第81話 官舎への魔法付与

 新しくできた衛兵隊官舎は、三階建てである。

 この町の建物は、だいたいが二階建てなのでかなり大きく感じる。

 おかしいよな、四十五階建てとか六十階建てのビルを、日常的に眺めていたはずなのに。


 青通りに面した入口から入ったが、反対側は隣の橙通りに面している双方向入口になっている。

 真ん中が中庭としてあけられていて、この建物の全世帯を賄う貯水槽が置かれているようだ。

 一階は四隅に大きく部屋が取られ、会議室とか集会所的に使われるらしい。


「何かあった時の、避難所としても使うからね」

 ライリクスさんが説明しながら案内してくれる。

 そして一階は、一戸が大きめの住居で四戸。

 どうやらファミリー向けのようだ。


 二階、三階は同じ作りで、各十戸。

 中はキッチンの他三部屋だが、かなり広めだ。

 定員は大人二名、子供一名の三名までで、ひとり暮らしでも、妻帯者でも、友人とふたり暮らしでもいいらしい。


 設計図を見せてもらうと、外壁と内壁の間に空間があることが判った。

 どちらも石造りなのだが、間をあけることで外気温の調節をしているのかも知れない。

 木材は僅かしか使われておらず、殆どが石でできているので正直寒々しい。

 風通しがあまりよさそうには見えないから、夏は滅茶苦茶暑そうでもある。


 外壁と屋根には何も魔法付与がなく、温度管理や水を室内まで引く魔法も今入居済の部屋のみにしか付与されていない。

 まだ全部の部屋が埋まっていない今の状況では、廊下なんて寒くて堪らないのも尤もである。

 驚いたことに【強化魔法】が途轍もなく弱かったので、俺は外壁、屋根、柱と内壁との接合部はひとまとめに範囲指定して付与、内側は各戸毎と共用部分とを分けて付与していくことにした。


 まずは外壁、屋上、柱と内壁との接合部の温度調節と強化。

 強化は強さだけでなく粘りもプラス。

 現在、シュリィイーレでは地震はないに等しいけど、錆山も東の山も火山だろうし、断層もある。

 揺れない保証はどこにもない。

 ましてや避難所としても考えられているなら、この建物は壊れてはいけないのである。

 勿論、防水、防かび、劣化防止も忘れずに。


 次に共用部分の【集約魔法】を作る。

 室内なので快適さが勿論必要だし、耐火耐熱、防汚、害虫除けなども必須だ。


 各戸内では、居住スペースと台所、水回りで少しずつ付与する魔法を変えて快適且つ不具合のないシステムを作っていく。

 中庭から水を引くので、中庭全体の温度管理もしておかないと水が凍ってしまう。


「……よしっ! これで全部確実に稼働するな。ライリクスさん、付与を始めてもいいですか?」

「ああ、よろしく頼む。僕も同行していいよね?」

「してくれないと部屋の中に入れないですから、一緒に来てください」

「一部屋ごとに付与するのかい?」

「はい。各戸の中にも入らせてもらいます。いいですよね?」

「解った。大丈夫だ」


 まず室内から。

 全戸の各部屋に文字を書いていく。

 そして共用部分と中庭。

 最後に外壁と屋上や柱など。

 もらった設計図で範囲指定してあるから、外に出て一カ所に書くだけでカバーできる。


「終わりましたので、皆さん、一度全員表に出てください」

「早いな。もう全部終わったのか?」

「【文字魔法】は最初の組み上げさえできてしまえば、付与自体は早いんですよ」


 ライリクスさんが驚くのも無理はない。

 他の付与魔法師は、付与する場所で文字を書きながら魔法を付けていくのだ。

 俺の【文字魔法】のように、事前準備ができないのである。


 そして表に出てもらった皆さんの前に立って、彼らから見えないように全部の【集約魔法】を書いた紙を一斉に開く。

 建物全体を柔らかな光が包み、屋上から、壁側面、中庭、表の扉付近の雪という雪が全て溶け出す。

 防水効果が発揮され、水滴も綺麗に乾いた上に洗浄・防汚効果でぴっかぴかである。


「はいっ、全部完了です」

 そう言って振り返った時、官舎を見上げている衛兵の皆さんのあっけにとられて呆然とした表情が見えた。


 ふっふっふっ。

 これが楽しいんだよねぇ。

『おうち丸っと魔法でリフォーム』を目の当たりにした時の驚きの表情が。

 今回は雪が溶けるという演出のせいで、盛り上がる盛り上がる。


「これ……夢じゃないですよね……?」

「雪が、なくなった……信じられない」

 おっと、滂沱の涙を流している方もいるぞ。

 そんなにつらかったのか、雪かき……


「タクトくんっ!」

「はうっっ!」

 突然ライリクスさんに抱きつかれた。

 やめてくれっ!

 男に抱きしめられたって嬉しくないっ!



 そして感動が一段落したところで、内覧会&新機能説明会です。

「今回の魔法付与で、使用方法が変わったものがあるので説明します」

 みんな真剣だね。

 そりゃそうか、自分の家だもんね。


「ライリクスさん、全部書いて新しく入居する方に説明書として渡してくださいね」

「うん、了解したよ! さあ、教えてくれ給えっ!」

 おお、やる気満々だ。


「まずは、各戸の鍵ですが魔力認証を使っていますよね? これの登録者を増やすことができます」

「それは、必要かい?」

「皆さん、一生恋人も作らない気ですか? 親が訪ねてきた時とか、緊急事態に外部の信用できる人が開けられた方がいいでしょう?」

「なるほど……彼女も登録できる……と」


 どよめきが起きた。

 増やし方はライリクスさんにあとで伝えるが、何ができるかを知っておいてもらわないとね。


「台所と風呂場は、お湯が出せます」

 ざわわっ、と全員が驚きの声を上げた。


「湯……が出せるのか? 火魔法とか、使わずに?」

「はい。ここにふたつの文字が書いてありますよね? 青い文字に魔力を通すと、この蛇口から出るのは水です。赤い方に魔力を……流してみてください」


 ひとりに実際にやってもらう。

 おそるおそる文字に触れ魔力を流してから蛇口を捻ると、だいたい四十度ほどのお湯が出てきた。

 魔力給湯器ですよ。


 うおおおおおおっ!


 どよめきなんてものじゃない。

 雄叫びだよ、これは。

「うっうっうっ、これで冬でも湯が冷める心配なく洗える……!」

「朝も、冷たい水で手と顔が痛くならなくて済む……」

 あー……冬場のお湯は、絶対に必要だもんなー。


「これは素晴らしい……赤属性がないと、本当に冬の水回りはつらくてね……」

 ライリクスさんまで涙目だよ。

 そっかー……うちは早々に改造済だったから、このありがたさを忘れていたなぁ。

 ここにいる八人は全員赤属性ではないから、感激も一入ひとしおなのだろう。


 そしてコンロも、魔力を通して火加減が調節できるようになっている。

 今までは強火オンリーだったので、こちらもかなり喜ばれた。

「火が他の物に燃え移ったりして炎が上がると、自動的にこちらの火は消えますので、慌てずに燃え移った物だけ消火してください。壁や床は耐熱耐火になっていますから」

「石造りでも、燃えるのかい?」


「壁や床が燃え上がることも隣室に延焼することもほぼないですが、室内には布製品だって革製品だってあるでしょう? そういう物が燃えて温度が上がると場合によっては石だって割れますからね」

「なるほど、熱と火に強くしておけば、室内が全て燃えたとしても建物への被害はないということだね」

「集合住宅ですから、安心のためってくらいですけどね」


 そして、次は室内である。

「室内は一番快適な温度に保たれていますが、一日一回はなるべく窓を開けて空気を入れ換えてください」

 しなくても平気なんだけどね。

 自動的に空気清浄機能が働くようになってるから。

 でも、換気の癖はつけておいた方がいいと思う。


 トイレは【浄化魔法】以外の特筆すべきことがないのでスルー。

 共用部分の防汚などの【耐性魔法】も付けてあるので、その辺の説明をして内覧説明会は終了である。


「それと、今回の【付与魔法】の保証期間は、本日から百五十日間です」

「きっ、君の魔法は百五十日ももつのかい?」

 ライリクスさんも皆さんも驚くが、本当は現時点で二百七十日保証も可能である。

 しかし、ここは敢えて短めに言っておくのだ。


「はい。確実なのは百五十日。それ以上もつこともありますけど、いつ切れるか判らないって感じですね。保証期間内にもう一度同じ付与をする場合は二割引になりますが、保証期間を過ぎてからですと全額いただきますので、百五十日以内の再付与をお薦めいたします」


 アフターサービスもしておけば、リピーターになってくれるはずだ。

 再付与は文字が破損していなければ、魔力を流し直すだけなので更に簡単なのである。

 最後にもう一度、無言でライリクスさんに抱きしめられて、マジで勘弁して欲しいと慌ててふりほどいた。



 その後、ライリクスさんから官舎改造……もとい、魔法再付与の報告書がビィクティアムさんの元に届いたのか、北と東の兵舎にも同じ付与を依頼された。

 一度【集約魔法】を作ってあるのでサクッと済ませたら、今度はファイラスさんに抱きつかれてぶん殴りそうになった……

 感激屋さんが多すぎるよ、衛兵隊。


 ともかく、お世話になっている衛兵隊の皆さんの福利厚生に協力できてよかったってことで。

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