第149話 聖魔法と家門

 父さんが戻ったのは、俺と母さんが待ちきれずにショートケーキを平らげてから暫く後だった。

 勿論父さんの分は残しておいたので、食べてもらったのだが……なんか、機嫌が悪い。

 待っててあげなかったのを怒ってる……っていうのとは違うみたいなんだけど。



「タクト、ちょっと話がある」

 そう言われて父さんの部屋に行くと、音声遮断の魔道具を使われた。

 ……なんの話だ?


「ライリクスから聞いた。神典を訳してるってな」

 神妙な表情に少し、怒りが見える。


 えー、危険だから、誰にも絶対に言うなって言った人が、喋っちゃダメじゃんー。

 まぁ……父さんに聞かれたら、黙っているわけにはいかないんだろうけどさ。


「うん、俺が書きたいって、言って書かせてもらってる」

「おまえが?」

「そうだよ。だって、もの凄く間違っているんだもん」

 俺の言葉に、父さんの動きが止まる。

「……今の神典が、間違っているのか?」

「読み間違いとか書き漏れとか、原典と違う所がいっぱいあるんだ。だから、書き直させて欲しいって言った」


「原典……を見つけたのはおまえだって聞いたぞ」

「もともと、シュリィイーレの教会にあったんだよ。奥まった場所で、古代文字が読めないから、誰も気が付かなかっただけで」

「な、なるほど……そういや、司書室に行ってたっけなぁ。そうか……教会のやつら、間抜けだな」


 あはは、俺もそう思う。

 でも、俺が修復しなかったら、あれが原典だなんて解らなかっただろうな。


「これは……答えたくなかったら、答えなくてもいいんだが……」

 珍しいな、父さんがこんな質問の仕方をするなんて。

「新しく『聖魔法』が使えるようになっていないか?」


 ……『新しく』?

 えーと、今まで使えるけど隠していたもの以外で、っていうことでいいんだよな?

 あったか?


「んー……? 新しく使えるようになったものは……あるんだけど、それが聖魔法かどうかは解らない」

「解らない……?」

「うん、だって独自魔法かもしれないし、白魔法かもしれないし。そもそも聖魔法も白魔法も、全部を網羅した資料がどこにもないんだもん。わかんないよ」

「そうか……そういや、そうだな……そうか。わかんねぇか。じゃあ、しょうがねぇな」


 ふぅ、と息を吐き、父さんの肩が少し落ちて弛緩したみたいだ。

 そんなに緊張することなのだろうか『聖魔法』の顕現って。


 訳を聞くと、ビィクティアムさんの身分証入れの加護の話になった。

 どうやら加護が聖属性で、聖属性加護というのは特定の儀式が必要だったり、相当段位の高い聖魔法が元々使える人にしか、自然には発生しないらしい。

「加護なんてものは、誰にでもある程度はあるものなんだ。聖属性が珍しいっつーだけでな」

「へぇ……」


 俺の【守護魔法】が『極位』になっているせいなんだろうなぁ。

 やっぱり……

 加護の発現であれだけ大騒ぎになってしまったので、今更ビィクティアムさんへの魔法はオフにできない。

 突然、加護がなくなった! なんてことになったら、ビィクティアムさんが神に見捨てられた感じになっちゃいそうだ。


「タクト、聖魔法は貴族の中でも授かる者はさほど多くはない。そして、それがないと家門を嗣ぐどころか、その家門にいることすらできない場合もある」

 うん、この間そのことが、どんなに人を狂わせるか見てしまった。

 真面目な、真っ直ぐな父さんの視線に、俺は居住まいを正す。


「特別だからこそ、讃えられるし、妬まれ、憎まれることも多い。その聖魔法が今後、おまえに出てくる確率がかなり高い」

「え……? それって……神典の翻訳のせい?」

「ああ、そうだ。原典にはそれだけの力がある……とされている。実際に手にして特別な力を感じたことはないか?」


 神典全体では魔力……は、正直あまり、いや、ほぼ感じなかった。

 ただ、文章を読んでいると『単語』に何かの力が感じられるものがいくつかあった。

 それは、あの『意味がない』とされている文字の羅列だ。


「ときどき、読んでて違和感みたいなものを、ぼんやりと感じる部分はあるよ。でも、それがなんなのかまでは解らないし……あんまり深く考えたことがなかった」

「そうか、おまえは耐性魔法の段位が高いから、その程度で済んでいるのかもしれんな」

「もし、俺が原典をそのまま訳したら、訳文の方にもその力が発現するのかな?」

「それは、解らないが……今、出回っている神典よりは、遙かに力を宿しているものになるだろうな」


 それは危険なんだろうか、と聞くと、使う者次第だ、という至極真っ当な答えが返ってきた。

 確かにそうだ。

 全ての道具や考え方は幸福になるために生み出されたとしても、使い方や伝え方でいくらでも凶器になってしまうのだから。


「おまえがそれを書くということは、そういう危険な未来を引き寄せる可能性もあるってことだ」

「……うん。解った。そのことは忘れないようにする。でも俺は、今現在、間違った神典の記載で苦しんでる人達を知っている。だから、全部書き直すよ」

「そうか、おまえがそうしたいのなら、もう止めない。後悔だけは……するなよ?」

「うん、ありがとう、父さん」


 原典を復活させたくない人間も、きっといるのだろう。

 何をしてでも極大魔法を手にしたいと望む人間がいるように、原典自体を欲しがるやつらもいるに違いない。

 今までなんの疑問もなく信じていた神典が間違っているなどということを、認めない者も信じない者もおそらく存在する。

 だからって、やらなくていい理由にはならない。


「それにしても……どうして家門を嗣ぐ基準が、聖魔法なんだろう?」

「『使命』ってのが、あるんだよ。『英傑の家系』である『九星家門』それと『扶翼の家系』と言われる『九彗家門』には」

 使命……あの審議会でも、いろいろな人が言っていたな。


「各家門には、神から授かったとされる命題がある。原典の発見とか、特定の魔法の復活とか、厄災の種をつむ……とかな」

 そして、家門を嗣ぐということは、その使命のために命をかけるということと同義なのだとか。

 窮屈で大変なんだな、貴族の当主ってのは。


「特に九星家門は、領地を護るためとその命題を解決するために、絶対に聖魔法が必要になるんだ」

「それって、神典に書かれているの?」

「神典にも少しは載っているが、殆どは神話の方だな。英傑も扶翼もその子孫だからな」

 そうか、神話はまだちゃんと全部読んでいないからな……原典との違いも分からないし。


「神話の……子孫……か」

「今の貴族連中の中で本当の『貴族』と言えるのは、この十八家門だけだ。他は家門に引き継がれる血統魔法を持たない傍流や、そもそも貴族の臣下でしかない従者の家系だ。特に従者家系は『下位貴族』なんて言ってるが、後の時代に作られたただの呼び名だってだけだからな」

「どの家門が、どの神様かっていうのは決まっているの?」


「ああ……公にはなっていない家も多いが、決まっているな」

「なんで公表していないんだろ?」

「そんなことしたら、魔法や技能まで解っちまうだろうが。公表しても絶対にどこにも負けねぇ魔法を持っている家門だけだよ、判っているのは」


 あ、そっか。

 家系の独自魔法も、判っちゃう可能性があるからか。

 貴族や従者って本当に、面倒くさいんだなー。



 ふいに、父さんは哀しそうに俺に呟く。

「聖魔法は……貴族であれば、誰もが欲するものだ。傍流家系であっても使える者の多く居る家門の方が、より高い地位とされる。それだけ羨望の的であり、憎悪の対象だ。神典に、原典に関わり続けるってことは……」


「父さん、心配してくれるのは嬉しい。でも、俺は大丈夫だよ。絶対に俺は俺が護りたいものを全部護るし、自分を犠牲になんかしない。約束する」

「そうか……それなら、いい」

 父さんの声は、俺の身を心底心配してくれていることが解る響きだ。


 あの審議会で俺が神典に関わっていることは、皇王陛下にも貴族達にもばれちゃってる。

 だからこそ、絶対に神典と神話の現代語訳を完璧に完成させる。

 それで誰かから恨まれたりしても、そんなことは知るもんか。


 誰かがちょっかい出してくるって言うなら専守防衛の底力、見せてやろうじゃねーか。

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