第172話 理解できない行動
「は? ミトカ? 知らないけど……なんで?」
ランチタイム前の食堂に訪ねて来たロンバルさんが、ミトカのことを探しているみたいだった。
ここには来ないし、俺はミトカのことは何も知らないから解らないよ、と言うと、少し項垂れて去っていった。
あの衛兵隊体験から十日あまり経ったが、あの後一度もミトカの姿は見かけていない。
元々あいつは北西側に住んでるみたいだからここに来ることもないし、俺も北西側には殆ど用事はない。
まして、雪のシーズンに北側に行くことなどほぼない。
ランニングルートも、南側オンリーになってしまっているからな。
その後もミトカは見つからず、やつの仲間達数人も行方が解らなくなっており、捜索隊が出ることとなった。
そうこうしているうちに本格的に雪が降りだし、森も町も白く覆われる時期になった。
結局、行方不明のやつらは誰ひとり見つけられず、捜索は雪に阻まれて中止せざるを得なかった。
彼らはこの町を出て、旅に出たのだろうか。
それならばいいが、もし、白森や西の森で魔獣に襲われていたら、怪我をして動けずにいたら……と、町には少し嫌な空気が流れた。
どこに何しに行く……くらいは、誰かに言付けてから行って欲しいものである。
帰ってくるにしても戻らないにしても、だ。
彼らを心配する人々だって、いるのだから。
そして、二日間の雪の止んだ翌日、行方の解らなかったひとりが西門の外側で発見された。
重傷を負っていたが、一命を取り留めた。
この寒さで、よく凍死しなかったものだ。
話ができるほど回復した彼が、他のやつらのことを衛兵達に聞かせてくれたのは発見から三日後。
彼らはこの町を出て、冒険者になるためにガウリエスタに向かったらしい。
町を出たのは六人。
成人していない者もいた。
だが、成人していないと冒険者になるどころか、宿に泊まることさえ難しいらしいのに、どうするつもりだったのだろう……
先頭をきっていたのはミトカ。
そのミトカに賛同したのはふたりで、他の連中は何となく軽い気持ちで付いて行ったようだ。
西の森を抜け、山を南へと回り込みかつての少数民族領を抜けられればガウリエスタの国境を越えられるらしい。
だが、途中で山道が崩れ、幾人かが巻き込まれて完全に少数民族領への道は閉ざされてしまったようだ。
それでも先を歩いていた数人は抜けられたかもしれない……と言っていたみたいだが、彼はひとりこちら側に取り残され、必死で雪の中を戻ってきたのだそうだ。
赤属性魔法の火系で【火炎魔法】が使えたことが、彼を助けたのだろう。
戻ってきた彼は、少なくとも自分は途中で引き返すつもりだった、と言っていたらしい。
そして帰りたいと言い出す者と、どうしても行くと言う者達とで言い争いとなり、別れた直後に山崩れにあったということだ。
「……そいつら、どうして西の森から出ようとしたんだろう? レーデルスからウァラクに回り込めば、安全にガウリエスタとの国境に出られるのに」
俺にはどうにも理解できない。
どうしてそうまでしてここを出たいのかっていうのも、なぜ安全を捨てて無謀なルートを選ぶのかも。
「彼らの中には移動制限があって、シュリイィーレから出られない者も未成年者もいたからね。まともに国境を越えられないだろうし、イスグロリエスト国内を移動すると捕まって強制送還されるから避けたのだろうね」
そう言いながら、ファイラスさんはどこか悔しそうな表情を見せる。
「冒険者なんて……半数以上が成功しない。依頼だって安全なものばかりじゃないし、迷宮で稼ぐとしてもかなり大変だ。身体の一部を失う者だって、少なくない。ただ『誰にでもなれる』ってだけで『誰もが上手くいく』ってことではないんだけどね」
冒険なんて俺には縁のないモノだが、そういう旅や状況に惹かれる人はいるのだろう。
そうしたものを選ぶことが、自由だと思う人もいるのだろう。
「俺には冒険者の良さなんて解らないけど、そういうのに憧れるやつもいるんだな」
「イスグロリエストでは少ないけど、ガウリエスタでは若者の殆どが冒険者になりたがってるらしいからね。まぁ、一攫千金がない訳じゃないってのが一番の理由だろうけど」
なるほど、一攫千金というのは確かに魅力的な言葉である。
でも俺としては、安全や安心と天秤にかけるようなものではない。
どちらを選ぶのも、自由といえば自由なのだ。
その主張する自由が誰かの自由を奪うことにならないかだけは、俺も気を付けようと思う。
俺にとってこの町は自由で素敵な場所だが、ミトカにとっては窮屈で仕方なかったのだろうか。
ロンバルさんがあんなにもミトカを気にかけていたことすら、アイツには迷惑だったのだろうか。
やっぱり、俺にはあいつのことは理解できそうもない。
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