第99話 感情の確認

 俺はなんとか家の前まで歩いて、扉を開けたところで動けなくなった。

 そしてそのまま、翌日の夕方まで眠り込んでしまった。

 魔力切れ……だったようだ。


 倒れた後、母さんが医者を呼んでくれて、診てもらったら魔力が二百を切っていたらしい。

 あの試験の後だって、俺の魔力は二万は残っていたはずだ。

 それが転移一回で二百にまでなるって……転移魔法、燃費悪すぎ。


 起きた時少しぼーっとしていたけど、温かい野菜スープと蜂蜜たっぷりの焼き菓子で元気になった。

 うん、甘いもの、最高。



「まだ寝ていなくて大丈夫なのかい?」

「ごめんね母さん、心配かけて……もう平気だし、少し動いた方がスッキリしそうだから」

 そう言って、夕食時の食堂を手伝った。

 もう成人だからね。

 陽が落ちてから店に出ていても、怒られないのだ。


「タクト、おまえ試験だからって頑張りすぎちまったんじゃないのか?」

 あーそうか、そう言っておいた方がいい……かな。

「うん……そうかも……ちょっと、やったことないことまでやっちゃったから」

「まったく、頑張りすぎて倒れるなんて、おまえらしいっちゃおまえらしいが、もっと気をつけろよ?」

「……反省してるよ、父さん。やり過ぎは良くないよね」


 そう、やり過ぎたのだ。

 なにもかも。

 はー……レーデルスには、ネガティブイメージが付いてしまったなぁ……


 ん?

 ライリクスさんがちょっと睨んでる……?

「なんです? 赤シシの蕪煮込み、美味しくない?」

「そんなわけないでしょう。この料理は僕の大好物です」

「じゃあ、なんで睨んでるの」

「ここで聞いても平気ですか?」


 くっそ、この人の魔眼マジでよく視えるんだな。

 俺の魔眼は、未だに何にも視えないっていうのに。


「……あとで、ライリクスさんの部屋に行ってもいいですか? 聞いて欲しい……というか、確認したいことがあって」

「……」

「焼き菓子持っていきます」

「いや、そういうことじゃない……けど、お菓子は大歓迎です」

 そこは遠慮しないんだよね、この人。

 まぁ、ギブアンドテイクになれば俺も話し易いけどな。



 夜の外出は、大人の特権である。

 子供だと咎められるが、もう大丈夫。

 でも心配させてしまうので、ちゃんとライリクスさんと披露宴のお菓子を決めてくると理由を付けて外出した。

 斜め向かいの官舎なので、たいした外出ではないのだが。


 二階の青通り沿いの角部屋が、ライリクスさんの部屋。

 そして、明後日の式の後からマリティエラさんもここに住むようだ。

「いらっしゃい、タクトくん。紅茶は用意してあるよ」

「ありがと、ライリクスさん……おじゃましまーす」


 おおー、ティーセットだー。

 綺麗だなぁ……こういう柄の入ったカップもいいなー。

 今度作ろうかな。

 あ、いい香りだ……


「そっか、もう秋摘みの茶葉が出ているんですね……俺も市場行こうっと」

「君は結構、香りに敏感だね」

「薔薇の香りは好きなんですよ。祖母がよく使っていた香水が、淡い薔薇の香りだったんで」


 ばあちゃんは、紙に香りを染みこませたもので手紙を書くのが好きだったんだ。

 だから薔薇の香りは、ばあちゃんを思い出す。


「おお、美味しそうな焼き菓子だねぇ」

「母さんの自信作ですよ。披露宴の時にも出しますから、味見に持ってきたんです」

 絞り器で出した形のクッキーを皿に出して並べる。

 所々にドライフルーツが入っているのだ。


「嬉しいなー。君の所にお菓子を頼んでよかった。美味しいなー」

「じゃあ、俺も。『いただきます』」

 手を合わせてそう言うと、ライリクスさんが不思議そうな顔をする。

 ああ、そっか、こっちの人は食べ物に手を合わせたりはしないんだっけ。

 祈りのポーズも、手を合わせたり組んだりしないんだよね。


「ははは、前にいた所の習慣が抜けないんですよ」

「習慣?」

「そう、全ての食べ物は、その命をいただくものだから、感謝しましょうっていう習慣」

「……小麦とか……植物だろう?」

「何、言ってんですか! 植物だってみんな生きているのですよ? 俺達が食べるために、その命を貰っているんです。だから、感謝して絶対に無駄にしないで残さず食べる! これが捕食者の基本です」


「なるほど。なかなか深い……えーと『いただきます』?」

「そうです。で、食べ終わったらまた、作り手にも感謝を込めて『ごちそうさまでした』」

「習慣と言うより、宗教っぽいね」

「ああ、そうかもしれませんね。生まれた国では当たり前みたいに、神様が全てのものに宿っているって思っていたから、何にでも手を合わせちゃうんですよね」

「神……か。面白い考え方だ」

 どうもこういうものの考え方って、習慣付いて抜けないものがあるよねー。



 お茶とお菓子で落ち着いて、本題だ。

「さて……聞いた方がいいかい? それとも、君から話してもらえる?」

「じゃあ、整理しながら、順に話していいですか?」


 俺は試験会場で、結果発表の時に呼び止められたところから話し始めた。

「試験で魔法付与した剣と盾を、見知らぬ人に譲れと言われて断ったんです」

「なんで? 使ってもらえるくらいの、素晴らしい付与だったということなのに」

「だから……ですよ。剣を使うなんて絶対に何かを、誰かを殺すために使うってことじゃないですか。俺は……武器は嫌いなんです」


「どんな魔法を付与したんだい?」

「えーと……確か、全体を軽量化して振りやすくして、剣の中央部は折れにくく粘りが出るように、刃の部分は刃こぼれなどしないように堅く強く強化の魔法を入れて……で、力を入れた方向に重力が働いて斬り抜けるようにした……んだったかな」


 上から切りつけると下に向かって、下から切り上げたら上に向かって剣が抜けやすくなるよう、重力方向が変わるようにした。

 そして突いた時には、刺さった身体から抜けやすくもなる。

 あ、ライリクスさんが顔を引き攣らせている……


「わかってますよ……やり過ぎたと思っているんです。試験だって言われたんで色々試しながら、一番効率よくこの道具を使うならこうだろうなーって……思ってしまって」

「やり過ぎなんてものじゃないだろう……そうか、そんな魔法使ったから倒れたんだな」

 いや、多分、倒れたのはそれじゃないんだけど、そういうことにしておこう。


「忘れていたんです。剣が、殺すための道具だってこと」

「その剣は? まだ向こうの手元にあるんだろう?」

「あ、魔法はもう切れているので、多分あの剣はなまくらに戻っているはずです」

 切れてるっていうか切ったんだけどね。


「なら……譲ってしまってもよかったのでは?」

「凄いと思っていたものが実は凄くなくなっていたら、手に入れた人が俺を逆恨みしないって言えますか?」

「言えないね。絶対に君を捜し出して仕返しするか、再付与させるだろうね」

「だからです。それに駄目になるって解っているものを渡すなんて、詐欺じゃないですか」


 あの時点であんなことになっていなければ、きっとあの剣はあのまま使われていたかもしれない。

 そして、何人も……殺してしまったかもしれない。

 そうならなかっただけでも、よかったと思うべきなんだろうな。


「しかし……それだけで君が、あそこまで深刻な顔をするとは思えないんだけどね?」

 ……やっぱよく視えてるよな。


「実は、その話をしてきた審査官が『なぜ逆らうことができるのだ?』って言っていたんですよ」

「……!」

「最初は意味が判らなくて、気持ち悪いからすぐに帰ろうとしたら、赤毛で黒い鎧のでかい男に遮られて……」

「赤毛の、黒鎧……」


「ええ、そいつも俺に『王都に行くんだ』とか言ってきたんで、断ったら『やはり効いていない』って。それで、なんかされてるって思ったんです」

「支配系の魔法だろうね……君は練度の高い【耐性魔法】が使えるから、跳ね返せたのかもしれない」

「ああ……そっか、あいつの魔法が俺より段位が低かったから……効かなかったのか」

 もしあいつの支配系魔法が俺の【文字魔法】より高い練度だったら、跳ね返せなかったのだろう。


「よく、逃げられたね?」

「なんとか攻撃が躱せたのは、大男が剣を抜くことができない狭い場所だったからだと思います。後はもうひたすら走りました」

「走ったって……追っ手は?」

「わかんないです。滅茶苦茶走って馬車乗り場に行ったんですけど、そこにも審査官が待ち伏せていたんで……とにかく、頑張ってシュリィイーレまで辿り着いたんです」


 うん、頑張った。

 頑張ったのは本当。

 方法は言えないけど。


「魔力切れの状態で……あの距離を走ったのか。倒れるのも当然だな。無茶をする……」

「だって、早く……帰りたかったから」

 ぽん、と頭の上にライリクスさんの手が乗った。

 なんだよ、俺はもう子供じゃないぞと思ったけど、振り払えなかった。


「よく、頑張ったね。怖かっただろう」


 そう言われて、突然涙が出てきた。

 そうか、俺、怖かったんだ。

 襲われたことも、自分の魔法が人を殺すために使われてしまうことも、人を操る魔法を使ってしまったことも……とても、怖かったんだ。


 ぼろぼろ涙が出てきて一回頷くのがやっとだった俺の頭を、ライリクスさんがいつまでも撫でていてくれたんで段々と安心していった。

「……父さんと母さんには、言わないで」

「そのふたりだけでいいのかい?」

「どうせ言うなって頼んだって、ビィクティアムさん達には言うんでしょ?」

「そうだね。言うね。大切なシュリィイーレの民を、守るためだからね」

「うん、守ってもらうよ、衛兵さん。父さん達にはちゃんと俺から言うから」


 にっこりとライリクスさんが笑ってくれたので、俺は立ち上がって大きく深呼吸をした。

 もうひとつ、聞きたいことがあったんだ。


「俺、頑張らない方がいいのかな? 魔法とか、できること、全部は……やらない方がいいのかな?」

「いや、君は君のやりたいようにすればいい。いけないことなど何もないよ」


「そっか! じゃあ、頑張ろっと! 披露宴のお菓子、期待しててよ」

「ココアの焼き菓子も頼んでいいかい?」

「了ー解っ! じゃあ、帰って準備するね! 聞いてくれてありがとう、ライリクスさん」


 うん、大丈夫。

 俺にはこの町に、信頼できる人達がいる。

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