第151話 君のことが知りたくて
話は少し遡る。
錆山デビゥから四日が経った頃に、昼食を食べに来ていたライリクスさんに珍しく工房側に呼び出された。
音消しの魔道具がちゃんと作動していることを確かめたライリクスさんが、小声で俺に依頼をしてきた。
うちの魔道具、信用されていないのだろうか……
どうやら俺への内緒の依頼で、硝子の花の花束を作ってもらえないだろうかとのことだった。
「なんで、俺に?」
「レンドルクス工房の直営店で、あの花の装飾品を君が作り出した……と聞いてね」
「その店のものじゃ、駄目だったの?」
「なかったのですよ……僕が探している『青い花』は」
マリティエラさんの好きな花は、彼女の出身地セラフィラントでも一部の地域にしか咲いていない花らしい。
名前を聞いたら『
「その花って、どんな形のものか描いてもらえますか?」
「えーと……たしか、こんな形で……葉は四方に開く感じで」
おお、俺の知っているものと、あまり変わらないみたいだ。
「薬に使われたりもする花ですか?」
「そう! 知ってるのかい?」
「多分……見たことがあるやつじゃないかと、思うんだけど……」
「なんとか、頼めないだろうか? 結婚して最初の彼女の生誕日だし……もう、故郷に戻ることも、できないからね」
ほんの少し、ライリクスさんの眉が悲しげに下を向く。
ああ、そうか。
このふたりの結婚はまだ『今の神典』に縛られているから、いろいろと制約があるのかもしれない。
だからせめて、故郷の花を……か。
以前、マリティエラさんがライリクスさんのことを結構情熱的だ、と言っていたのを思い出す。
マリティエラさんに対して、ライリクスさんは何よりも、誰よりも、深い愛情を持っているのだろう。
協力してあげたいし、作ることはできるのだが……無償で、なんて言うと絶対にライリクスさんは怒るに決まっている。
しかし、今、俺は食材やスイーツ的にも鉱物的にも結構充たされていて欲しいものがないのだ。
対価……うーむ……
あ。
「解りました。お引き受けいたしましょう」
「ありがとう! 助かるよ! 君にはどれくらい支払えばいいだろうか? 代金以外でも何か欲しいものがあれば、なんでも言ってくれ」
「では……『ある情報』を手に入れて、その後も協力してください。できるだけ内密に」
そう、俺がライリクスさんから対価として受け取るのは『情報』と『協力』である。
「メイリーンさんの誕生日、それと加護神を聞き出してください。そして、その誕生日にここに連れて来て欲しいのです」
「……それって……君は、彼女が好きだってことなのかな?」
「そうです。でも、メイリーンさんには絶対にばれないように! 俺が、直接言うので!」
ライリクスさんがちょっとだけ、ニヤッとする。
「僕やマリティエラには……いいのかい?」
「おふたりに協力していただかなくては、俺は彼女に知られずに情報を得ることができませんし、彼女を呼び出すこともできませんからね。背に腹はかえられません」
「潔いのか及び腰なのか微妙なところだが、了解した。協力しよう」
「では、取引成立」
話しているうちに、自分もどんどん声が小さくなることに気付いた。
魔道具の信憑性というより、内緒にして欲しいことっていうのは声が密やかになるものらしい。
そうして、俺はメイリーンさんの誕生日が、マリティエラさんの誕生日の翌月である
勿論ライリクスさんからご依頼の竜胆は、図鑑を見ながら青く美しい花束に仕上げ、ひとつの花をまわすと短い音楽が流れる仕掛けもオマケしておいた。
曲はオルゴールの定番『エリーゼのために』。
ピアノだけだし、これくらいの長さなら楽譜を作ってもまったく苦にならない。
これにはふたり共とても感激してくれて、俺が頼んでいないメイリーンさん情報までマリティエラさんから聞くことができたのだ。
好きな食べ物とか、日課の散歩コースとか、趣味とか……
そして、今日、錆山でお目当ての橄欖石を手にできた。
家に帰ってから磨いてみると思っていたよりずっと透明度が高くて、緑色がまるでエメラルドのように濃い石だった。
よかった、誕生日に間に合わせることができる……!
デザインも全部決まっている。
好きな人に最初に贈る、特別な贈りものなのだから。
どうか、受け取ってもらえますように。
どうか、気に入ってもらえますように。
祈りにも似た想いで、ひとつひとつのパーツを仕上げていく。
橄欖石・水晶・トパーズ……俺が今年、自分の手で採掘した石だけを使って。
メイリーンさんの誕生日まで、あと十日。
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