第94.5話 ライリクスとセインドルクス

「まっ、待ってくださいっ!」

「おや、ゆっくり食べてくれば良かったのに」

「どういうおつもりですかっ!」

「ふむ……衛兵に追いかけられるというのは、衆目を集めていかんな。話せる所はあるか?」

「……では……僕の部屋へ」

「近いのかね?」

「その白い建物が官舎です。二階ですし、遮音障壁も施されています」

「よかろう」




「……狭いな……」

「あなたの屋敷や、聖堂と比べないでください。人の営みには、この程度で充分なのですよ」

「良い魔法が付与されているな。いい住まいだ」

「全部、タクトくんです。彼の魔法は、この町で最高位と言えますから」


「なるほどな……道理で心地いいわけだ。これほどの魔法が付与されていながら、全く住人に影響せずに展開できるとは……」

「あなたの狙いはタクトくんですか? どういう意図であの店に……」

「ああ、安心しろ。彼をどうこうする気はないし、この町から連れ出すつもりもない」

「……」


「信用されていないな、私は」

「そもそも、あなたがタクトくんと、あんな会話をしていたこと自体が信じられませんよ」

「そうかね?」

「ええ、あなたが人の話をちゃんと聞くなんて、天変地異と同義です」

「彼の話は突飛で面白くてね……なのに、神の真理の一端を見せてくれる」


「どうして、あの店に?」

「タクトくんに招待されてね」

「は? どこで……知り合ったのですか?」

「東の市場で、私が落とした腕輪を探してくれたんだよ」


「……落とし物……相変わらず、天才的な出逢い運だな、彼は」

「腕輪の留め具が壊れてしまってね……直してくれたんだよ」

「腕輪って、その腕輪ですか? 直した? これは……法具でしょう? 加護魔法の付いた法具を、彼が直せたっていうんですか!」


「ああ、しかも欠けた材料の銀をこの腕輪の……ほら、裏の部分を少し溶かして作ったんだよ。恐れ入ったね」

「法具の加工なんて……できるんですか? 聖魔法の加護を超える魔法なんて……」

「それでどうしても彼のことを確かめたくて、成人の儀で立ち会いをした」

「はぁっ? あなたが……国の最高位である聖神司祭のひとりであるあなたが、一臣民の成人に立ち会ったんですか!」


「……衛兵隊おまえたちも、彼については色々掴んでいるのだろう?」

「推測なので言えません」

「彼は警戒対象かね?」

「いえ、警護対象です」

「うむ、それならば、それは正しいだろう」


「……ご覧に……なったのですか? 彼の身分証を」

「口止めされておるからなぁ……私からは言えん」

「タクトくんにですか? なんで……たかが一青年の頼みなど、あなたが守るとは」

「彼には……嫌われたくないのだよ。あの店に行きづらくなる。おまえならば『視える』だろう? 私の瞳に映った物が」


「よろしいのですか?」

「私は絶対に話す気はないが、視られてしまったのならそれは不可抗力というものだ」

「………」

「おまえの魔眼は『嘘と隠したいものを視る』魔眼だ。彼の身分証が見えるのはそこに『嘘』か『隠しごと』があるからだろう」

「そうですが……何を隠したいかまでは判りません」

「では、おまえが以前『視た』ものと比べてみればいい。どうせ『視た』ことがあるのだろう?」

「あなたのそういうところが、僕は嫌いなんですよ……」



「『視えた』だろう?」

「……やはり金なんですね……家名が出ていたということは、隠していたのは家名ですか」

「ああ、そうだろう。聖魔法で初めて見えるなんて、とんでもない技量の隠蔽魔法だ。鑑定でも魔眼でも見えないだろうな」


「それに……なんですか? 『最特』とか『極位』なんてあるんですか?」

「あったのだろうな。私も知らなかった。今まで、到達した者がいなかっただけだろう」

「どれほどの……知識と研鑽を積めば、ここまで到達するのでしょう……?」


「『汝自らの智を以て扉叩くべし。されば開かれん』」

「さっき……タクトくんが好きだと言っていた言葉ですね」

「確かにこれは神典の言葉だ。『至・神典』の……な」


「どこで……そんなもの、読めるっていうんですか……? 王都聖教会の神書司書館にだってありませんよ! 残っていたとしても一部ですし、表記は古代文字で……あ……」

「出典を知っていて、古代文字が読める……シュリィイーレ大聖堂の神像台座の文字は古代文字だ。彼はあれを読んだと言っていた。あり得ない知識だ」


「彼の出身国は……いったい、どれほどの知識を有していた国なのでしょうか」

「今はもう亡い、と言っていたな」

「そうですか……やはり亡国なのですね」

「おそらく、その国は革命で王家が瓦解している」

「革命……? なぜ?」

「かつて身分制度があったが、なくなった。だから自分は平民だと、亡国の家名は要らないと言っていたからね」


「……」

「彼は革命の後、幼かったから殺されなかったのかもしれない。だが、完全に平民として育てられたわけではないだろう。あの知識と魔法には、師がいるはずだ」

「いつか……再興のために、ですかね?」

「かもしれん。ただ彼に、生きる選択肢を与えたかっただけかもしれないが。それ故、彼は……絶対に家名を名乗れなかったのだろう」

「どうして……そんな目にあって恨みもなく、復讐も考えずに生きられるのでしょうか?」


「なにもかも必要だからそこにある、と言っていた。革命も亡国も必要なことだったと……彼は納得している」

「それは……!」

「おまえが感じるものは、おまえの感情だ。彼と同じではない。我々に理解できずとも彼自身がそれを受け入れ、今の生活を守ろうとしているのだから我々の考えることではない」


「あなたの言葉とは思えませんね……ご自分の考え方が絶対だと、思っていらっしゃるくせに」

「彼は神を信じているから、全てを受け入れていると言っていた。神は完璧であり、絶対であるからこそ、必要のないものなどこの世界にはないと」

「……」


「だから、全てが、今この世界にあるもの、起こっていること全てが必要なもので、それがたとえ人を不幸にするものでも『神にとって』必要なのだ」

「あなたが受け入れやすい考え方ですね」

「だが、彼には図々しいと怒られてしまった」

「……は?」


「神のことを理解しようとか、道を示して欲しいなんて人ごときが図々しい考えを持つな……とね」

「タクトくんは、怖いもの知らずというか……なんというか……」

「神に責任をなすりつけるなんて不敬だとか、神の名で人の行動を縛るのはただの『騙り』で信用がおけないとも言われた……」


「……全部あなたへの非難に聞こえますね。口癖でしたものね『神の思し召し』」

「人が決めたことを、あたかも神が決めたことのように言うなと……こんなにはっきり否定されるとは思わなかった」

「タクトくんは、嘘のつけない性格なので仕方ないです」


「『汝自らの智を以て扉叩くべし。されば開かれん』……考えてみたのだよ、私も。何故なにゆえ私は彼の話を遮らなかったのか、何故なにゆえ否定できなかったのか」

「……?」

「私にはきっと、彼の話を聞く必要があった。『神は必要な場所に必要なものを配される』と言った彼の言葉が、私には必要だった。神をいつでも感じられると断言した彼の言葉が」

「あの……よく判りませんが……何を……?」

「おまえは、タクトくんと違って勘が鈍い」

「彼と比べられたって、当然としか思いませんよ」


「今までと違う考え方が必要だったのだ……言い訳に。ライリクス、もう一度だけ聞く。帰る気はないのだな?」

「ありません。僕にはドミナティアの名は必要ない」

「……これも『神は織り込み済み』なのかね……」

「は?」

「なんでもない。判った。もういい。おまえをドミナティアから除名とする」

「え……? そ、それでは……」

「好きな所で好きに生きるがいい。誰と結婚しようと、もうなんの関係もない」


「………」

「何を呆けている。私の気が変わらぬうちに全て済ませろ!」

「はい……はいっ!」

「私は弦月つるつきの二十日までシュリィイーレにいる……早くしろよ」


「はい! ありがとうございます、兄上!」



「こらっ! 私をここに置いて行くな! まったく……貴族が、家名を取り上げられて喜ぶなんて信じられん……」

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