第148話 予想外の報酬
蓄音器の販売、新しい身分証入れや、小燈火なども軌道に乗り、少し落ち着いてきた。
今日はレンドルクスさんに見本として作ったあの硝子細工の花を渡し、花の構造について少し教えてきた。
俺は小学生の頃に理科の授業で習ったことだが、こちらの臣民にはそういう勉強をする場がないらしい。
学校……というか、手習いは基本的に読み書きと簡単な計算くらいで、一年か二年しか行かないのだそうだ。
こちらの世界では、なにもかも実践ベースの学習なのである。
十歳までには魔法もある程度使えるようになるというし、いくつかの技能が判明するらしいのでそっちを磨いた方が効率良いということだろう。
しかし、知識というベースがあればもっと手際よく上手くいくこともある。
どちらがいいかは、きっと人によるのだと思うが。
レンドルクス工房には、先日コデルロ工房を辞めた人がふたり雇用されていた。
彼等が新しく、花のアクセサリー作りの担当になるらしい。
繊細なものだからか随分と緊張していたけど、きっとすぐに巧くなるんだろうな。
初めて会った時より、ずっと瞳がキラキラしていたから。
ビィクティアムさんからも、伯母上様がもの凄く喜んでくれたと聞かされてほっとした
これからは自分の手で、レアメタルを手に入れることができるようになるのである!
知らないが故に見落とされてきた鉱物素材も、きっと沢山あるに違いない。
どんなに練度の高い『鑑定』や『看破』の魔法や技能があったとて、知らない物は見破れないし見つけられないのだ。
だから、あちらの世界での知識がある俺だけが知っているような素材が、まだまだ錆山に眠っているのではないかと考えているのである。
コレクションの本棚にある鉱物・貴石などの本をしっかり読んで、ちゃんと知識として身につけておかねば。
利用する目途が立っているわけではない。
ひとえに『コレクション』のためである。
ふっふっふっ、楽しみだぜ!
父さんと錆山へ行く計画を立てていた時に、ビィクティアムさんが数台の荷馬車と共に現れた。
おおっ!
これはあの、ブーケ蓄音器の報酬ですね!
……多すぎじゃね?
苺の果実は少なめだけどカカオは山のようにあるし、なんだか知らない果物類が沢山あるぞ?
「実はな、苺は既に子株を作る時期になっていて植え付けが終わっていたらしく、あまり手に入らなくてな。その分、現在あまりシュリィイーレに入っていない果実を……ということだ」
苺の苗は十ほどしかなく、農家で栽培を試してもらうには少なすぎる量だった。
だが、全く知らないフルーツの山!
うおーー!
これはこれで凄く嬉しいーー!
「ありがとう、ビィクティアムさん! もの凄く無理してくれたみたいで、逆に申し訳ないかも……」
どうやらカカオも、南方の国から入ってきている輸入物までかき集めて送ってくれたらしい。
一番南の領地であるカタエレリエラで作っているものは、まだ収穫がさほど多くはないみたいだ。
「いや、伯父上は苗が揃えられなかったことに、大層落ち込んでいてな。実に面白かった……いつも、やたら自信満々の方だからな」
「あははは……俺が頼んだ時期も、ギリギリでしたからねぇ。でも、これはうちの裏庭で試してみるには充分な量ですよ。増やせたら、来年から誰かに頼むことにします」
「そうか。そういってもらえると助かる。それと、あのおまえが作った曲のことなんだが……」
ん?
俺が作った?
……あれ?
もしかして『俺が書いた』ってのが、『俺が作曲した』って意味に捉えられてしまった?
あちゃー……しかし今更、訂正がしにくいな。
作曲者の説明もしづらいし……
「伯母上が大層気に入ってしまってな。あの二曲はできれば……その、他に売って欲しくないのだが……」
「ええ、元々売るつもりはありませんでしたから。あの曲は今、シュリィイーレにある楽器だと再現できないし」
「すまん、おまえのものだというのに制限をしてしまって……実は『アイネ』というのが、伯母上の名前と同じでな。自分のための曲だから他で売られたくない、と言い出して……」
おお、偶然とは怖ろしい……
いや、でも誕生日に相応しい贈り物っぽくてかえって良かったか?
……実は『アイネ』の訳が間違っていたのだ。
本当は『小さい』というのが別の単語だったと知ったのは、随分後になってからだった……
しかし、あの時に気付いていたら『アイネ』にはしなかったかもしれないので……結果オーライということにしておこうと、自分の無知を慰めることにした。
「もう一曲の方は……公式の舞曲として行事のために使うからと言っているのでな……」
あーあ、ビィクティアムさん、伯母様に結構強く出られて、抗議もできなかったんだろうなぁ。
おふたりのことでは、ビィクティアムさんが俺に謝りっぱなしで、寧ろこちらの方が申し訳ない気持ちになる。
「そうなんですか。俺としては差し上げた曲なので、どこにも売ったりしませんよ」
まぁ、お世話になっている方への贈り物だと言っていたし、本当にあれを世に出す気はなかったから気にしなくていいのになぁ。
そんなに申し訳なさそうにしないでくださいよ、ビィクティアムさん。
「その伯母上から、おまえに是非渡してくれと頼まれたのだ。これを」
深紅の
「百合の紋章の……襟飾り?」
「ああ。伯母上の家門は『聖神一位』だから、百合が象徴となっているのだ」
そうか、百合で作ったのも偶然だったんだけど……そういう意味でも喜んでもらえたということか……
これからは贈り物をする時には、家門がどの神様かを聞いた方がいいかもしれない。
「これは、伯母上ご本人からの感謝と、おまえの作ったものに対しての敬意を込めて……だそうだ。成人になったのだから、なんらかの行事に正装や礼装で赴くこともあるだろう? その時に、是非着けて欲しいと」
うわー、凄く嬉しい!
こういうちゃんとした装飾品、持っていなかったもんなぁ。
「ありがとうございます! 大切にします! 俺が公式行事なんてものに出るかは……解らないですけど」
この国の大貴族様の家門からのいただき物なんて、恐れ多くて使えない気もするけどね……
でも、こちらのフォーマルってのが解らなかったから、これがあるだけで良い感じになるかもしれない。
だって、スーツにネクタイっていう文化じゃないんだもん。
ビィクティアムさんが一仕事終えたようなほっとした顔になったのだが、すぐに表情を引き締めていた。
本当に生真面目なんだよな、この人。
それより、錆山に行く前に苺を植えて子株作り、味見用のスイーツ作って、カカオをチョコレートに……
うわぁ!
急に忙しくなったぞ!
予定外の果物はどうしよう?
ドライフルーツかな?
いや、シロップ漬けか?
まずは苺の子株を作る準備をしないと!
ビィクティアムさんが、父さんに話があると言って工房側に入って行ってしまったので、俺は早速裏庭で作業に入る。
実はうちでも少し栽培してみようと、用意していたのだ。
肥料は土に馴染ませてあるし、準備万端。
ビニールハウスは流石に作れなかったが、硝子を使って温室を作ったのである!
といっても広さにして、八畳くらい。
だが、今回の量なら充分なのではないかと思う。
この辺は大雪が降るから、どうしてもハウスは必要だ。
いくらシュリィイーレの夏が短いとはいっても、その暑さも凌がなくてはいけない。
しかも、ハウスであれば俺の魔法で室内は年中完璧な温度管理、水分管理ができるのだ。
屋外の畑では、俺の魔法での空調管理ができない。
空気を固めることで壁はできるけど、作業の度に毎日壁を作ったり消したりなんて無理だからね。
農家さんに頼む時も、この硝子ハウスを造らせてもらおうと思っている。
苺の子株作りは夏場いっぱいかかる。
子株ができあがったら、秋に定置植えをして春に収穫だ。
さて、次は果実の方の苺だな。
今回は少ないので、全部自宅用として使おう。
二階の台所で、試作品を作る。
こちらの苺は紅い色があまり鮮やかではなくて、細長い。
まずそのまま食べてみると、やはりかなり酸っぱい。
三十個ほどの苺に砂糖を振りかけて、全体に塗して少し置く。
じわっと果汁が出て来て、少し赤味が増したかな?
ひとつ、食べてみる。
うん、酸味が気にならないどころか、結構な甘さになったぞ。
この状態を、魔法で保持。
蜂蜜ケーキ用に作ってあった、角形のスポンジケーキを二枚。
ホイップした生クリームとカットした苺を挟んで、全体を生クリームでコーティング……
生クリームの絞り出しは、ちょっと苦手なので今回はナシ。
コーティングだけは綺麗にして、真っ白なケーキのできあがり。
三角に切ってからなるべく丸めの苺を上に飾って、俺的ケーキの王様『苺ショート』完成である!
できあがりを母さんに見せると、めちゃくちゃテンションが上がったようだ。
やはり苺ショートの可愛さは、俺のイマイチな作りであっても、女性の心を掴むものなのだ。
早速紅茶を入れ、おやつにいただくことにしよう……あれ?
父さん、どっかに出掛けちゃったのかな?
早く帰ってこないと、母さんとふたりで食べちゃうぞー。
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