第162話 原典訳文の効果?

 俺が居間に戻ると、ビィクティアムさんはまた改めて【境界魔法】を展開した。

 少し苦しそうにしているが、大丈夫なのかな、ビィクティアムさん……


 俺はセインさんに訳文を渡し、さっき感じた『視られていた』ことを話した。

「……そうだな、おそらく俺とドミナティア神司祭だろう。上皇陛下と接触したことが原因だろうが……そうか、鳥まで使えるとは……」

「タクトくんの『魔眼鑑定』の精度は凄いですね」

「小心者なので、視線が気になるのです」


 そうだ。

 いい機会だから聞いておこう。


「以前、神典が訳せれば極大魔法の方陣が読める……って言ってたじゃないですか? その方陣って発見されているんですか?」


 ビィクティアムさんとライリクスさんは少し考えてから、互いに頷いた。

 俺に教えてもいいと判断してくれたのだろう。


「今、場所と存在が判っている方陣は、三カ所だけですね。イスグロリエスト大樹海の中で南のルシェルス領から入るラサナ神殿跡地と、セラフィラント北東でガストレーゼ山脈近くのレクサナ湖拝殿聖廟、そしてガストレーゼ山脈ロンデェエスト側西のフラビナリア洞内」

「どれも、はっきりとした文字が書かれているの?」

「いや、どこも完全に全ては読めない。一部分ずつだけだが、同じ言葉がいくつか見えていて、方陣があるということは解っている」


 それじゃ、俺が翻訳を完成したところで正しく全部読み解くことはできないのではないだろうか?

 それに、秘密部屋の方陣と一緒なら前・古代文字……あ、そっか、それを『誤訳』されちゃう方が、危ないか。


「極大魔法方陣は、全部で五つあるとされているが、残りは発見されていない」

「そうなんだ……じゃあ、翻訳がすぐに極大方陣復活に直結する訳じゃないのか……」

「それでも、用心することは必要ですからね。心配していたんですか?」

「うん……俺のせいで大変なことになっちゃうのは、望んでいることじゃないからね」


 ……既にいっこ、大変なことになっちゃってるしね!

 ただいま皆さんが目にしていたのが、極大方陣の魔法ですからっ!


「見てみたいのか?」

「『方陣』っていうのがよく解らないからちょっと見たいとは思いますけど、そんな所まで出掛けるのは嫌です。俺は、どちらかというと引きこもりだし」


 ビィクティアムさんが笑いながら、何処も危険な場所だから一般人は入れないよ、と言った。

 そりゃそうか。

 観光地じゃないもんな。

 公開なんて、している訳がないよなぁ。



 そうこうしているうちに、セインさんがひと通り訳文を読み終えたようだ。

 セインさんから訳文を受け取ると、ふぅーっと息をゆっくり吐きながらビィクティアムさんが読みだした。

 横からライリクスさんも一緒に読んでいるし、父さんと母さんは後ろから覗いている。

 みんな、なんだかんだ言っても原典に興味あるんだな。


「相変わらず、素晴らしい文字と訳だね……」

「ありがとうございます、セインさん」

「この辺りは、賢神一位や聖神三位の話が中心のようだね。とても穏やかな気持ちになれる言葉ばかりだ」


 この『至れる者の神典』の第一章から二章にかけては神々が『三津みつ大陸だいち』に降り立って、その大地と海に初めて『生物』を作り出すお話だ。

 光と炎を与え、水で充たした海の中に多くの命を解き放つ……っていう場面がとても好きだ。

 この後、大陸に森と水と氷が与えられる。

 そして時間の流れが生まれて、初めて大地に花が開く春が来る『季節』が生まれるんだ。


「ここから先は賢神二位と聖神二位、聖神一位の話が多くなるみたいです」

「主神は最後なのかね?」

「いえ、最後は全員で……って、その辺りはもう少しお待ちください。この後、神典の上巻に続いていくんですから」


「ははは、楽しみだねぇ。こんな穏やかで豊かな物語だったのだね……戒めや制約が書かれているものとばかり思っていたが」

「『至れるものの神典』は神々が如何にしてこの世界を作ったかという、神々の語りですからね。どれだけ、この世界に生み出したものを愛しているかっていう言葉ばかりですよ」


 セインさんがふと小さな声で、では神々が降り立った大地を作ったのはどなたなのだろう? と呟いた。

「俺の国の神話では……確かイザナキとイザナミという二柱の神が、天沼矛あめのぬぼこで渾沌とした地上を掻き混ぜた時の雫が島になった……って感じだったかな?」

「主神と五神の他にも、神がいたのかね?」

「日本には『八百万』の神々がいましたからね」


 はっぴゃくまん……と、セインさんは、呆れ果てたような声で繰り返す。

 そうだよなぁ、日本は神様が多いんだよねぇ。


「人の数より、神の数の方が多いのではないか?」

「昔は、そうだったかもしれないですね。まだ人の数はそんなに増えていなかったでしょうし。でも、俺が生まれた頃の人口は一億人くらいでしたよ」

「い、いちおく……そうなのか……それは凄い……」


 国土は狭いけど、人も神様も沢山いたんだよ。

 いや、八百万柱いたということではないのだが。


 あれ?

 セインさんの胸元あたりになんか……?

 ああ、そうか。

 ちゃんと加護として発動しているみたいだ。

 俺が黙って見つめていると、セインさんが俺の視線の先を見て、胸を押さえる。

 そして急に吃驚したような表情になって、ケースペンダントを取りだした。


「こ……これは『加護光』……!」

 勿論、さっきの【守護魔法】のせいだ。

 丁度訳文を読み終えた四人も一斉に顔を上げて、セインさんのケースペンダントに目を向けた。

 そして、自分達のものにもそれが宿っていることに気が付いたのだ。


「俺のものは……光が強くなっている」

「僕のまで……? さっきまで、なんともありませんでしたよね?」

「わ、儂らもじゃ。ま、まさかこの原典の訳文を読んだからか?」

「そんなことってあるのかい? タクトのは?」

「いや、俺のは普通だよ?」


 俺は俺自身に魔法をかけているから、ケースペンダントには紛失防止くらいしか掛かっていないんだよねー。


「もしかして……【神聖魔法:光】とは……神典自体にかかる魔法なのでは?」

「その力を持つ訳文を読んだから、それを受け止められる逸品に加護の光が宿った……ということか?」


 俺の魔法には違いないが、神典は多分……というか、全然関係ない。

 でもまぁ、そういうことにしておいていいのかな。


「【神聖魔法:光】を授かったことで、タクトくんには自身に既に加護が宿っているのでしょう。物品を介する必要がないのですよ」

「セラフィエムスのものは、元々加護が掛かっていた品だ。それに更に……ということなのだろう。こんなにも……強い加護光は初めてだ」


 あ、そっか。

 ビィクティアムさんには、重ねがけになっちゃっているのか。

 でもビィクティアムさんは立場的に危険が多そうだから、このままでいいや。


「この訳文が、神々の真の言葉である証だ。これこそがまさに『原典』だ……!」


 しまった。

 余計な箔を付けてしまったかな?


「読んだら誰にでも加護が付く……ということになるのでしょうか?」

「ううむ……それは解らぬが……」

「多分、そうはならないと思いますよ?」


 ここは否定しておかねば、面倒なことになる。


「ここにいる皆さんはこれが『原典』の訳文として正しいと信じてくれているからじゃないですか? 少しでも疑っていたり、試そうとする人にまで神々は優しくしないんじゃないかな。『盲目ではなく正しきを識る者にのみ光在り』ですよ」


 これは主神の言葉だ。

 本当は『拘りや偏見を捨て何が正しいかを見極めれば真実が見える』……っていう感じなんだけど。

 あああー、こうして解釈は歪んでいってしまうのだろうか……ごめんなさい、神様達。


「そうか……そうかもしれんな。それにしても、君の魔法は本当に貴重なものだ」

「ああ、これでまた一段と警護段階を上げねばならん」

「警護? 俺、警護対象なんですか?」


 おおおー!

 もしや『マルタイ』ってやつですか?


「これからはおまえの行く先々に、必ず衛兵を配置することになる。鬱陶しいと思うが、暫くは我慢しろよ」

「……暫くって……いつぐらいまで?」

「少なくとも、神典と神話を全部訳し終わり、教会がそれを正規訳文と認めるまで……だな」


 それ、結構長期間ですよね?


「まぁ……守ってくださるというなら、甘えることにしますけど……俺、結構移動速度早いですよ? 見失ったりしないでくださいね」

「ほほぅ、我がシュリィイーレ隊に挑むか。受けて立つぞ」

「それじゃあ、衛兵さんがついてこられなかったら、俺のお願いを叶えていただくということで」

「よかろう」


 ふっふっふっ『タクトを探せ』状態になりますよ。

 さーて、お願い事、考えておかなくっちゃな!

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