第174話 春のケーキ
耐性試験結果待ちの間、俺は苺の収穫と次の苗作りをすることにした。
思ったより小粒の苺だが、去年貰った果実よりは甘い。
そして、なかなかの収穫量である。
さあ、イチゴショートケーキを作ろう!
ああー、牛乳が手に入ったら、クリームもバターももっと作れるなぁ。
そうしたら、スイーツ部は更に充実するだろう。
そうだ、キャラメルも作ってみよう!
そんなことを考えながら、二階の台所で生クリームをホイップしてると父さんが現れ、明日イチゴショートを五個、鍛冶師組合に持って行きたいと言い出した。
珍しいことだが、きっと甘いもの好きだが、なかなかうちまで来られない人がいるのだろう。
では、ちょっと気合いを入れて作ろうか。
苺は例のごとく砂糖をまぶして、甘さを出してからスライス。
上に飾るのは、なるべくまぁるい形のものを選んで……っと。
そうだ、ココアクリームのタイプも作ろう!
やっぱり、苺はテンション上がるなぁ!
明日父さんに渡す分は白いクリームの方がいいと言われたので、ココアクリームのは今日のスイーツタイムに提供することにした。
勿論、家族の分は確保して。
「うーわ……苺だ……」
「あれ? 苦手ですか?」
「酸っぱくない?」
早速スイーツタイムにトップバッターご来店のファイラスさんに出した途端、渋い顔をされてしまった。
ファイラスさんは、酸味が強いのが苦手なのか。
「大丈夫ですよ。食べてみてください」
酸味を想像してか、口の中が唾液でいっぱいになっちゃってそうな顔のまま、口へと苺を運ぶファイラスさん。
でも一口食べてみると……ね?
瞬く間に、幸せいっぱいの笑顔に変わる。
「うわ! 何これっ! 甘くて旨いっ! こんな苺初めてだよ!」
「ふっふっふっ、当店の手にかかれば、このように甘ーく仕上がるのですよ」
って言っても、砂糖をまぶしただけなんだけどねー。
そうか、ファイラスさんも、苺を食べたことのある貴族のご家門だったな。
この様子だと貴族の人達はみんな、苺があまり好きじゃないのかもしれない。
だったら、庶民に回してくれればいいのにー。
いや、ここも輸送問題かもなー。生産地では、食べられていそうだ。
さてさて、イチゴショートは大好評で、春を告げるうちの限定ケーキとしての役割を見事に果たしてくれたと言えよう。
もうひとつ、なんか新しいのが作りたいなぁ。
春……と言うと。
何も、果物にこだわる必要はないな。
そーだ!
明日は人参のケーキを作ろう!
キャロットケーキは俺も大好きだし、人参は春から初夏が旬だ。
色も綺麗な橙色に仕上げれば、春感がアップしていいよな。
翌日、父さんに苺ショートを渡して見送った後、人参のケーキを作り始めた。
これは生クリームじゃなくて、アイシングを上に掛けよう。
ケーキを三センチ角位の立方体に切り、上からトローリと垂れるようにかけて固める。
パリパリのアイシングと、しっとりキャロットケーキ。
ちょっとつまみ食い……旨っ!
刻んだドライフルーツも上に乗せよう。
カンペキである。
一皿にキャロットケーキキューブを三個、桜の形のチョコをふたつ添える。
春は、やはり桜なのだ。
これはもう、俺のDNAに刻まれたものなので仕方ないのだ。
本日のスイーツタイムもとてもご好評いただけた。
そして苺よりキャロットケーキの方が、お子さま受けとお姉さま方の受けが良かったのである。
……苺が敗北するとは……
食べ慣れたものの方が、いいということなのだろうか?
これは絶対に、苺も定番化しなくては!
苺のスイーツは、まだまだ美味しいものが沢山あるからね!
……問題は収穫量と、品種改良。
やっぱり別の苗、欲しいなぁ。
苺を一番気に入ってくれたのは、なんとロンバルさんだった。
フルーツ好きなのかもしない。
うちは、あまりフルーツの種類が多くないからなぁ……今度検討しよう。
その日の夕方、夕食時の食堂に鍛冶師組合の組合長と副組合長が現れた。
厳つい顔の厳ついおっさん達が、そこそこ厳つい父さんと並ぶとなかなか迫力のある画である。
「お偉いさんのおもてなし……?」
「ああ、お前さんの菓子を、是非ともその時に出したいのじゃよ!」
鍛冶師組合長にそう言われ、今日のイチゴショートがそのプレゼンだったということにため息をついた。
「父さん……ちゃんと言ってよ、そういうことぉ」
「すまん、お前こういうの嫌がると思ってなぁ」
そりゃ嫌がるよ。
俺は、趣味と実益をかねて作ってるだけだからね。
「あの苺の菓子は最高に旨かった! 頼むよ、タクト!」
副組合長さんにそう言われましても……
「苺は今日、店で出した分だけでもう残ってないよ」
俺がそう言うと、三人の顔が『ガーーーーン』みたいな擬音を背負ってる感じになった。
「言ってくれなきゃ、使っちゃうに決まってるだろ?」
おっさん三人がこの世の終わりみたいな表情してるんだが、ケーキひとつになんでそんなにも?
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