第80話 大雪

 雪が降り始めた。

 もう、食堂に来る人も、もの凄く少なくなった。

 衛兵宿舎が完成したから、大工さんと職人さん達はみんな西側へ帰ってしまったのである。

 だが、レトルト煮物の大量買いをしてくれた人が何人もいたので、きっとまた来てくれるに違いない。


 でも、衛兵隊官舎完成が雪に間に合ってよかったよね。

 これで南門、南西門、南東門の警備の人達がうちを避難所にすることもなくなるだろう。


 直轄地の勅命以来、この町の衛兵の数は去年より多くなっている。

 魔獣がうろつく季節じゃなくても、こちら側の門に衛兵が詰めることが増えていた。

 門番の自警団の人達も安心だと喜んでいたし、俺達もお客さんが増えるので歓迎だ。


 まだこの官舎に住み始めた人は十人以下だが、なんとライリクスさんが引っ越してきた。

 そか、副長官付じゃなくなったって言っていたっけ。

 南側担当にでもなったのかな。

 ……うちの菓子目当てに志願したんだったら……まぁ、そこまで緩くないか、衛兵隊。



「え? 勿論、この店目当てに志願したに決まっているじゃないか!」

 ゆるゆるだったよ、衛兵隊。

 昼食を食べに来たライリクスさんは、にこにこ顔でそう言ってのけた。


「倍率高かったんだよー? この店の存在もそうだけど、南東側は市場も充実しているし、南は修理工や魔法師が多いからね」

「確かに、市場は北側よりは……でも東の大市場とか、西の青果市場には北の方が行きやすいでしょ?」

「……冬は無理。北側は家から出られない。出たら帰れない。もう東門の詰め所に泊まりたくないんだよ、僕は」


 あああー、北側は凍るからなぁ。

 いちいち魔法使って、溶かしながら移動するって言ってたなぁ、デルフィーさんも。

 教会や組合事務所がある中央を境に、北東側と北側は上り坂が増えて標高が高くなる。

 坂道はさほどきつくはないのだが、寒さや風の強さは格段に違う。

 環状の通り以外だと、北側に行くほど階段が増えるから凍ると結構危ないのだ。

 赤属性じゃない人達は、確かに大変そうだね。


「僕は緑属性だからね。火も水も得意じゃない。絶対にここの官舎に引っ越しするって決めてたんだ」

 実際に、こちらに来た人達は、赤属性の人が今はいないそうだ。

 うん、暮らしやすい場所で暮らすのは大切なことだよね。


 そっか……ライリクスさん、緑属性か。

 ……そういえば、医療系の魔法が使えるんだったよね。

「緑の魔法って植物にも使えるの? 鮮度を保つとか、成長を早めるとか」

「……」

「焼き菓子、一個追加」

「それは無理だね。鮮度を保つのはどちらかといえば耐性とか強化の魔法だ。成長速度の調節なんて、魔法では無謀だ。人ひとりの魔力では、圧倒的に足りない」


 へぇ……そういうものなのか。

 じゃあ、鑑定とか加工がメインになるのか。

「君が食材の管理をしているのは、温度なんだろ? そういう魔法は、緑魔法ではできないんだよ」

「ふぅん……そういうものなのかぁ……」


「君、魔法師だろ?」

「自分の魔法のことだってよく判らないのに、他の属性まで判ると思いますか?」

「本当に知らないんだねぇ……あれほどの魔法が使えてるのに」

 あ、また『視て』るな。別に視られてもいいけどね。



 スイーツタイムが始まる頃、外はとんでもない大雪になっていた。

 来てくれた人達が帰れなくなっちゃうと申し訳ないので、今日の蜂蜜の温かいケーキは、お持ち帰りしてもらえることにした。

 テイクアウトボックス、持ちやすいように改良したんだよね。


 揺らしても中身がずれないようにしてあるし、勿論温かいものを温かいままおうちで楽しめるように保温機能も万全ですよ!

 箱を開いたら魔法が切れるようになっているから、再利用はできないけどね。

 わざわざ天気が悪い中来てもらったので、籠入りクッキーをおまけに付けたら大喜びしてくれた。


「……そんな顔で見なくても、ちゃんとライリクスさんにもあげますって」

 女の子達だけでもよかったんだけど……まぁ、差別はよろしくない。



 食堂を閉めて、俺達は二階で窓の外を眺める。

「雪、どんどん酷くなるねぇ……」

「そうだな、この時期にしちゃ酷く降るな」

 母さんと父さんは少し心配そうだけど、この家は大丈夫だよ。


 屋根にも壁にも雪を勝手に溶かしてくれるように、常に摂氏二十三度に保つ魔法が付けてあるし、窓も耐熱耐火耐衝撃の上に保温機能も完璧。

 水が凍らないように、井戸にも水道にも五度キープの魔法が施されている。

 家の前と裏口側の地面も雪が積もらないようにしてあるから、食堂の扉や裏口が開かなくなる心配もない。


 室内空調も乾燥を防ぎつつ温度は常に摂氏二十四度前後だし、床暖房完備で足元ぽかぽか。

 地下貯蔵庫の温度湿度管理も完璧です。

 もう、完全防備ですよ、我が家は。


 これは『おうち丸っと魔法付与』を任せてくれたルドラムさんとデルフィーさんの家も同様なので、ふたり共家の中で温々ぬくぬくしているはずだ。

 うちの料理のレトルトパックも大量買いしているふたりなので、そっちも安心である。

 常に非常時に備えるというのは、災害大国育ちとしては常識ですからな!


 大雪は四日間も続き、家に閉じ込められた人々の中には碌に食事が取れなかった人も多く出たようだ。

 雪が止んだ五日目、人々は自宅前の雪かきと屋根の雪下ろしで大変なことになっていた。


「タクトのおかげだねぇ……全然、雪が積もっていないよ」

「本当にスゲェなぁ、おまえの魔法は」

「去年は大変だったからね。早めに準備しておいて正解だったよ」


 これを『南・青通り三番食堂の奇跡』と人々が噂……したかどうかは知らないけど、いいデモンストレーションになったようで、周りの家や店から魔法付与の依頼が殺到した。

 どうやら、デルフィーさんとルドラムさんの家も付近で同じように羨望の的となり、俺のことを話してくれたそうだ。


 のんびり竹籠を作って過ごすはずだったのに、あちこち出かける羽目になった。

 でも、勿論これは【集約魔法】だから、一文字だけ付与すれば全ての効果が出るので俺的には楽なお仕事なのだ。

 おかげで食堂がほぼ稼働しない冬場の、いい稼ぎになったのである。



「官舎に……ですか?」

「頼む。なにせまだ八人しかいないのに、あの建物の雪下ろしと敷地の雪かきなんて到底無理なんだよ」

 うちとうちの周りの家々があっという間にこの大雪対策を終えたのを見て、ライリクスさんが官舎への【付与魔法】を依頼してきた。

 官舎の収容世帯が二十五世帯くらいらしいから、その広さをたった八人でなんて無理だよなぁ……


「でも、集合住宅だと付与の仕方が変わるんですよね……建物全部の構造が判らないと……」

「全体に掛けてもらうだけ、というのは不可能かい?」


「できますけど、そうなると中の各部屋で効果にばらつきが出ますよ? 水が出なかったり、寒すぎるとか、暑すぎるとか」

「……それは……困るな」

「俺の【付与魔法】は、現在かかっている全ての【付与魔法】を取っ払う形になってしまいますから、最低でも設計図くらい見せてもらえないと、受けられません」


 ライリクスさんは少し考えていたけど、背に腹はかえられないと思い切ったようだ。

 建物の設計図を見ながら、内部の案内をしてくれることになった。

 ちょっと楽しみだな。

 ここら辺は集合住宅がないから、どんな造りになっているのか興味があるのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る