第152.5話 お忍びの人々

「……陛下、本当にシュリィイーレにいらっしゃるのですか?」

「当たり前だ! そのために、公務の日程をずらしたのだからな。おまえの作った方陣門であれば、その日のうちに戻って来られよう」

「はぁ……」


「陛下、わたくしもご一緒いたします」

「はっ? なっ。何を言う、アイネリリア! そなた、今日は出掛けると……」

「ええ、陛下と一緒に『出掛ける』のでございます。あの蓄音器を作った者の所へいらっしゃるのでしょう? 絶対に、ご一緒いたします」


「皇后殿下まで何を仰せに……と、とにかく、いきなり訪れられても……」

「『お忍び』なのだから、問題あるまい」

「そうです。ドミナティア神司祭、あなたも一緒にいらっしゃい」

「わっ、わたくしも……でございますか?」


「見知っておるのだろう? タクトのことは」

「タクト……というのですね、あの素晴らしい芸術家の名前は」


「皇后殿下! お待ちください! いくらなんでも、ひとりの近衛もつけずにお越しになるのは無謀でございます!」

「シュリィイーレはここよりずっと安全よ、ルリエラ」

「いいえ! 臣民達の町へいらっしゃるなど、滅相もございません」


「近衛殿、あの町は他とは違う。あなたは何もご存じないのですか?」

「私はドミナティア神司祭様よりも、ずっと臣民のことを知っております。彼らが陛下や皇后殿下を目にすることすら烏滸がましい」

「……あなたはあの町には、相応しくないようですな」


「セインドルクス、少し行って様子を見るだけだ。すぐに戻る」

「そうですわ。心配ならおまえもいらっしゃい、ルリエラ」

「……では、お供いたします」


「セインドルクス、おまえだって領地を息子に任せて、ちょくちょく顔を出しているではないか」

「ええ、一日や二日くらいエルディエステに任せても、問題ありません」

「解りました……くれぐれも騒ぎなど起こされませんように」

「ドミナティア神司祭、無礼であろう」

「……陛下に申し上げたのではない。貴殿に言ったのですよ、ハーレステ近衛女官殿」


「ドミナティア神司祭、ここはわたくしに免じて……ルリエラも、温和しくしていなさい」

「畏まりました……では、こちらへ……」



「ほう……これがシュリィイーレ大聖堂か」

「まぁ、美しい。主神の像がなんとも神々しい」


「只今、セラフィエムス卿にも連絡をいたします。すぐにお見えになるでしょう」

「あーいらん、いらん! 言ったであろう『お忍び』なのだぞ? 衛兵がくっついてきたら、なんの意味もないではないか!」

「そうです。そのために、このような軽装で来たのですからね」

「……皇后殿下が、このような装いなど……」

「ルリエラ、口出しは許しませんよ。ついてくるだけ、です」

「はい……」


「よし、確か南・青通り三番であったな!」

「楽しみです! 町を歩くなど、初めてでございます、陛下」

「こらこら、『陛下』などと呼んではいかん」

「では……デルク様……でよろしいかしら?」

「うむ。よいぞ、アイネ」

「ふふふっ、子供の頃のようでございますねぇ」


 *


「ファイラス!」

「はいっ? なんですか、長官? そんな大声なんて珍しい……」

「大変だ……伯父上……陛下と皇后殿下がシュリィイーレに来ているそうだ……!」

「え……えええええっ?」

「本当に突然……くそっ、今日はライリクスは?」

「今日は休みですね……多分、タクトくんの食堂に行っているはずですが」


「陛下達もそこに向かうはずだな。ファイラス、おまえはあの方達を探してこい」

「あの方……? ……! ああ! はいっ! ……って、本当にいらっしゃってるんですかね?」

「ああ、前にタクトが言っていただろう? 昼間は東の……」

「はいっ! すぐにお迎えに行って、そのまま食堂に向かいます!」

「頼んだぞ。俺は食堂に先に行っている」


 *


「今日はメイリーンのお誕生日なんだから、タクトくんの食堂でお祝いしましょう!」

「え、で、でも、おふたりのお邪魔をするのは……」

「何を言っているんですか。君のお祝いですし、きっとタクトくんも一緒に祝ってくれますよ」

「……そ、そうでしょうか……?」

「もちろんよ! タクトくん、そういう優しいところ、あるじゃない?」

「……」

「どうしました? 気がすすみませんか?」


「誕生日……で、また、タクトくんと年が離れちゃうな……って……」

「あらあら、すぐにタクトくんも誕生日になるでしょう? 朔月さくつき十七日なんて、すぐよ」

「タクトくんは年上のお姉さんが好きみたいですから、いいんじゃないですかね?」

「それっ、本当ですかっ?」

「え……ええ、本当ですよ……」

「そ、それなら……誕生日も、悪くないです!」



「メイリーンさんは……意外と激しいというか、行動の読めない方ですね。衛兵の懐にいきなり……近接戦闘向きですね」

「タクトくんに関してだけはこうなのよ。ふふふっ、今日、すっごく楽しみだわ、あたし」

「僕もです。どんな顔して告白するのでしょうねぇ、タクトくんは」

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