第95話 スイートロマンス

 ライリクスさんが走り去ったすぐ後に、マリティエラさんが来てくれた。

 惜しかったですね、ふふふふふ。

 すれ違いですよ。

 おっと、ちょっと意地悪な気分になってしまったぜ。


「今……走っていったのって、ライリクスよね? どうしたのかしら」

「何か急ぎの仕事があるんですかね?」

「あら……凄く美味しそう! 温かいのね!」

「はい、冷めないからゆっくり食べてくださいね」


「……凄いわね……お皿に魔法が付与されてるなんて」

「あれ、よく判りましたね」

「あなたの魔法って、均一で綺麗だから判りやすいわ」


 ……前にも誰かにそんなこと言われたなぁ……

 俺の魔法が、均一に入るって……

 誰だっけ?


「んーっ、美味しいーっ! メイリーンの言ったとおりだわ」

「メイリーンさん、今日は来てないんですよね」

「ああ、今日はどうしても実家に帰らなきゃいけないみたいで、朝からいないのよ……帰ってくるのは明日か明後日かしら」

「……そうですかぁ……」

「あら、気になるの?」

「えっ! いや、いつも来てくれる常連さんが来ないと、心配になるってだけですよ」

「……ふふーん……?」

 本当にそれだけですっ!

 それだけ……ですよ、多分。



 スイーツタイムが落ち着く頃、ゆっくりとお茶を飲んでいたファイラスさんが、いい紅茶を売ってる店を知らないかと聞いてきた。

 朝市のお婆さんは今年はもう来ないと言っていたので、今の時期なら東市場の奥の方がいいと勧めておいた。

 あのターメリックのお店の近くに、紅茶を出している所があったんだよね。

 セインさんの落とし物を拾った時に見つけたので、今度行こうと思っているんだ。


 その時、突然ライリクスさんが走り込んできた。

 なんだ?

 緊急事態か?



「マリティエラ! ここにいたのですか!」

「ど、どうしたの?」

「さっき、病院と家に行ったら、いなかったんで……ああ、そんなことはどうでもいいんです」

「ライリクス、ちょっと落ち着いて? ね?」


「マリティエラ、結婚しましょう! 今すぐに!」


 ……は?


「……ライ? どうしたの……突然……」

「兄が、やっと、兄が結婚を認めてくれました! だから一刻も早く……兄の気が変わらないうちに!」

「ライ……本当? 本当なの?」

「はい。僕は君に嘘はつかない。結婚……してくれますよね?」

「……ええ! ええ、勿論よ!」


 おおっと、おふたりとも抱き合って大喜びの劇的大団円的なシーンですけどね。

 ここはしがない町の食堂でして、そこでこんなスポットライト独占のプロポーズとか見せられてるおいてかれちゃった感満載の店員はどう反応すべきなんすかね?


「ファイラスさん……あのふたりって、婚約者同士なんですよね? 婚約してるのに、反対されていたんですか?」

「うん……まぁ『婚約』が当人同士だけの約束でね。マリティエラの家族は渋々ながらも了承していたんだけど、ライリクスんとこはお堅くてね」

「そっか……」

「よくもまぁ、あのお兄さんが許可したもんだ」


 そうだったのか……まぁ……いろいろあるんだな。

 なんにしても、上手くいったなら良かった。



「ええっ? それじゃあ、あなた、家門から除かれてしまったってことじゃない!」

「ああ。だが、そんなものは要らない。家名なんかより君の方が大切だ」

「ライ……私のために……ごめんなさい……全部、なくしてしまうなんて……」

「違う、マリティエラ。僕は全てを手に入れたんだ。元々家名など継ぐことができない立場だったのだし、ただ枷が外れただけだ。僕のすべては君なのだから……」

「愛しているわ、ライリクス……」

「僕も愛している。君だけだ、マリティエラ」


 マジで情熱的なロマンス大劇場が……ああ……お客様の女子達が瞳をウルウルさせて……

 そうだよなー、愛する女性のために全てを捨ててプロポーズだもんなー。

 ひゅーひゅーカッコイイねーおにーさんー。

 ……しかし、ひねくれ者の店員は、ここで水を差してやるのだ。


「んんっんっ! あー、おふたりさん、盛り上がっていらっしゃるところ申し訳ないのですがー……」

「ああっ! タクトくんっ! 君のおかげだ!」


 えっ?

 うおぉっ?

 急にライリクスさんに抱きつかれたぞ!

 なんでっ!

 なんで?

 巻き込まれ事故発生っ?


「君とこの店のお菓子のおかげなんだよ、兄が折れてくれたのは! ありがとう! 本当にありがとう!」

「まあ、そうなの? よく解らないけど、ありがとう! タクトくん!」


 よく解らない人からのよく解らない感謝を、よく解らない人がどう受け取ればいいんですかっ?

 俺のおかげってどういうことっ?

 てか、放せ、ライリクス!

 ああああーっ、お客さん達っ!

 なんですか、その拍手と歓声は!



「はいはーい、感動の場面だけど、落ち着こうねぇ、ライリクスぅ」

 うううっ、ファイラスさんがこんなに頼もしいと思ったのは初めてですよ……


「あ、すみません、絶対に早いところ結婚してしまわないと、いつまたあの兄に意見を翻されるかと……」

「でも、そんなに急いで式なんて……なんの準備もないし……」

「あ、マリティエラの分なら、多分大丈夫だよ?」

「ファイラス……どうして?」

「君の兄君は毎年、いつ結婚となってもいいように衣装から何から何まで揃えて待機してるから」

「まぁ……お兄様が……!」


「うちの兄に弦月つるつきの二十日までになんとかしろと……暗に言われまして。間に合いますかね」

「うん。平気だと思うけど……式、教会で挙げてくれるって?」

「挙げさせます」

「それは頼もしい。じゃあ、今日のところはこの辺でおいとましようか。タクトくん、俺からもお礼を言うよ」


 いや、だから何のお礼か解りませんって。

「みなさーん、ここのお菓子がこの劇的な結婚の立役者です。皆さんもここの美味しいお菓子を召し上がって、幸せになってくださいねー」

 ファイラスさん、なんですかその怪しい煽り文句は!


 お客さんの女の子達が、異様に盛り上がっちゃってますよ?

 あ……男性陣もなんか……あれ?

 このスイーツタイムがカップル御用達になってしまったら、俺の虚しさが倍増するのでは?


 くっそー!

 ライリクスさん、マリティエラさん、ご結婚おめでとうございますっ!

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