第169.5話 ビィクティアムとファイラスとライリクス

「……恐れ入ったな。こんな人体の詳細を、僅か十歳から学ぶのか……」

「十歳なんて……今日のおやつのことしか、考えてませんでしたよ」

「副官長の場合はそうでしょうね……まぁ、でも、一般的に十歳の子供に座学をやらせることなど考えられませんよ」


「講義慣れしていたのは、既に経験があったと……」

「十代から人に教える立場とは、相当優秀だったのですね。タクトくんのあの文字なら、納得もいたしますが。読み書きだけでなく、美しさまで求められる教育……ですか」

「これじゃあ『貴族って教育が行き届いてない』って言われちゃうの当然ですよね……でも、無理ですって、タクトくんに匹敵する教育なんて」

「今回はその一端をまざまざと見せつけられた格好だな……大したものだ」


「あの講義ですらタクトくん曰く、基礎らしいです」

「えー……」

「専門家ならもっと詳細に説明できるのに、と残念がってましたね」

「その専門家から学習しているからこそ、すぐに実践に応用できる理論が身に付いているんだろうな」


「あの教本、これから入隊する者全員にも渡すことにしますが、宜しいですよね?」

「ああ、今回の講義は記録してるな?」

「はい、タクトくんの『映像記録機』でちゃんと」

「では今後の入隊者には必ず履修させ、理解させるように。教務は……オルフェリードだな」

「はい。彼ならば体術のこともありますから、適任かと」


「それにしても、こんなに詳しい人体の説明なんて、医療系職でもない限り見ることはありませんよね」

「医療系職でも、魔法で鑑定できるものを態々図にしたりしません。おそらく【医療魔法】を使えない者や『身体鑑定』の技能がない者に向けた資料でしょう」

「『解らなくて当たり前』の者達に向けた教本か……そうした『献身』の精神は見習うべきだな」


「優しさと言うか、タクトくんは使う者や、必要としている者に向けた対応力が高いように感じます」

「だからこそ、あの身分証入れや燈火が作れたのだろう」


「あの食堂で売ってる、保存食もそうだよねぇ。あんなもの考え付かないよ」

「あれがなかった時の冬の食事の酷さと言ったら……思い出したくもありません」

「ライリクスは本当に、死ぬ寸前まで料理しないよね……」

「できないと解ってることは、しない主義です。もう、干し肉と固くて噛めないパンの生活なんて、考えられませんよ」


「蓄音器も、冬場の音楽家達の救済策だったようだぞ」

「え?」

「トリティティスが、いたく感激していた」

「あ、トリティティスさん……というと、あの天才と言われた宮廷楽師の?」

「あそこの家門は……嫡子と従者達が揉めた家門だからな。あいつは純粋に音楽がしたいと、除籍してまでシュリイィーレに来ている」

「救済策とは……」


「楽団の演奏する曲だけを売ってるだろう? 演奏の使用料として、蓄音器と音源の売り上げの四割を楽師組合に払っているそうだ」

「なるほど……権利金ですか。それならば演奏できないシュリイィーレの冬でも収入になるから、音楽家達がこの町に留まれますね」


「シュリイィーレには、ここでしか生きられない者も多い。本当なら、そんな立場に追いやった国が考えることなんだがな」

「それでもタクトくんは『俺が家でも音楽を聴きたかったから』とでも言うんでしょうね」


「そうだろうな。しかし、あいつは考えなしに魔法を使い過ぎる。確か三万を超えてたんだよな? あいつの魔力量は」

「はい。何回かの魔力切れ状態に陥った時に総量が跳ね上がっているにしても、上がり方が異常です。余程、無茶をしているとしか」

「もしかしたらあいつは魔力の上がり方や魔法の顕現は、俺達と条件が違うのかもしれないな。あんなに黄魔法を使っていながら、出ているのは明らかに無理をした【音響魔法】だけだ」


「出現条件が違うのかもしれませんね。余程大きな魔法を、何度か使わなければ身に付かない……とか」

「そのかわり、使えるようになったら、とてつもない達人級……ということか」

「……極位なんて、歴史上でもなかなか居そうもありませんけど」


「神聖魔法は光ですから、黄属性魔法の幾つかはその加護で使えるのではないでしょうか」

「神聖魔法か……それを発動させたら、どんな魔法なのだろうな……?」

「攻撃魔法の可能性ですか? 雷光のような」

「だとしたら、タクトは使わないだろうから心配はしていないが……恐ろしくはあるな」


「そういえばタクトくんって、全然攻撃系は出ていないんですね。赤属性は、一番攻撃系が出やすいのに珍しい」

「本人の資質なのだろう。攻撃に対して魅力も必要性も感じていないのだろうが、あいつならやる気になればどんな魔法でも攻撃に使えそうだ」

「そういう使い方をさせないように、この町は保たれなくてはいけませんね」


「ああ。だが、あいつには魔法の使い方をちゃんと教えた方がいい。しかし……誰が適任だ?」

「魔法……と言うと、教会関係者の方が専門家ですよね」

「……兄ですか? あの人はタクトくんには甘いですから、信用できないですが……あまり他の方々にタクトくんを知られるのも……」

「ハウルエクセム神司祭はどうです? 面識もあるし、あの方は魔法師育成に積極的ですよ」

「そうだな……頼んでみるか」

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