第162.5話 シュヴェルデルクとセインドルクスとビィクティアム

▶皇王・私室


「……以上が、先日タクトから語られたことです」

「ううむ……どうにも、まだ信じられぬが間違いなく言っておったなぁ」

「はい、陛下。彼の出身は、我々の言葉では『ニファレント大魔導帝国』と呼ばれる失われし古代文明国で、間違いないでしょう」


「略して称していたとは思いませんでしたし、まぁ……聞いていたとしても思い至らなかったでしょうな、初めの頃では」

「かなり発達した文明と魔力を有している国だとは思っていましたが、まさか大魔導帝国であったなどとは想定外です」

「魔導帝国には『サクラ』を愛でる習慣があったという伝承もございますし、間違いないかと……」


「あの地図からも間違いあるまい。ニファレントは『菱の陸地を北に頂く弓なりの国』と伝えられておる」

「周りが全て海というのも伝承の通りですね。まさかそんな国が実際にあるとは、思っていませんでした」

「うむ。国というのは樹海もりの周りの大地を分けて統治するものであると思っておったからな……しかも、あの数の島々をも纏めて一国などと考えも及ばぬ」


「物流と技術力……鉄の道を走る雷魔法の魔動機やら、爆発魔法を駆使して空を飛び回る魔動船があるなどというのは、いくら魔導の国とはいえ絵空事と思っていたが。確かに実在し、しかも日常的に、全国民が利用できていたとは……まさに大帝国だな」

「人口が一億もいたというのですから、相当広範囲の土地でございましょう。移動にそのような手段は、必須だったのでしょうな」

「六千八百もの島々を纏め上げていたのだからな。素早く必要な人材が多く動けることが重要だったのだろう。方陣門だけでは足りぬほど」


「しかも信じられないくらいに、治安の良い国だったようだ。これは『革命説』や『戦争説』はあり得ないな」

「ええ、我々の知識の範囲でしか図れませんでしたから、誤った仮説を立てておりました。ご両親は行政官とのこと、まことに事故であったのでしょう」

「行政官となれば、国主の儀式や儀礼に関する庶務をしていたのでしょうから、それなりに高い地位の方々だったのでしょうね」

「しかも、皇族でもない上に、男系家門でありながら女性までもが行政官として務めているなど、まことに優秀であったのだろうな……」


「祖父殿は『ショカ』であったか? 文化功労者で国からの叙勲もされていたというと、我が国では『イスグロリエスト大綬章』にあたるな」

「たとえ臣民であったとしても、間違いなく貴族として叙爵される最高位章ですな」

「貴族という階級はないと以前言っていましたから、おそらく地位ではなく別のものを与えられるのでしょう。たとえば……加護による新たな魔法技術などを」


「【文字魔法】は、その可能性が高いと思われます、陛下」

「おそらくそうであろうな……しかも、一代ではなく受け継がれる血統魔法を、神々から賜るのやもしれぬ。想像を絶する褒賞であるな」

「それほどの貢献をした人物の孫ということは、それなりの素地や才能があって当然でございましょう」


「タクトの身分証には新しく【神聖魔法:光】が出ておりました。これは神典によるものと思われますが如何お考えですか、陛下?」

「ニファレントは、八百万もの神々と人とが共存する国なのだぞ? 神域の魔法も身近であったはずだろう」

「神典に【神聖魔法:光】の記述は見当たりませんでしたが、原典に記されているのに現在の神典にはないものがある……と、タクトくんが言っていたことがございます。おそらく意図的に秘匿されているのではないかと」

「意図的に?」

「はい。神との距離が遠くなってしまった我々には……辿り着けぬものであるから、敢えて削除されてしまったのではないかと思っております」

「先人達は、神々との隔たりに絶望したのかもしれぬな。しかし、原典は復活する。そして今、シュリィイーレの民であるニファレントの血を引くタクトがその魔法を手に入れているのだ。神域の魔法も、極大魔法もその発見と行使の新たな時代に入ったということになろう」


「そのように神々に愛された国でも……滅んでしまうのですね……」

「神話では極大魔法を誤った使い方をしたために、大地の全てが海に沈んだ……とあるが……もしかしたらタクトは、その『最後の日』に神々が開いた時空の狭間に落ちたのではないか?」

「最後の日……ですか? 陛下」


「本当はタクトだけではなく、もっと多くの者達もその『黒い渦』で転移していたのではないだろうか? 神々とて罪科つみとがのない者達まで愚か者の犠牲にしたくはなかっただろう。他の者達は同じ時代の別の場所に移されたのかもしれんが、タクトだけが、はぐれて大きく時までをも超えてしまった……とは考えられぬか?」

「時を超越したから『今』の白森に、タクトは移動してしまったということですか?」


「イスグロリエストの建国記には……確か『白き森』より『碧き森』へ至り導きを受けて樹海の周りに国を整えていった……とありましたな。では、我らの祖先は神々に救われたニファレントの民であった可能性も……?」

「そうだ。ニファレントの民と、元々この地に住んでいた民とが混じり合いこの国を作っていったと考えれば、他国の者達よりイスグロリエストの民が魔法に優れているのも頷ける」

「神話と神典がこの国で一番最初に作られたのも、原典が『ニファレントの民が降り立った地』であるシュリィイーレに隠されていたのも……確かに説明はつきますが」


「確定という訳ではない。研究に値する仮説であろうが! 実際に原典がシュリィイーレから発見されておる!」

「畏まりました。では、その仮説も研究の対象といたしましょう……なにやら、胸が高鳴りますな」

「タクトのおかげで、我々は確実に真理に近づいておるぞ! はっはっはっ!」



「では陛下、【境界魔法】を解きます。ご指示は文書でお願いいたします」

「判った。しかし、おまえの聖魔法は更に強力になったのぅ……これも加護の力のせいか?」

「それは解りませんが……確かに『結界』も『制約』も強くなっております」

「【境界魔法】内での会話が、一切外では口にできん……という制約は、ちと面倒ではあるがこうした秘匿事項だらけの時には必要だな」


「では陛下、我々は一度シュリィイーレに戻ります」

「うむ。タクトによろしくな……そうだ、ティム!」

「……ですから、その呼び方は……」

「いいではないか! 頼みがあるのだ!」

「またですか?」


「タクトに、儂の身分証入れを作って欲しいのだが……」

「ご自分で頼んでください。俺はこれ以上、タクトに無理を言いたくありませんから」

「儂が行かれる訳ないであろう! 父上がいらっしゃるのだぞ、あそこには!」

「では、俺はこれにて失礼致します」


「こらっ、ティム! ええい、セインドルクス! おまえからも……ああん? もう居ないとは! 逃げおったなあいつ!」



 ▶王都聖教会内・方陣門前


「セラフィエムス、すまぬがもう一度、境界を発動してくれ」

「……解った……いいぞ。何か?」


「先程は敢えて触れなかったが、我々の加護についてはどう思う?」

「確かに原典の訳文が引き金ではあっただろうが……『タクト本人が全てを作った物』を持っていることの方が原因だと思っている」


「やはりそうか。タクトくんの作り上げた物だからこそ【神聖魔法:光】の対象となったということだと私も考えていた。そういう物品はいくつくらいあるのだ?」

「シュリィイーレ内にはかなりあるだろうな。一番最初の身分証入れは全てタクトが作った物で確か三十五個。その後、あいつが全てを手がけた身分証入れも、いくつかあるはずだ。確実な物はあんたのそれ、ライリクスとマリティエラの結婚祝い。ガイハック、ミアレッラ夫妻は毎年タクトの手製の物品を贈られている。あとは蓄音器のいくつかと……皇后殿下の蓄音器。そして、あのメイリーンという娘の髪飾り」


「尤も、タクトくんが最も力を入れて作った物は、ご両親のものとメイリーン嬢のものであろうな」

「ああ、いつ加護が発生してもおかしくない。彼女も警護対象となっているから、加護が付いてくれた方が俺達としては安心だ」

「彼女はひとり暮らしか?」


「そのようだ。両親とも、病気で既に他界している。彼女の母親は、扶翼の従者家系の娘だ。母親の実家とは既に縁を切られているようだし、厄介な縁者もおらん。父方は直接の血縁者はいないし、女系家門だから父方にはなんの権利もない。今は、ライリクスとマリティエラが後見となっている。どうやらかなり珍しい家系魔法を嗣いでいるみたいだが、魔法の詳細は不明だ」

「流石によく調べておるな」

「タクトの周りは一通り、な。上皇陛下からも以前から、それとなく頼まれていたからな……まったく、あの方は人使いが荒いんだ」


「気になるのは『鳥の目』を利用したやつだが……私はスサルオーラ教義の者達ではないかと思っておる」

「スサルオーラ……まだ生きのびているのか。確か、主神はシシリアテスではないと言っている過激なやつらだよな?」

「ああそうだ。だから、原典でそれを確かめたいのだろう」


「狙いは、タクトから神司祭に渡る訳文か」

「だろうな。不都合な箇所を改竄しようと狙っておるのかもしれん」

「わかった……そういう方面でも警戒しよう」


「さて、そろそろシュリィイーレに行くとしよう。ゆっくり菓子でも食べて休みたいわい」

「……あんたは、仕事で直轄地シュリィイーレに行くんじゃないのかよ」

「馬鹿言え、息抜きに決まっとろうが」



「……働けよ、クソオヤジ……」

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