第169話 筋肉講座

 なぜか衛兵隊に講義することになってしまったので、資料を作っているのである。

 テキストは簡単でもないよりあった方がいいし、その方が説明しやすいのはカルチャースクール時代に学んだことだ。


 座学なんて、得意な人は多くない。

 俺だってさほど好きではないが、実技を楽しむために理論を知っていることは大切なのだ。

 身体で覚えたことだけでは、本当の効果を十全に得られないことも多いからな。


「だからって、なんで俺が筋肉講座を……」

 おかしい。

 俺はカリグラファーで、文字書きなのだ。

 筋肉で語り合う人種とは、一番遠い所にいるはずだったのだ。

 筋肉の名称が記載された身体の図解を写しながら、不思議な気持ちが拭えない……が、仕方ない。

 口を滑らせた俺が悪い。


 ジムで聞かされた筋肉理論がこんなところで役に立つとは……付き合いで仕方なく行ってたジムだったのだが。

 何冊か新しく筋トレ本とか身体の解説本などを買って、基本的なことだけを資料に纏めていく。

 まぁ、この程度は理科と保健体育の授業プラスアルファくらいなので、俺でもなんとか説明できる。


 十数ページの薄目の冊子だが、初級テキストとしては充分だろう。

 さて、衛兵隊の人達分、複製しますか……




「タクトくん……これは?」

「講義のための教本です。事前に読んでおいてください。講義はこれに基づいて解説していきますから」

 そう言って、翌日食堂に来たファイラスさん達に大量のテキストを手渡した。

「今、ここには【収納魔法】持ちはいないんだけどな……」

 そうぼやくファイラスさんだったが、頑張ってくださいとしか言えません。

 俺に頼んだのはそっちですからね!


 ん?

【収納魔法】?

 もしかして所謂『アイテムボックス』ってやつ?

 そっかー、そんな魔法もあるんだよなー。

 その魔法いいなー!

 コレクションもいいんだけど、こう、雑多なものを入れておきたい時は『納戸』っぽい【収納魔法】の方がよくね?


「……誰か俺にも、いろいろな魔法の講義とか、してくれたらいいのになぁ……」

 そう呟いたらファイラスさんから、古代文字読める人に教えられる魔法師なんかいないよ? と返されてしまった。

 つまり、あの秘密部屋の本達が、現存する魔法テキストの最高峰なのだろう。

 だが、俺が知りたいのはもっと……こう、基礎の基礎、なんだよなぁ。

 教会で聞いたら、教えてもらえるのかなぁ。


 そして、講義は南側衛兵宿舎の一階の会議室で行うと言われた。

 つまりうちの斜め向かいの衛兵宿舎だ。

 なるほど、俺に便宜を図ってくれたというわけだ。


 どうやら講義は、同じものを四回ほどやって欲しいらしい。

 ……衛兵隊全員に、履修させるのか……

 なかなかの本気っぷり。

 ならば、こちらもしっかり講義できるよう準備を万全にいたしましょう。


 テキストに書かれていない事も含め、想定される質問を書き出して答えられるようにしておく。

 ……みんなに見えないように、カンニングペーパーも用意しておこう。

 いや、試験じゃないから!

 ただの講義用資料だから!



 そして当日。

 まずは筋肉の名前からその働き、腱や関節等との関わりと、人体についての簡単な説明をしてから、筋トレやらストレッチの説明を交え実習もしてみた。

 訓練や運動の後にはちゃんとした食事を摂ることや、筋肉を強化して訓練するより訓練した後に【回復魔法】を使う方が、筋力が上がるということなどのケア方法も話しておいた。

 ラジオ体操第一も教えようかと思ったが、流石にそれは止めた。

 毎朝、衛兵隊隊員達がラジオ体操をする図というのは、ちょっと笑えてしまう。


 質問もわりと想定内のものばかりですらすら答えられたが、あと三回のうちに質問もグレードアップしていくかもしれない。

 なにせシュリイィーレ隊は、とんでもなく優秀な衛兵達なのである。

 初めて聞くような筋肉理論をすぐに理解し、質問ができるなんて流石としか言いようがない。


 だが、講義の終わりには拍手をしてくれて、ちょっとほっとした。

 こんな講義をその日のうちにもう一度、翌日にも二度行った。

 なんとか皆さんには、ご満足いただけたようだ。



 筋肉講座全四回終了後、ライリクスさんから今回のお礼、と講義代をいただいた。

 報酬のことは気にしていなかったか、いただけるのであればいただいておこう。


「ご苦労様、タクトくん」

「本当、畑違いの講義は疲れますよ……これで終わりですよね? ライリクスさん」

「ああ、とても面白かったし、実のある内容だった。君は随分手際が良かったけど、こういう事に慣れているのかい? 教本の作り方といい、解説といい、初めてとは思えない」


「文字を教えてましたからね」

「読み書きかい?」

「いえ、それはちゃんとした教師からおそわりますから、俺が教えてたのは……綺麗に書く方法とか、文字をどう書いたら人の心に残るか……っていう技術、かな」

「へぇ……【文字魔法】を……かい?」

「【文字魔法】は、教えられるものじゃありませんからねぇ。魔法にはならないけど、魔法が使えそうなくらい綺麗な『文字』の書き方、ですよ」


 そう、カリグラフィーも書道も美しさに力がある。

 俺は今でも、そう思って字を書いている。


「……そうなのか。しかし、教えることに慣れていたのは確かだね。今日の講義は素晴らしかったよ」

「ありがとうございます。俺が習った専門家の人達ならもっといろいろお教えできたと思うんですが、俺だと基礎がせいぜいですよ」

「基礎……とは、君の国では誰でも、ということなのか?」

「今日の前半は……だいたい十歳くらいには、習いますね。後半は……えーと、十六歳とか十七歳くらいかな?」


 うん、小学校の理科でやったのと、高校の保健体育……とジムの聞き齧り。

 筋肉図解はわりと好きで、以前から本とか読んでたからそれも、かな。

 筋肉の名前って、なんか口に出して言いたくならない?

『上腕二頭筋』とか『脊柱起立筋』とかさ。


 ともかく衛兵さん達に上手く伝えられていたなら良かったんだが、久しぶりのテキスト作りや授業の組み立てなんかは楽しかったし、皆さんにご満足いただけたのなら良しとしようか。

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