第175.5話 試作品と人々

▶セインドルクスとアイネリリア


「ドミナティア神司祭殿、ありましたか?」

「はい、今月の持ち帰り用菓子は『ショコラ・タクト』であると聞いておりましたから」

「それは上々。あの滑らかなカカオの舌触りが忘れられぬ……では、こちらへ」

「はい、皇后殿下」


「……おや、そなたの分も?」

「勿論、私も自分の分を買い求めました」

「随分と多いようですね?」

「ああ、こちらはタクトくんから預かりました試作品でしてな」

「し、試作品と……いうことは、新作ですね! わたくしにも……」


「いいえ! なりません。これは私が彼から預けられたものでございますから」

「幾つかあるようではないですか! ひとつ、ひとつだけでよいから!」

「では……ひとつだけでございますよ?」

「……まぁ! これもショコラ・タクトなのね! 中身が違うのかしら?」


「ところで皇后殿下、買い求められたものは……どなたかと?」

「陛下とエルディエステとわたくしの分と、もうひとつは厨房で作り方を研究させるのです。この『ショコラ・タクト』は『皇室認定品として賞する』と先日、陛下が決められましたから」


「なんと……!」

「すぐにでも陛下が、章印議会にご指示なさることでしょう。ドミナティア神司祭殿、あなたからも推薦してくださいね」

「畏まりました。皇室認定品として、相応しい逸品でございますな」


「……この試作品のことは、陛下には内緒ですよ?」

「はい、それはもちろん」



▶ビィクティアムとダルトエクセム


「先日お預けした『不銹鋼ふしゅうこう』は如何でしたか? 父上」

「お前をシュリィイーレに行かせた甲斐があったぞ、ビィクティアム! あれは素晴らしい!」

「ありがとうございます。海水耐性はどれほど?」


「問題なく船舶に使える。流石に船全体をあれで造るのは難しいが、艤装品には積極的に採用しよう」

「港の施設整備にも使用すれば、格段に腐食による被害を防げましょう」

「それにしても……シュリィイーレの技術は大したものだ。我々の研究を遥かに越える」

「……あれは、先日お話ししました『ニファレント』の技術です」


「あの青年か……!」

「はい。タクトは間違いなく『時空』を超えて現れた者です。計り知れない知識と技術を有しております。その『不銹鋼』も鉄と幾つかの金属を使い、私の目の前で作り上げました」


「その作った物と、作る工程を見たのは?」

「私だけです」

「ならば、誰にも話すな。あの『時を越える』金属はセラフィラントの財産となる」

「……はい」


「独占は……好まぬか?」

「いえ、そういう訳ではないのですが……あれはタクトのもので、セラフィエムスのものではありませんから」

「お前は、相変わらず固いな。まぁ、だからお前が次の『セラフィエムス』なのだろうが」

「……」

「いい加減納得しろ。儂と神々が選んだのはお前だ。陛下も仰有っていただろうが」

「頭では、解っているのですが……」


「これは……最近解ったのだがな……あやつは、ユーファトウルは、セラフィエムスの血を継いではいない」

「え?」

「正しくセラフィエムスの血を継いでいるのは、お前とマリティエラだけだ。カーテルリナの子供達は、誰ひとりセラフィエムスではない」

「そ、それは……まことのことなのですか……?」


「ずっと、カーテルリナが鑑定を拒絶しておったし、儂も……信じたかった。だが、先日の『事故』で……『血の鑑定』が行われた」

「治療のためではなくて……ですか?」

「不思議だったのだ、従者の家系であるカーテルリナとの間に……どうして子供ができたのかということから。ずっと、法制省院と紋章院から目をつけられていたのだろう。遺体の血を、鑑定されてしまった」


「それでは……兄上は……何処の家門の?」

「誰の血かは、聞いておらぬ。誰であっても、セラフィエムスでないのだから同じことだ。あれは完全に除籍となる」

「……義妹達は、どうなるのですか?」

「あれらはもう嫁いでおるし、どの家系の魔法もないからな……鑑定はされまい。まだふたり共、子供もできておらん。だが、間違いなく……儂の子ではない……ようだ」

「義母上が、そう仰有ったのですか」


「どうやら子供ら三人、全員父親が違うようだぞ? どうやって外に出たのか……手引きをした者があったようだが、あれの屋敷にいた侍女達は、全員行方が解らん」

「……そうまでして、子供が欲しかったということですか……俺のせい、でしょうね」

「違う。勝手に責任を背負うな。誰かのせいというなら、儂のせいだ。いいな、もうあれらのことは考えるな」

「はい……」


「もっと早く疑っていれば……もっと早く、この事実がわかっていれば、ユーファトウルもあのような大それたことをしなかっただろうが……儂は疑いたくなかった。そのためにお前達には、つらい思いをさせた」

「俺は……父上から信頼をいただいておりましたから」

「当たり前だ。儂が愛しているのは、アシェレイナとお前達だけだ。今でも」

「父上……」


「ああ! この話は終いだ! そうだ、あの金属はどれくらい用意できる? いつ運んで来られるのだ?」

「用意……は、こちらが彼の欲しがるものを提供できるかにかかっております。時期は、それ次第でしょう」


「対価か。何を望んでいる?」

「牛の乳の定期的な供給……ですね。あとは確か……仔牛の四番目の胃、とか言ってました」

「……そんなもので、あのような神域の金属をセラフィラントに?」

「はい。なんでも、旨い乾酪を作りたいから、と」


「なんとも……奇妙な青年だが……本当にそれだけでよいのか?」

「そう、言っておりました」

「まったく適正とは思えん! 金を受け取らぬのなら、他に欲しいものがないか聞いて来い!」

「はぁ……しかし、タクトの欲しがるものが、セラフィラントにあるとは思えないのですが……」

「とにかく、此方ばかり有利な取引は気持ち悪い! ちゃんと聞いてこいよ!」


「父上も結構、頭固いですね。タクトは裏のあるやつではありませんよ?」



▶鍛冶師組合の面々


「……決まらん」

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