第163話 方陣解放の条件

 翌日、朝から俺はベッドの上で今後のことについて思案していた。

 どうやら俺は『好奇心を抑える』とか『熟慮してから動く』ということが苦手……というか、全然できないらしい。

 うん。

 俺は、好奇心が抑えられない猿なのだと自覚しよう。

 好奇心で動くことを回避しようとしてもできないと開き直って、リカバリーができるようにしていこう……!


 古くから『好奇心猫をも殺す』といわれるくらいだから、好奇心だけで突っ走るのは確かに危険だ。

 あっちの世界にいた頃はもう少し自分は大人で、周りとの協調性を持って、空気を読んで生きていけている……と思っていた。

 だが、何をどう思いだしても、俺はそんな生き方が楽しくはなかったのだ。


 おそらく『やって後悔する』か『やらずに後悔する』かどっちかを選べと言われたら、今の俺は絶対に前者を選ぶ。

 あちらの世界ではずっと『やらずに後悔する』ことばかりだったから。

 あの時、声をかけていれば、あの時、目を背けていなければ、あの時、あの時……

 そういうやらなかったことを繰り返し思い出して『もしもそうでなかったら』の世界を想像しては悔やんでいた。


 だからもう、思い立ったことや考えついたことを行動に移してしまうのは、『自主的にやっている』ことなのだ。

 なにもかも『やらかし』てるのではなく、俺が俺の意思で『やっている』。

 全部、俺が決めたことだとちゃんと自覚して、全ては自己責任だと覚悟すること。

 ……ただ、それが周りの迷惑にならないかということだけは、忘れずに考えるべきだと思うが。


 その結果、誰にどう思われても仕方ないって思おう。

 ものすごく……言い訳がましいが、自分自身にそう言い聞かせないと『俺って駄目』に囚われてしまって泣きたくなる。


 そして反省と共に、今後のことを考えよう……

 父さんや母さん、ビィクティアムさん達にあちらの世界のことを開示してしまったので、俺がまったく違う異世界から来たということはもう秘匿事項ではなくなったわけだが、それでもまた秘密にしておかなくてはいけないこともある。


 それは常人と馬鹿みたいにかけ離れている魔力量や、あまりに簡単に新しい魔法や技能が身についてしまう特殊体質についてである。

 これは『異世界人は危険な生き物だ』と迫害されないために、絶対に必要なことなのだ。


 まぁ、だからと言って、やりたいことを我慢して生きるという選択肢はない。

 やりたいことを諦めることなく、社会に溶け込み誰の生活も脅かさない存在ですよーと、結構役に立ちますよーとアピールし続けなくてはいけないのだ。

 ましてや、極大魔法方陣を解放してしまったなんてことは、絶対に!

 絶っ対っにっ!

 疑いを抱かせることすら、あってはいけないのである!


 まずは、あの秘密部屋から切り出してしまった岩石の処分。

 全て単一素材に分解してしまおうと、コレクションから取りだして抽出の前に全体を鑑定する。

 どうやらこれは、玄武岩のようだ。

 ということは、火山活動でできたということだよな。


 錆山は火山だろうし、西側も北東側もそうだから不思議ではないのだが……この石は随分と斑晶が少ない。

 殆ど黒だが、所々に橄欖石かんらんせきを含んでいる。

 俺の知る限り、錆山ではこのタイプの玄武岩は見たことがない。


 もしかして昔は、この辺りまで海だったのだろうか?

 海底火山など、錆山とは別の火山があって土地が隆起したのかもしれない。

 含まれている微量の黒粒はクロムスピネルかな?

 でも……なんだか不自然だ。

 黒粒が、等間隔で直線に並んでいる。



 少し気になったので、俺は秘密部屋へと転移した。

 方陣があった壁に『クロムスピネルのみ赤で表示』と指示してみると消えたはずの方陣が浮かび上がった。

 でも、少しだけ形が違う。

 俺の魔力を吸う前の方陣は少し横長の菱形で、文字は全て横書きだった。

 装飾も多く、何重かに他の多角形も重なっていたように思う。


 今は等辺の菱形の四辺にふたつずつの突起があり、中央より少し上の一点に向かって各突起の頂点からラインが伸びている。

 一部のラインが繋がっていないのは俺が切り取ってしまった部分だ。

 そこに、もう一度線が繋がるように岩をはめ直してみる。


 ……え?


 壁についていた左手が、壁から離れない。

 何か、何かが、手のひらから俺の中に入ってくる感覚があった。

 少し冷たい、でも嫌な感じは……しない。


 クロムスピネルを表示させていた赤い点が全て消えた。

 いったい、今のはなんだったんだ?

 もう、壁はただ黒いだけで何も見えなくなっている。


『極大方陣』……とは、もしかしていくつかの方陣を重ねた、多重構造なのだろうか?

 ここの方陣は、少なくともふたつ重なっていた。

 もう一度この壁に魔力を流してみたら、どうなるだろう?


 俺はこの間のようにいきなり膨大な魔力を吸われるかもしれないと警戒し、魔効素吸収変換の指示をオンにした。

 両手を壁に付け、魔力を流していく。

 方陣のあった中央辺りから、じわじわと壁全体に、そして部屋全体に行き渡らせる。


 かなり多くの魔力を流したあと、足下が蒼く輝きだした。

 強い光ではないけど、鮮やかだ。

 魔力を流し続けるとその壁の天井まで光が登っていった。

 壁にはまた違う形の方陣が現れ、今度は右手のひらが少し冷たくなって光が消えた。


 もう、魔力を流し直しても何も起こらない。

 どうやらこれで完全にここの方陣はなくなったみたいだ。

 そして、またしても好奇心で突っ走ってしまったと気づき、『自己責任、自己責任』と呟きつつおそるおそる開いた身分証を見る。


【神聖魔法:極光彩虹】……

 その文字を読んだだけで、俺は身分証をすぐに小さくしてケースに収めた。

 ……きっとこれが、本当の極大魔法なのだろう……

 よし。

 この魔法を、絶対に悪用しないと誓います!

 そして、自分と周りに方々に危険が及ばない範囲で、世のために平和的に使用すると!


 前回の俺は方陣の一部だけしか開放していなくて、中途半端にその魔法を受け取ったのだ。

 魔力の強制搾取も、もしかしたら不完全な解放を行ったためだったのかもしれない。

 本来は『両手を方陣の中央にあてて魔力を流し込む』が正解なのだろう。

 これは部屋に戻ったら、絶対に映像を見なくては……


 転移で部屋に直接戻ると、そろそろランチタイムの準備時間だった。

 映像確認はちょっと後回しにして、俺は母さんの手伝いに厨房に入った。


 今日のランチはオムライス、揚げ鶏、そして野菜たっぷり煮込みである。

 米もすっかり定着し、バリエーションも増えてきた。

 ただ、『米』というのもなんだか素材そのものっぽくて俺的にガッカリな感じなので調理したものは『ごはん』という名称にしたのである。


 俺は玉子にはちゃんと火を通したい派なので、とろとろのオムライスは論外。

 なのでオムライスは『焼き玉子ごはん』……という。

 うーむ……外来語での造語になれているせいでピンと来ないが、まぁいいだろう。



「タクト、パンのおかわりあるか?」

「はいはーい」


 そう、実はごはんがあってもパンを食べたがる人が多いのだ。

 どうもシュリィイーレの方々にとって『米』は野菜の感覚で、主食はやはりパンみたいだ。

 カレーライスでもパンを食べたがる人が多かったので、ごはんの量を少なめにしてパンを付けていたりするのだ。

 ちょっと炭水化物摂りすぎな気もするが、お客さんが喜ぶならいいだろう。

 太ったとしたら、頑張って運動でもしていただこう。


「タクトくん、今日のお菓子なんだい?」

「ふっふっふっ、本日はカカオを使ったお菓子です」


 チョコレートケーキである。

 メイリーンさんの誕生日に作ったショコラ・タクト一般バージョンである。

 でも、ちょっとだけトッピングをしてみた。

 先日大量にもらった珍しい果実をドライフルーツにしたものにチョココーティングをし、チョコレートケーキの飾りとして使っているのだ。


 実は美味しいのだが見た目がグロいっていう果実が多かったのだ。

 なのでドライフルーツにした上で一口サイズにし、甘みを抑えたチョコでコーティングすればグロさは全くなくなるのである。

 見た目で損している果物って、結構あると思うんだよね。


 案の定、甘党の当店のお客様達には大好評。

 ライリクスさんからはチョコ果実だけでも、持ち帰り用として売って欲しいとせがまれるほどだった。

 これは秋になったらと思っていたアーモンドチョコとか、持ち帰り用の菓子として作ってもいいかもしれない。

 ……ますます食堂の一角が、コンビニ化していく気がする。

 チョコレートがあると、一気にスイーツの幅が広がるよね。



 さて、美味しい『焼き玉子ごはんオムライス』も食べ、チョコレートの糖分とポリフェノールを摂取した俺は、部屋に戻ってじっくりと改めて今回のやらかしに向き合うことにした。

 反省はするが後悔はしない、と、何度か心に言い聞かせて。

 ……後悔先に立たずとなりませんように。


 決して外部から見られないようにしっかり下準備をしてから、俺は秘密部屋で方陣を開いてしまった辺りの映像を見直す。

 再生機に一時停止機能を付けたので、方陣が見えたタイミングで停止してノートにその形を書き留めていく。

 最初のもの、クロムスピネルのもの、そして最後の蒼い方陣。


 映像を見るとどの方陣も魔力を吸い取っている時に、ゲージが貯まるみたいに下から上へと光が上がっていっている。

 これ、相当多い魔力量だぞ?

 俺の保有分だけでは、絶対に足りなかったはずだ。

 コレクションから魔効素変換吸収の指示書を取りだしてみたら、文字色が殆どなくなっていた。


 大気から取り込むことを考えて青みがかった黒にしたはずだ。

 しかし、うっすらと青が残っているだけだ。

 ……あの方陣、絶対に人ひとりの魔力じゃ足りないないだろう。

 だとすれば、複数で?

 しかしそうなると、魔法は誰に授けられるんだろう?


 誰かひとりが方陣に触れ、他の人達がその人に魔力を供給するということはできない。

 他人から放出された魔力を、自分の魔力に変換することはできないのだ。

 ならば、何日もに渡って少しずつ方陣に魔力を注いで溜めていくのだろうか?

 それってあの全ての方陣を解放するのに、何十年と掛かってしまうのではないのか?


 俺は映像を切り、録画石と再生機をしまってからノートに書き写した方陣を見つめた。

 方陣の周りにもラインに沿ってぐるりと文字が書かれている。

 この文字も方陣の一部なのだろう。

 いや、文字だけで形取られたこれも別の『重なった方陣』ひとつのようだ。


 文字のものも含めると方陣は全部で五つ重なっていたことになる。

 一番最初にガッツリ吸われた魔力はみっつ分の方陣を開き、四つ目の方陣に注がれはしたが陣が壊れていて発動できず、そのため五つ目には魔力が供給されなかった……という感じだろうか。

 そうか、だとすると『方陣に魔力を溜めていく』はありだな。


 文字方陣はよく見ると、同じ単語が繰り返し使われている。

 これは強調だろうか。

 方陣の単語で同じものを消していくと、コンパクトな四角い方陣が描けた。


 わ、光ったぞ!

 ……ノートに書いても発動するのか?

 いや、俺が方陣を作っちゃったということか?


 その方陣に触れると、魔力が文字に貯まっていく。

 今回はもの凄く少ない。

 もしかして、文字数が少なければ魔力は少なくていいのか?

 光の方陣……のようだけど、何がどう光るのだろう?

 ちょっと発動させてみよう。


「えーとぉ……『我が敵に光をあてよ!』なんちゃって」

 いやぁ、中二病丸出しですなぁ。

 特になんにもおきないし……



 〈うわぁ! 鳥が落ちてきたぞ!〉



 ん?

 窓の外で何か……?

 窓を開けて下を見てみると、男の人が何かを持って叫んでいる。



 〈雷だよ! 急にバリバリって……鳥に当たったんだよ!〉



 ……いやいや、晴天じゃないですか。

 雲ひとつないのに、何を言っているのやら。

 はっはっはっはっはっ。

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