第153話 招かれざる客達

 緊張MAXの、昼食タイムの終わり頃。

 ライリクスさんとマリティエラさんが、メイリーンさんを食堂に連れてきてくれた。

 そう、今日は彼女の誕生日。

 準備は万端。


 まずは、普通に昼食のご用意だ。

 プレゼントは、誕生日の特別なケーキを出した時。

 うん、落ち着け、俺。


 実は今日は一般向けには、スイーツタイムはお休みとしてある。

 今日のスイーツ『ショコラ・タクト』は、メイリーンさんのためだけのケーキなのだ。

 だから、今日は食事のみ。


 何日も前からそれは告知していたので、食事が終わると皆さんサクッとお帰りになる。

 スイーツ目当ての女の子達も全然いないし、常連の衛兵さん達も持ち帰り用の焼き菓子を買って持ち場へと戻っていった。

 でも、ライリクスさんとマリティエラさんはゆーっくり食事をとって、メイリーンさんを引き留めてくれている。

 他の客が全員いなくなった。

 俺は『準備中』札を出すべく、入口に向かったその時……


「ここの食堂じゃな!」

「あら、可愛らしい食堂ですこと」


 ……新規のお客さんが入ってきてしまった……


「……いらっしゃい……今日は食事しかできませんよ?」

「うむ、頼むとしよう」

「ではわたくしも……」


 いかにもお貴族様っぽいな。

 そこへ、息を切らしたビィクティアムさんが走り込んできた。


「あ、お、伯父上っ!」

 え?


 みんなが一斉に振り向き、ライリクスさんとマリティエラさんが固まり、メイリーンさんがキョロキョロし、父さんが奥へとそそくさと逃げ込み、ビィクティアムさんの後ろからセインさんが顔を出して、申し訳なさそうに俺を見ている。


 ビィクティアムさんの……伯父上様ということは、本格的な大貴族様ということか。

 しかし、だからといって態度を変えたりはしない。


「ビィクティアムさんも、食べるなら座ってください……セインさんもどうぞ」

「あ、ああ、すまんな……」

「申し訳ないねぇ、タクトくん……」


 もういいよ、この町はこういう人が多いって解っているからさ。


「なぜセラフィエムス卿もドミナティア神司祭様も、このような者にお気を遣われるのです? あのように無礼な振る舞いの者に!」

「……近衛か? 事情を知らぬものが口を挟むな」


 そーだ、そーだ。

「お姉さんも食べるなら座ってよ」

「このような下賤の店で食事などできるか!」

「……あんた、このおふたりの臣下なんでしょう? 主がここで食べるっていうのに『下賤』なんて言うのはどうかと思うよ?」


 近衛の女性……ということは、伯母上様のおつきの方か。

 我が侭、高慢、もの知らず、三拍子揃った典型的な貴族の若者って感じだな。

 いや、下位貴族ってやつかな?

 普段だったらサクッとお帰りいただくような、俺の嫌いなタイプだ。

 おっと、いかん、俺の先入観かもしれないからね。


「あ……しっ、しかし、おふたりにこの店のものなど……」

「ルリエラ! おまえが決めることではない!」

 おー、伯母上様お強い。


「すまんな、食事を頼めるか?」

「はーい……で、その人は食べるの? 出て行くの?」

「お座りなさい、ルリエラ」


「わたくしは護衛ですので……」

「聞こえなかったの?」

「はっ、申し訳ございません」


 くっそ、このままじゃメイリーンさんが帰ろうとしちゃうじゃないか!

 俺はそっと彼女たちのテーブルに行って、もう少しだけ待っててもらえないかと伝えると、うんうん、と頷いてくれた。

 よかった。

 ごめんね、もうちょっと、もうちょっとだから!


 この隙にまたお客が入ってくると厄介なので『準備中』札だけは外に出した。

 申し訳なさそうなセインさんとビィクティアムさんに反して、伯父上様はキョロキョロと辺りを見回している。

 伯母上様はぴしっとした姿勢で、美しい貴族のご婦人といった風情だ。


 心の中で早く食ってどっか行ってくれと願いながら、料理を運んだ。

 今日は、シシ肉のフォンドボーを贅沢に使用したシチュー……とはいっても、主役が肉なのでスープが殆どない煮込み肉料理なのだが。

 なかなか手に入らない赤ワインを、隠し持っていた父さんから提供してもらった。

 ……料理もちょっと特別なのだ。


「ほう、見た目も良いが……肉がしっかりしていてなんとも旨い」

「堅いのではなく、ほどよく。なんと贅沢な味わい」


 伯父上様と伯母上様はなんとかお気に召していただけたようだが、あの女騎士はしかめ面のままだ。


「たかが臣民ごときに、このような料理ができるとは……どこかの家門の料理人か?」

 ……嫌な言い方するやつだな。

 教養の足りない下位貴族の典型だな。

 俺はなにも答えず、無視していた。


「おい! この私が声をかけてやっているのだぞ! なぜ答えない!」

「『この私』……って、何様だよ。ただの騎士だろ」

「私はハーレステ家の者だ! おまえごときに侮られるのは許し難い!」


「その『ハーレステ』家が凄い家なのかどうかは知らないけど、偉いのも凄いのもあんたの先祖の功績であって、あんた自身じゃない。あんたは何か自分の手で功績を挙げたのか?」

「……そ、それは……そんなことは、おまえに言われる筋合いはない!」

「なら、その家門の威光なんて俺にとっても筋違いだよ。家の名前を出さなければ誇ることすらできない程度なのに、でかい態度をとるなよ」


 俺、こういうやりとり毎年している気がする。

 貴族出身の騎士って、どうしてこうも頭の悪いやつばかりなのだろう。

 本当に、貴族の教育は改められるべきだよな。


 険悪なムードになった所で、伯父上様が大笑いしだした。

 伯母上様は溜息をついて、女騎士を窘めてくれた。

 だが、騎士様はどうやら気持ちが収まらないようで、まだ俺を睨み付けている。

 ご主人様の前で、自分が如何に優れているかのマウントでも取りたいのだろうか。


「あなたは確か、魔法師でしたね?」

「はい」

 伯母上様が、急に俺のことを聞いてきてちょっと吃驚した。

 あ、そうか。

 ブーケ蓄音器の時に、ビィクティアムさんが話したんだな。


「属性は?」

「俺は【付与魔法】が得意ですので、白魔法です」

 

 女騎士が明らかに馬鹿にしたような笑いを漏らした。

「白……どっちつかずの役立たずではないか。ああ、魔法師として身を立てることができぬからこんな店で働いておるのか?」


 こいつ、ぶっ飛ばされたいのかな?

『こんな店』ってなんだよ?


 俺が一歩踏み出して文句を言おうとしたその時。

 目にも止まらぬ早さで何かが、俺の横をすり抜けた。


 ぱーーーんっ!


 威勢のいい音が響いた。


 メイリーンさんが、女騎士に思いっきり平手打ちをかました音だった。

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