第176話 ショコラ・タクト/春

「……という訳でな、決まらんかった……」

 翌日迄持ち越したにも関わらず、鍛冶師組合ではどのケーキが一番かを決められなかったのである。

 開店前の食堂に来るなり、またしても皆さん、しょぼぼーん、としている。


 そうか……どれも甲乙つけがたい、というのならいっそ全部纏めてしまおう。

 俺は二階の台所に上がり、昨日ちょっと悔しくて試作していたショコラ・タクトをいくつか持ってきた。

 この前のキャロットケーキのように、キューブにしたケーキを三種類。

 それぞれをチョコでコーティングしてコケモモのソースを敷いた皿に乗せてある。


 カカオバターで作った、ホワイトチョコをピンクに色づけた桜チョコを添える。

 飴細工でキラキラとする飾りも作ってチョコケーキの上に乗せてみた。

『ショコラ・タクト/春』である。

「カカオの濃厚なもの、乾燥果実の入ったもの、木の実を入れたものの三種。アメ細工とカカオの飾りもつければかなり華やかになるけど……どう?」


 俺が差し出した皿に、おっさん達の視線が集まってハの字眉毛がちょっと持ち直した。

 それだけでも美味しいからいいのだが、やはりお菓子は演出も大切だ。

 ご試食いただいたら、鍛冶師組合の方々もこれならば! と納得してもらえた。


 ちょっと悔しさは残るが、今の俺のアイデアではここまでだ。

 今度、料理本とかスイーツの本とか買ってみようかな。


 それにしてもこんなにも毎日お菓子を作ったり研究しているのに、調理関連の技能や魔法が出ないのはどうしてなのだろう?

 もしかして俺のは『料理』や『調理』をしているのではなく、あくまでも『加工』『錬成』なのだろうか?

 俺は『実験』をしているだけなのか?

 その辺の神様ジャッジ、よく解らないよね。



 さて、繊月せんつき五日、鍛冶師組合、運命の日である。

 大袈裟だが、鍛冶師組合の面々は鍛冶製品のできより何より、菓子でリベンジすることに燃えていた。

 鍛冶製品は、絶対にランクが落ちない自信があるのだろう。

 なんの査定が本来の目的なのか、解らないよ。


「え? うちに食べに来るの?」

 鍛冶師組合に作ったものを運ぶだけのつもりだったのだが、紅茶のサーブが誰にもできないとなり、結局うちの食堂に審査官達五人を案内することになったようだ。

 つまり、俺が給仕をするのである。


 まぁ、その方がきちんと提供できるから、いいんだけどね。

 ならば、今日のスイーツは皆さんの分も『ショコラ・タクト/春』にしよう。

 ちょっと赤字になりそうだけど……



 スイーツタイム、五人分のご予約席だけ確保していつも通りに営業する。

「今日のは……とんでもなく美しいですね」

 ライリクスさんは皿を目の高さにまで持ち上げて、じっくりと眺めてる。


「ええ、春の特別な一皿ですよ。正直赤字なので、味わって食べてくださいね」

「なるほど、それほどの一皿なのですね!」

 その会話を聞いていた他の方々も改めてケーキを見ては、うんうん、とご堪能くださっているようだ。


 そこへ鍛冶師組合の方々と、五人の審査官達が現れた。

 ひとり、物凄く横柄で尊大な感じの奴がいる。

 その他は太鼓持ち的な人とか、おっとりとしてる人とか……おどおどした挙動不審な人とか。

 ……個性的な方々だ。


「ロンデェエストでは、最高級の店に案内されたものですが……流石にシュリィイーレには、そういった貴族のための店はないようですな」

「直轄地とはいえ、辺境ですからなぁ」

「なればこそ、鍛冶は最高峰ですが……まぁ、嗜好品となると……」

「日々を懸命に生きるのに、精一杯でしょうから」

「……」


 ……ほほぅ?

 俺達に喧嘩を売りに来たのだな?

 うちのお客様方も、表情がきつくなったぞ。

 ライリクスさんとファイラスさんは、笑顔が張り付いてて怖い!

 みんな、シュリィイーレを愛しているのだ。


 俺は努めて冷静に、そして笑顔を崩さずに彼らにスイーツを提供した。

「お待たせしました『ショコラ・タクト』春の皿です」

 そう言って差し出した皿に、全員の視線が集中する。

 紅茶をその場で入れ、桜の砂糖を添えると何人かから溜息のような感嘆が漏れる。


「紅茶……? この花は……砂糖ですか?」

「はい。春摘みの一番茶ですが、飲み慣れていらっしゃらないと苦く感じるでしょうから、遠慮なくお使いください」

 紅茶を飲み慣れてないと決めつけ、お前達も庶民だよと暗に匂わせる。

 あ、ファイラスさんが含み笑いをしている。


「カカ、カカオ……! カカオの菓子なんて、初めてですよ!」

「ふ、ふん、カカオなど、最近は珍しくもありませんよ」

 確かに最近はかなり国内に出回っているが、ここまで滑らかに加工したチョコレートは、まだ何処にもないはずだ。

 口に入れて初めて判るその舌触りに驚くがいい。


「なんと素晴らしい……」

「口の中でトロリと溶けましたよ?」

「カカオはもっとざらざらしたものとばかり……いや、美味しい!」

「……うま……」


 四人はかなりお気に召されたようで、手放しに誉めてくれながら食べてくれている。

 だが、あの尊大な……どうやらこの審査官達のリーダー格のおじさんは、シュリィイーレをどうしても片田舎扱いしたいようだ。

 ま、実際、結構片田舎なのだが。

 王都からの距離的には。


「まぁ、新しい食材ですからな。少しは使い方を知っているようですが、この程度の菓子にしか仕上げられないとはやはり……」

 お、ライリクスさんが、無言で立ち上がったぞ。

 鍛冶師組合のおっさん達も腰が浮いた……

 店内での揉め事は……今日は、大目にみてあげよう。


 巻き込まれないように厨房に引っ込もうとしたその時、新たな来訪者があった。

 初めて見る人だ……

 あんまりお客さんっぽくないけど……どなた?

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