度のリーダーは、その町の出身なんだとか。

 なるほど、お菓子の町ってことでプライドがあったわけですな。

 ルシェルスはカカオの採れるカタエレリエラの隣の領地だから、カカオでも最先端という自負があったのだろう。


 おじさん達が上機嫌で酒盛りを始めてしまったので、お店は一旦終了。

 夕食時間までは、そのまま鍛冶師組合の貸切になった。

 うちは本来、お酒の提供はないんだけどなぁ。

 父さんが祝いだ! と秘蔵の酒を取りだしてしまったのでは止められない。


「タクト、この証書を飾っておこうよ」

 母さんがウキウキで証書を眺めながら、飾る場所を思案している。

 飾るなら複製しておかないとなぁ。

 本物の認定証書を汚したりしたら大変だし。


「じゃあ額でも作るよ」

「そうだね! それがいいね! ふふふ、嬉しいねぇ、タクトの作ったものをみんなが誉めてくれて」

「いつも母さんが協力してくれるから、俺が色々なものを作れているんだよ。ありがとうね」

「何言ってるの。タクトの考えたものが、いつでも本当に美味しいからだよ! これ、一番目立つ所に飾ろうね!」


 母さんが喜んでくれるなら、皇室認定なんてものよりずっとずっと嬉しい。

 これからも俺は大好きな人達に喜んでもらえるものを、幸せな気持ちになってもらえるものを作ろう。

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