第154.5話 食堂内の人々
「タクトを本気で怒らせたな……」
「タクトくんがあそこまで激しく、攻撃の意志を見せたのは初めてですね」
「……そんなにメイリーンのことが好きなのねぇ……」
「はぁ……だから、申し上げたではありませんか。この者はシュリィイーレには相応しくないと」
「わ、私のどこが……! 何が悪いというの!」
「全部だよ。ハーレステ近衛女官。この町がどういう町か全く知らなかったのか?」
「え……? この町が……なんだというのですか、セラフィエムス卿?」
「この町の半分以上の人間が銀証の持主であり、おまえが愚弄したこの店の主達も、タクト本人も、おまえなどよりずっと家格が上だ」
「左様。だからこそ、この町には主神が奉られており、誰もがたとえ知らなくとも尊重して対応しておる。知らなかったでは済まされませんぞ」
「知らないはずはありません。下位貴族学院の教養課程で必ずシュリィイーレの町のことは勉強しているはずです。教本に必ず載せるよう、随分前にわたくしが指示してあります」
「……銀? ど、どうして……?」
「それを今更、問うのか。それにしても、タクトを怒らせたのはかなりまずかったな」
「あいつが……あの無礼者が、怒ったからといって……」
「彼は教会としてもこのイスグロリエスト皇国としても、最も価値のある人物のひとりだからだ」
「あんなやつに……どんな価値があると……?」
「お黙りなさい。これ以上わたくしに恥をかかせるつもりなの?」
「皇后殿下……」
「もういいわ。あなたを供にと言ったわたくしの責任です。あなたはもう教会に戻っていなさい」
「も、申し訳ございません……」
「謝罪するのは、わたくしではないでしょう?」
「ああいう、下位貴族出身の騎士が多くて困っているのですよ……毎年タクトにやり込められる馬鹿が、どんどん増えていて」
「ええ、タクトくんは口癖のように『貴族ってのは躾がなっていない』と言ってますからね」
「伯父上、伯母上、下位貴族子弟の教育方法についてもう少しご検討ください。臣民を傷つけて誇りが守られると思うような馬鹿を、今後輩出しないために」
「うむ……耳が痛いのぅ…」
「ん……? なんか……聞こえませんか?」
「え?」
〈………俺のために怖い思い、させちゃって……〉
「消音の魔道具……効いていませんね?」
〈へっ、平気っ! あんな酷い人のことなんか、全然怖くない……ことは、ないけど……平気! あんなの、騎士じゃないもの!〉
〈うん。でもとても勇気の要ることだよ。凄いことだと思うよ〉
「『あんなの騎士じゃない』……か。民に認められぬ者は、確かに騎士とは言えんな……」
「まったくです。上に諂うばかりで臣民に居丈高な者など、恥知らずとしか言いようがございません」
「あの娘も家系魔法を持つ銅証です。ハーレステと同位か……上、でしょう」
「家系魔法が……ならば、無礼な騎士に対して平手打ちも当然ですね……恥ずかしい者を連れて来てしまったわ……」
〈あ、あのさ、今日、メイリーンさんの生誕日だよね?〉
〈え? なんで……知ってるの……〉
「あの娘の生誕日……?」
「ええ、タクトくん、彼女のことが好きなんですよ。で、今日どうしても連れてきてくれと頼まれまして」
「ほぅ! 気持ちを伝えるつもりなのかのぅ、タクトくんは」
〈生誕日、おめでとう。これをメイリーンさんにあげたくて〉
「贈り物は渡せたみたいですね」
「何かしら? 後でメイリーンに見せてもらわなくちゃ」
〈綺麗な箱……開けていい?〉
〈今年、やっと錆山に入れるようになったからさ、俺が採ってきた石で作ったんだ〉
「全部あいつが作ったんだとしたら、とんでもなく美しいものなんだろうな」
「そうだと思いますよ。自信作だと言っていましたからねぇ」
〈髪飾り……緑色の……花?〉
〈これは『桜』っていう木の花で、俺が生まれた国の国花……国を象徴する花の一つなんだけど、殆どの花は薄紅色なんだ。でも、桜の中にはこうして花びらが沢山ある八重桜っていう種類があって、その中の更に特別な緑色の花が咲く『右近桜』っていうのがあるんだ〉
「む……こ、これは……確か、昔『サクラ』という花を愛でる国がありましたな、陛下……」
「ああ、そうだ。神話の……まさか……」
「しっ、陛下、神司祭殿、話は続いておりますわ」
〈昔いた家の庭に植わっていた桜の中で右近桜はたった一本だけで、俺はずっと毎年その桜が咲くのが楽しみだった。一番好きな、大好きな花なんだ〉
「木の……花を?」
「おいおい、いくらなんでも、ちょっと急ぎ過ぎじゃ……」
「いや、タクトの国があの神話の国であるのなら、これは間違いなく……」
〈だから、決めていたんだ。好きな人ができたら、絶対にこの花を贈ろうって〉
〈……え……?〉
〈俺、メイリーンさんが大好きだから……受け取ってくれるかな?〉
ごくり……
〈あ、あたし……あたしも……好き〉
「よしっ! ちゃんと言えたな!」
「メイリーンちゃんも、言ってくれたねぇ!」
「ふぅ、よかったわー。これでメイリーンの気持ちも報われたわ」
「タクトくんも、じれったかったですからねぇ」
〈緑の花なんて、初めて。凄く、嬉しい〉
〈メイリーンさん、緑色好きだよね〉
〈なんで知ってるの……?〉
〈俺もずっとメイリーンさんのこと、見てたし……いつも、緑の意匠印のを態々探してたでしょ?〉
〈あたし……あたしの神様が、賢神二位、だし、緑属性だから……〉
〈そっか、パラモレントス神の色はそういえば緑だったよね〉
「おや、彼女は賢神二位ですか。うんうん、タクトくんとはお似合いです」
〈こんな綺麗な緑色の石も……見たことなかった。素敵〉
〈この石は
「おお、そのような謂われの特別な石なのか」
「と……いうことは……もしや、神司祭殿、タクトの神は?」
「賢神一位でございます」
「なんと! ではこれはまさに!」
「ああっ、ちょっと、ちょっと、お静かにっ!」
〈『光の欠片を捧げ、木の花に注ぐは実りの約束なり』……〉
「まぁ! メイリーンったら! 気が早過ぎるわ!」
「いや、タクトくんが返すとは限りませんよ」
「返さなかったら、メイリーンが傷つくじゃない!」
「タクトくんは、神話も神典も読んでるはずだ。覚えているのではないのか?」
〈えーと……『大地に緑の吐息にて幾年の花々を
「えっ?」
「ええっ?」
「も、もう少しっ!」
〈『幾久しく君が
「おおっ!」
「受けましたね……」
「あいつ、この間までうじうじしとったくせに!」
「完璧ですっ! ふたり共!」
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