第171話 映像記録整理

 今年も、冬ごもりの支度は恙なく終えた。

 魔法付与の依頼も全て終了し、蓄音器もケースペンダントも燈火用の電池も全部オールオッケーである。


 と、いうことで、俺は溜まってしまった録画の整理をしようと思い立った。

 まだ見ていない部分を確認しながら、インデックスなど作ってみる。

 録画石が五個できた時に、コレクションに『映像記録』というページが増えて、そこに収容できるようになったのである。

 俺のコレクション機能、優秀過ぎる。


 なので秘密部屋の記録と、ビィクティアムさんの記録機の録画をちゃんと分けて管理しようと思った。

 編集できれば一番いいんだが、残念ながら編集機能はない。

 ベタ録りオンリーなのである。

 だが、早送り、巻き戻しのスピード調整と部分拡大はできるように再生機を改造したので、気になった箇所を拡大することは可能なのだ。


 とにかく、一番最初はあの審問会の後に何が映ってるか……

 うーん、人影は……録れてないなぁ。

 あ、回収された。


 一度録画が切られて、また別の……

 これ、撮ろうとした訳じゃなく偶然か?

 廊下……結構広くて、豪華な……もしかしたら皇宮かな?

 ビクティアムさんの伯父さんが、皇王陛下なんだもんな。

 おお!

 皇宮の中って、こういう調度なのかぁー。

 ヴェルサイユ宮殿みたいなのを想像してたけど、豪華ではあるが華美ではないって感じだなぁ。


 華やかなのは、皇后殿下の宮殿の方なのかも。

 きっと、あのブーケタイプ蓄音器が似合う部屋があるに違いない。

 残念ながら、そちらは映っていないが。


 ちょこちょこといろいろ録画されてるのは、ビィクティアムさんがこの映像記録機をいろいろな人に説明するために起動してるようだ。

 説明の言葉も一緒に記録されているが、どんどん解りやすく簡潔に説明できるようになっていってる。

 やはり、何度も口に出して人に伝えようとすると、理解が深まるのだという良い見本だ。


 お、人が映った。


 庭を撮った時に、偶然映り込んだ白い法衣……

 あれは、司書室のカメラに映ったあの不審なやつの着ていたものに似ている。

 駄目だ。

 小さすぎて拡大しても顔は判別できないし、縁取りの色もよく判らない。

 これはビィクティアムさんか、セインさんに聞いてみるしかないな。


 もし同じだとしたら、皇宮に入れるほどの地位の者が着ている法衣と言うことだ。

 そんなやつが、どうしてシュリィイーレ教会の司書室に?

 どうやってあそこから、一瞬で消えたりできたんだ?


 残念ながらビィクティアムさんの記録機の映像からは、これ以上の情報は得られなかった。


 次は司書室と、秘密部屋の監視カメラ映像だ。

 司書室にはその後何人かの神官達が出入りしてはいるが、特に不審なモノは映ってはいない。

 あの白い法衣の神官もその後、司書室に現れた形跡はなかった。


 だが、別の神官がひとり、秘密部屋に入ろうとしていた。

 動かせないんだけどね。

 セインさんの依頼で、あの入口は普段は本棚を動かせないようにして欲しいって言われたからさ。

 まぁ、その方が俺も安心だし。


〈やっぱり、開けないようになってるのか……もう一度、確認したかったんだが……〉


 その神官の独り言。

『もう一度』?

 つまりエラリエル神官の事件の時に、この部屋を見たってことか?

 ということは……あの審問会で『映像』で見たのだろう。

 だってあの日以降、秘密部屋の監視カメラには俺以外の誰も映っていなかった。


 シュリィイーレ教会の神官で、あの審問会に出席した人なんていたかな?

 あの後新しく赴任してきた神官だとしたら、そいつは間違いなくドードエラスか、あの投影の石を設置した緑の魔眼持ちの仲間だ。

 確認したいのは『極大魔法方陣』だろうから。


 あそこにはもう何もないから見せても問題ないが、貴重な本に何かされるのは避けたい。

 今はあの秘密部屋以上に安全な場所がないから、こうして入れないようにしておく以外はできないのだが。


 本にかけてるセキュリティも上げておこうかな。

 今は移動不可、閲覧制限と防汚だけだが、破壊不可、改竄不可と炎にも水にも影響受けないように。

 ついでに複製不可もかけとくか。

 複製されて改竄されたあげくに『こっちが本物です!』なんて言われたら、目もあてられない。

 ……俺のコレクションには複製品が入ってるけど、それは……内緒。



 そうこうしているうちに、外では雪が降りだした。

 本格的な『冬』が始まったのである。

 俺は食堂に降りていき、早めの開店に向けて準備を手伝った。


 今日はふかし芋と燻製肉を玉ねぎと炒めたものに、イノブタの薄切り焼きだけど、俺はこのメニューの度に思うのである。


 チーズが欲しい……


 蕩ける、牛乳の、甘味と塩気が調度いいチーズが!

 勿論シュリィイーレの市場でもチーズは売られているが、かなり塩味のきついペコリーノロマーノのような羊のチーズだけなのである。

 この辺りでは畜産も放牧も行われておらず、北東のマントリエル領で作られているチーズを取り寄せている店があるだけなのだ。


 マントリエル領の山岳地帯には残念ながら山羊と羊しかおらず、山羊のチーズは保存が利かない物が多いのか生産量が少ないのかほぼ入ってこない。

 そして羊のこのチーズは、チーズとして楽しむというより摺り下ろして使う調味料のひとつなのである。


 こんな時ばかりは、あの飽食の日本が懐かしくなるのだ。

 チーズ……美味しい牛乳とレンネットが手に入ればなぁ。

 しかしシュリィイーレでは、東の大市場でも夏以降は乳加工製品の売っている量自体少なくなるし、生乳やレンネットなんて見たこともない。


 ……今度誰かから何かを依頼されたら、絶対に牛乳を大量に要求しよう。

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