第147.5話 皇后の誕生日

「おや、ご夫人方もご一緒とは」

「まぁ、陛下、よろしいではございませんか。皆様に陛下からの贈り物を自慢したいのでございます」

「ほぅ……自慢……」


「ええ、紅玉の無骨な原石とか、蹄鉄に付けた金剛石など、どんな貴族の夫人であってもいただくことなどございませんでしょうから」

  「クスクス」

  「いけませんわ、皇王陛下は素朴なものを

   愛されていらっしゃるだけなのです」

  「今年はどのように楽しませてくださる

   のでしょう」


「ふふん、今年はそんなものではないぞ」

「あら、自信たっぷりでいらっしゃいますのね?」

「セラフィエムス卿に依頼して、特別に作らせた物だからな」

「……ビィクティアム、ですか? あなた以上に、女心など解りそうもございませんが……」


「伯母上、ご生誕の記念日を心よりお祝い申し上げます」

「ありがとう、ビィクティアム」

「こちらが、陛下よりご依頼いただいた品でございます」

「あら……なんと美しい。木工の箱? この細工……とても素晴らしいわ」

  「まあ……素敵」

  「可愛らしいこと」

  

「こちらにおいて、蓋をお開けください」

「この蓋を取ればよろしいのね? ……! まぁっ! いきなり全部開くなんて……なんと……美しい……」

  「箱が突然すべて開いたわ!」

  「仕掛け箱なのですか?」


「どうじゃ? 美しかろう」

「はい……これは、硝子……?」

「いいえ、すべて水晶でございます」

「水晶? 水晶で、この薄い花弁を削りだしたというの? 信じられない……」

  「妃殿下、こちらの花の色はかなり

   特殊な魔法で彩色されておりますわ」

  「ええ、ええ、なんて美しい色でしょう!」

  「このように彩られた水晶など、

   初めて拝見いたしましたわ!」


「これほど鮮やかな色彩でいて、水晶の透明性を全く損なっていないとは……ビィクティアム、これはシュリィイーレの技術ですか?」

「はい、ご慧眼、感服いたします。我が友の、渾身の作でございます」

「ふふふ、それだけではないぞ」

「この美しい芸術以上の何がございますの?」


「ティム」

「伯母上、その一番手前の百合の花を、上に向けるように動かしてください」

「こ、これ? 動くのですか?」


 カチッ


「なんということ! 音楽……! こ、これは、あの、噂の『蓄音器』なのですかっ?」

「はい。この曲も皇后殿下のために、特別に作られた曲でございます」

「……初めて、聴く音……この楽器は……?」

「異国の物ですので、詳しくは存じ上げませんが……まさに天上の音楽であろうかと」

「ええ……! なんと美しい音色と旋律でしょう!」


「この曲の題名はな、『アイネ』と言うのだそうだ」

「まぁ! 陛下……これは……わたくしの名のついた曲ですか?」

「ご生誕の日に、相応しい贈り物かと……いかがでしょう?」

「何もかもが素晴らしい……こんなにも、感動させていただけるなんて! ありがとうございます、陛下」


「では、もう一曲」

「まだあるのですか!」

「これは『円舞曲』でございます」



「……」

 「まぁ……なんと麗しい…」

 「皇宮にこれ以上相応しい音楽は

  ありません」

「アイネリリア?」

「……ずっと……この音楽を、待っていたのです。きっと、この音楽で、陛下と踊れる日を、わたくしは待ち続けていたのです……」


「わたしと踊っていただけますかな?」

「ええ、喜んで」

 「素晴らしいわ! なんて素晴らしい

  ご生誕記念でございましょう!」

 「おめでとうございます、皇后殿下!」

  

「ビィクティアム、礼を言うぞ。よくぞかの者にこれを頼んでくれた」

「もったいないお言葉です。彼にはどうか、格別の報酬を」

「勿論だとも!」


「ビィクティアム! 素晴らしい芸術家に、わたくしからも心からの賞賛を贈ります!」

「そのお言葉、必ず彼に届けましょう」

「是非とも皇宮に招き、演奏を!」

「いえ、それは叶いますまい。彼は音楽家ではなく、魔法師ですから」

 「魔法師……? これほどの芸術品を?」

 「曲を作ったのも魔法師とは……

  信じられませんわ!」


「魔法師が、あの芸術的な蓄音器を? あの、天に愛された音楽を?」

「はい。あの二曲を作るのに彼は『命を削る思いだった』と言っておりました。伯母上の生誕を祝うためだけに尽力してくれたのです」


「依頼主が皇王陛下であったから、ですか……?」

「いいえ、依頼主のことも、お贈りするのが皇后殿下であることも、彼には伝えておりません。必要以上に緊張させてしまうかと思いましたので。ただ、純粋な好意だけで、彼はその力の総てを費やしてくれたのでございます」


 「なんという美しい想い……」

 「これこそが真の祝福の心でございます」

 「だからこそあの水晶の花の燦めきが美しく

  あの曲が神々しいのですね……!」


「……これほど美しい感動に、心振るわされたのは初めてのことです。この『円舞曲』を皇家における公式の舞曲とし、その心に報いることとしましょう!」

「おお、それはよい! この曲で皆が舞う姿は、さぞや美しいであろうな!」

「はい、陛下。でも『アイネ』はわたくしだけの曲でございます。ね?」

「ああ、その通りだ」



(皇家認定曲か……これは……結構大事おおごとになってしまったな。まぁ……仕方ないか、あの曲ならば)

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