第99.5話 ライリクスとファイラスとビィクティアムとセインドルクス
「もうタクトくんは帰りましたから、大丈夫ですよ」
「はーっ……いやぁ……息殺してるの疲れたー」
「このオヤジが、がさごそと動くから! タクトに気付かれたらどうするつもりだったんだ!」
「うるさいわ! おまえが私を押しのけようとするからであろうが!」
「止めてくださいよ、長官も兄上も……なんだって、僕の部屋に集まっているんですか」
「それはしょうがないよ、ライリクス。君とマリティエラの結婚なんて、色々な裏工作が必要なんだからさ」
「ふん、ドミナティアがぐだぐだと拘るからだ」
「セラフィエムスがだらしないだけであろう!」
「はい、はい、この場でお家同士の争いは、止めてくださいねー!タクトくんから、いくつか看過できない言葉が聞かれたんでそっちが先です」
「タクトくんは……薔薇を知っとるのだな。しかし、あんなにぺらぺらとその事実を口にしてしまうとは、自覚がなさ過ぎだろう」
「兄上の仰有りようも尤もですが、タクトくんにとっては日常だったんですよ。まさか……香水まで使っていたとは思いませんでしたが」
「吃驚したよねー……うっかり叫んじゃいそうになったよ」
「薔薇の香水を持てる女性なんて、皇后だけだ」
「長官は……革命というのは、如何お考えですか?」
「あり得るだろう。タクトのご両親が、まず死んでいる。その後に……祖父と祖母。順に……革命軍に処刑されていったとすれば納得できる」
「だから、彼は武器を嫌うのかも知れませんね。銃の時も怯えていながらも、もの凄い嫌悪感を感じました」
「あの事件にも、タクトくんが関わっておるのか? 衛兵隊は何をしとったんだ!」
「あんたの部下が犯人だったってのも、タクトがいたから解ったんだ。聖神司祭様こそ、何をしていらしたのやら」
「んぐ……な、何を言う! それならばおまえの所の元長官とて同じではないか!」
「上司が責任を果たしていないって話をしてんだよ、立場が違うだろうが!」
「そこまでっ! もー、話が進まないじゃないですか!」
「「それはこいつに言えっ!」」
「……ふたり共、息ぴったりですねー」
「同族嫌悪ってやつですか……大人げない……」
「で、タクトくんの使った【付与魔法】ですが、とんでもないことをやってくれましたねぇ」
「『力の掛かる方向に重力がかかるように調整』……なんて誰ができるって言うんですか。聞いた瞬間倒れなかった僕を、褒めて欲しいくらいですよ」
「彼には、黄魔法の特性はなかった。付与魔法師だからといって、そこまでできるとは思えなかったが」
「タクトくんは、聖法具を加工できるんですよ、兄上。何ができても、当たり前って気がします」
「すっげーな……法具まで作れちゃうの?」
「信じられんことに、加護には全く影響がなかった。紛れもなく最高位の魔法師であり、錬成師だ」
「そういえばタクトは、雷系の魔法が使えたな……黄魔法特性が成人でも出なかったのが逆に不思議だ」
「私が確認したのだ。間違いない」
「……てことは、身分証の裏書きは、ドミナティア神司祭の名前ってことですよね?」
「うむ。私の名が入っておるぞ」
「何を自慢げに……それが、今回の原因とも考えられますよ、兄上」
「そーですねぇ『ドミナティア』ということを、審査官なら確認しているはず。その上でのあの行動だとしたら……」
「ふっ、ドミナティアの名も、随分と軽んじられているようだな」
「何を言うか、このこわっぱが!」
「やーめーてーくーだーさーい、って言ってるのが、わかんないんですか?」
「軽んじられたくらいならまだいいのですが、逆にその名があったからこそ、タクトくんを攫おうとした可能性があると思いますね」
「何を言う、ライリクス! ドミナティアの名がある者を害そうと考えるなど……」
「『害する』のではなく『利用する』ではないかと」
「そうですねー。成人の儀でドミナティア神司祭が裏書きすることなど、あり得ないですからねぇ……ましてや、臣民なんて」
「む、確かに……滅多には……やらぬが」
「だから、タクトくんはドミナティアと
「どちらにしても、随分と軽率な行動をしてくれたものですね、聖神司祭様?」
「……」
「長官、あんまり兄を苛めないでください……八つ当たりが僕に来るので」
「おまえはもうドミナティアではないのだから、ぶっ飛ばしたって問題なかろう」
「問題ですよ! 逆に! 僕はもうただの臣民なんですからね!」
「はいはーい、また話が逸れてきたんで戻って来てくださーい! まぁ純粋にタクトくんの魔法目当てってのが、一番確率が高いです」
「ああ、そうだろうな。タクトの魔法は、それだけの価値がある」
「おそらく、盾の方にもとんでもない魔法が付与されていたでしょうからね……怖くて聞けませんでしたが」
「その他の試験結果も気になるので、その辺は後日僕が調べておきます。それと、相手が掛けてきた支配魔法ですね」
「おそらく【隷属魔法】であろうな」
「少なくとも審査官とその大男のふたりが術者だろうが、タクトに効かなかったのはいくら耐性があっても、魔力量が多くても納得いかん。魔法師試験審査官であれば、間違いなく魔法師だろう。使ったやつらはその魔法をかなりの頻度で使用しているはずだし、練度も上がっているはずだ」
「そうですねー『特位』になっててもおかしくないし、同じ段位なら支配系の方が圧倒的に強制力が高い」
「……」
「神司祭様は、思い当たる節がありそうですけど?」
「私は絶対に言わん。タクトくんに口止めされているからな」
「……なんですか、長官」
「おまえは俺の部下で、臣民だ。俺に命令されれば嫌と言えなかった……と、いうことにしてやるから話せ」
「はぁ……あー……実は『特位』が最高段位ではないんです。僕も最近知ったのですが……『最特』『極位』と、少なくとも二段階は上があります」
「なに、それ……? 初めて聞いたよそんな段位。てか、人が取れるものなの? それ……」
「タクトの【耐性魔法】はそれってことか……なんにしても、とんでもないやつだな」
「でも、よく審査官達が騒がなかったねぇ、その段位で」
「彼は隠蔽を掛けているだろうからな。彼の隠蔽は、聖魔法以外では絶対に見えん」
「多分……家名を隠して生きなくてはいけなかった事から、精度の高い隠蔽がされているはずです。段位の表記変更と、家名の削除くらいなら簡単でしょう」
「そうか、家名を削除する操作をしていることによって、身分証が金ではなくなっているということなのだな」
「しかしそれでも、銀が限界なのでしょうね」
「銀なら貴族の傍流ってことだから、ギリギリ、ドミナティアの銘があっても納得できますかね」
「シュリィイーレはそういう者が多い町だから、気にもされないだろうしな」
「……彼は、今はまだこの町から出すべきではない。彼もそれを望んでいる」
「どこで生きるかを決めるのはタクトくんですよ、兄上」
「あとは、赤毛で黒鎧の大男……って、あいつでしょうねぇ」
「そうだな……あの馬鹿しかいないだろうな」
「ほほう? 衛兵隊の者なのか? 管理が甘いのぅ」
「……兄上っ」
「違いますよ。兵団のやつですね。黒鎧は第二兵団の揃えです」
「兵団は騎士になれなかった落ちこぼれの溜まり場だからな。武器に執着している赤毛と言えばゼムラードだろうな」
「ああ……やたらと剣を蒐集しているという。そういえば、やつの家門は支配系の魔法が得意でしたね」
「何世代も前ですが、隷位奴隷商だったからですかねぇ……元々が。王都に閉じ込めておきましょうか?」
「そうだな。兵団全てが関わっての企みでなく、やつひとりの暴走ならそれでいい」
「むしろ危ないのは、審査官であろうな……そちらは私がなんとかしよう。今後の魔法師育成にも関わってくるとなれば、教会も黙ってはおれん」
「では僕は商人と、魔法師組合を洗っておきます。まぁ……商人ですかね、危ないのは。タクトくんは価値がありすぎる」
「そういえば兵団には、タクトくんを恨んでいそうな馬鹿も何人かいましたっけね。元新人騎士が」
「あいつらは全員、自業自得だろうが」
「そういう馬鹿なやつだから、他人を恨むんだと思いますよ、長官」
「あー……以前、言ってたんですよね、タクトくんが。『貴族って教育が行き届いていないんですね』って」
「タクトくんらしい……」
「新人騎士に対して言ったんだとは思うんですけど、僕もちょっと凹んじゃいましたねー」
「むむ……彼は……本当に歯に衣を着せぬな」
「そういえば……くくっ、兄上も言われてましたっけね『物覚え悪すぎですよ』って」
「あああーっ! そうそう、あっれは吃驚したよねーーっ! まさか聖神司祭に向かって『物覚え悪い』とか言っちゃうなんてさ!」
「あれは会話の弾みであって、覚えていなかったわけではないっ!」
「ぷっ」
「貴様が笑うな! セラフィエムス!」
「いやー、尊敬されていない大人というのは、みっともないものだなぁ」
「何を言うか! 私はタクトくんとの会話を楽しんでいるだけだ。距離をおかれておるおまえなどより、よっぽどな!」
「距離などあるか! 大体あんたは自分の話したいことしか話さんのだろうが、俺はタクトの好きなものの話をしている!」
「精神的な話や神の話は、彼にとっても興味のあることなのは間違いない!」
「どうだかな? あんたが店の客として行ってるから、タクトが無下にできないだけだろうが!」
「……なんなんですかねぇ、あのふたりは……」
「ほら……ふたり共さ、弟とか妹に怖がられちゃう系の兄じゃん? だからタクトくんみたいに、物怖じしないで相手してくれると可愛くてしょうがなくなっちゃうんじゃないのかな」
「迷惑かけなきゃいいんですけどね……タクトくんに」
「そりゃあ無理だろ」
「それより、もうそろそろ皆さん、帰ってくれませんかねぇ……」
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