第154話 激白・告白

 女騎士に平手打ちを決めたメイリーンさんは、顔を真っ赤にして今にも泣き出しそうだ。

 そう、あの素早い動きの正体は、怒りに燃えるメイリーンさんだったのである。

 ……すっげー吃驚した……


「タクトくんを侮辱しないで! なんにも、知らないくせに、何も、知ろうとも、しないくせに! あなたに、そんなこと言う資格なんか、ないんだから!」

「きさま……っ!」

「あたしはっ! あたしはずっとずっと見てきたもの! タクトくんがどんなに凄いか、ちゃんと知ってるもの! あなたみたいな非道いこと言う人、絶対に騎士だなんて認めないっ!」


 真っ直ぐに女騎士を見つめて、メイリーンさんは怒ってくれた。

 俺のために。

 やべぇ……超嬉しい。


 女騎士も怒りで震えているのか、剣に手を掛けようとする。

 しかし、主の前だからか、室内だからか剣は抜かずにメイリーンさんに向かって手をあげようとした。

 俺はその間に入り、なんとかその振り上げた手を掴んで止めることができた。


 泣いてる。

 メイリーンさんが泣いてる。

 許せねぇ。

 俺の、大好きな人を泣かせやがった……!


「貴族なら何をやっても許されるとでも思っているのか? よく知りもしない人を平気で侮辱して、民を泣かせた上に暴力を振るうことが、騎士の誇りを守ることなのか?」


 俺は掴んだ腕を捻り上げ、思いっきり床にたたきつけるように放り出した。

 怒りが、抑えられない。

 だめだ。

 ここで攻撃に転じたりしたら、もっとメイリーンさんを泣かせてしまう。


 おれは、メイリーンさんに向き直って彼女の身体を支えるように肩に手を掛けた。

「タクト、くんっ……あたし……我慢できなくって……っ」

「うん、ありがとう。俺の代わりに怒ってくれて。凄く嬉しかったよ。少し、あっちで休もうか?」


 食堂内のことは全部無視して、俺はメイリーンさんをその場から離す方がいいと思った。

 ……俺自身のために。

 でないと、俺はあの女騎士に何をしてしまうか解らない。



 工房側に移って、メイリーンさんを椅子に腰掛けさせた。

 椅子は客用にひとつしかないので、俺は正面に立っていることになるのだが……

 ……しまった、なんか見下ろしている感じで態度がでかい気がするっ!

 ええい、膝立ちでいいか。


 おっと、音消しの魔道具を付けておかねば。



「騒いじゃって……ごめんなさい……」

「大丈夫だよ、メイリーンさんが怒ってくれなかったら、俺が怒鳴っていただろうし」


 俺はまたしてもハンカチなど持っていないことを思い出して、慌ててエプロンのポケットを探った。

 ……どう見ても、これは手拭いだ。

 まぁいい!

 ないよりマシだ!


「もう泣かないで。これで……ごめん、こんなのしかないんだけど……拭いて?」

「ありがと……」


 メイリーンさんはなかなか涙を止められないみたいで、手拭いをずっと顔に当てている。

 貴族の、しかも武器を持った騎士にあんな風に言うのはとても怖かったと思う。

 武器は『持っている』というだけで、相手に対して脅しをかけているのと変わらないのだから。

 まさか飛び出して平手打ちまでするとは思っていなかったが、今回に関しては俺がうっかり嬉しくて堪らんのでなんとも言えん。


「本当に、ありがとうね。俺のために怖い思い、させちゃって……」

「へっ、平気っ! あんな酷い人のことなんか、全然怖くない……ことは……ないけど……平気! あんなの、騎士じゃないもの!」

「うん。でもとても勇気の要ることだよ。凄いことだと思うよ」


 あ、また涙が出て来ちゃったかな。

 そうだよね、思い出すと怖くなっちゃうよな。

 話題……話題を変えなくては!

 えーと、あっ、あああっ、そうだよ!

 誕生日っ!


「あ、あのさ、今日、メイリーンさんの生誕日だよね?」

「え? なんで……知ってるの……」


 俺はライリクスさんに頼んでマリティエラさんから聞いたこと、どうしても今日、渡したいものがあるからここに連れてきてもらったことを話した。


「生誕日、おめでとう。これをメイリーンさんにあげたくて」

 ずっとポケットに入れていた、曇り硝子で作った箱を取り出した。

 蓋には切り子細工で幾何学模様を入れてあるが、中身は見えない。


「綺麗な箱……開けていい?」

 中には、渾身の作と言える髪飾りが入っている。


「今年、やっと錆山に入れるようになったからさ、俺が採ってきた石で作ったんだ」

「髪飾り……緑色の……花?」

「これは『桜』っていう木の花で、俺が生まれた国の国花……国を象徴する花のひとつなんだけど、殆どの花は薄紅色なんだ。でも、桜の中にはこうして花びらが沢山ある八重桜っていう種類があって、その中の更に特別な緑色の花が咲く『右近桜』っていうのがあるんだ」


 そう、これは特別な花。

『鬱金』が正しいのかもしれないけど、俺はばあちゃんがこう教えてくれたので、うちの庭のものは『右近桜』と呼んでいた。

 御衣黄桜に近い緑で大好きだった。


「昔いた家の庭に植わっていた桜の中で右近桜はたった一本だけで、俺はずっと毎年その桜が咲くのが楽しみだった。一番好きな、大好きな花なんだ」

 昔、じいちゃんがばあちゃんに結婚を申し込んだ時に植えた桜だって言っていた。

 その話がロマンチックで素敵なのよ、って、俺の母さんが俺に何度も聞かせてくれた話だ。


「だから、決めていたんだ。好きな人ができたら、絶対にこの花を贈ろうって」

「……え……?」

「俺、メイリーンさんが大好きだから……受け取ってくれるかな?」


 い、言えた。

 ちょっと、声震えてるけど。

 ちゃんと言葉にできた。


 あれ……?

 な、なんか……言って欲しい……な?


「あ、あたし……あたしも……好き」


 今、好き、って言ったよね?

 俺の願望の空耳じゃないよね?


「ほんと?」


 メイリーンさんは凄い勢いで縦に頷いてくれる。

 よ、よかったぁぁぁぁぁぁっ!

 御免なさいって言われたらどーーーーしよーーーーかと思ったぁ!


 え、うわ、なんで泣くのっ?

「メイリーンさんっ?」

「えへへ……なんか、嬉しくて、涙出て来ちゃった」


 嬉しくって泣きたいのは俺の方ですよ。

 ホント、生まれてきてくれてありがとう……!


「緑の花なんて、初めて。凄く、嬉しい」

「メイリーンさん、緑色好きだよね」

「なんで知ってるの……?」

「俺もずっとメイリーンさんのこと、見てたし……いつも、緑の意匠印のを態々探してたでしょ?」


 あ、真っ赤になった。

 可愛いなぁ。


「あたし、あたしの神様が……賢神二位、だし、緑属性だから」

「そっか……パラモレントス神の色は、そういえば緑だったよね」


 知ってた。

 マリティエラさんから聞いたし、髪飾りが好きで集めているっていうのも教えてもらったんだよね。


「こんな綺麗な緑色の石も……見たことなかった。素敵」

「この石は橄欖石かんらんせきっていう石で、緑色のものは俺の生まれた国では『たいよ…』じゃない『天光の石』って言われているんだ」

「天光なのに、緑なの?」

「うん、なんでかは……俺もよく知らないんだけど、天の光で森や作物が育つから緑ってのもありなのかなって。ただ単に、キラキラして綺麗だったからだけかもしれないけどね」


「『光の欠片を捧げ、木の花に注ぐは実りの約束なり』……」

「……それ、アールサイトス神の神話だね?」

「うん、このお話、好きなの……」


 そうだ、確かパラモレントスとアールサイトスは親友で、ふたりの友愛を語るシーンがあったっけ。

「えーと……『大地に緑の吐息にて幾年の花々をはふゆかりちかいとす』……」

 いつまでもこの友情は色褪せない……的な。

「『幾久しく君がともに』」


 あれ?

 駄目なんじゃね?

 俺はメイリーンさんと『友愛』を深めたいわけじゃなくって『恋愛』したいんだけど……

 間違っちゃったかな……と思いつつ彼女の顔を見つめる。

 視線がぶつかって、心臓の辺りがきゅっとなる感じ。

 だけど、目を逸らすことができない。


 言葉が途切れたまま、見つめ合う。

 これは。

 これは、キスしていい場面では?

 顔が、少しずつ近づいて……


「完璧ですっ! ふたり共!」


 うわああぁぁぁぁぁぁっ!

 なんだよ、いきなりっ!


 ええっ?

 なんで、みんな……覗いてたの?

 聞いてたのっ?

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