第77.5話 ライリクスとビィクティアムとファイラス
「おや、長官と副長官がお揃いで、如何なさいましたか?」
「おまえの報告が早く聞きたくてな」
「美味しかった? タクトくんのお菓子」
「ええ、とんでもなく旨かったです……何から話していいか整理がつかないんですよ」
「長官室の方がいいか?」
「そうですね。他に聞かれるのはちょっと……」
「楽しみなような、怖いような」
「結構、怖い話だと思いますよ?」
「……げ……」
「まず……昼食に、生の葉野菜が出てきました」
「この時期に? 凄いな、大盤振る舞いじゃないかぁ」
「いや、最近買ったものではないのではないか?」
「ええ、葉が柔らかいままでしたし、甘みが強かった。春のものですね」
「……よくその状態で保てるね。とんでもない【付与魔法】だなぁ」
「付与に関しては、一流なのは承知済だが……」
「量と種類が尋常じゃありません……多分、冬の間中春のものが食べられますよ、あの店。乳も、蜂蜜も、肉も、とんでもない鮮度です。こんなに全く違う食材に対応できるなんて、どれだけの知識量か怖ろしいです」
「ははは……こりゃあ、予想以上の魔法師ですね、タクトくんは」
「魔法の精度は、知識量に影響されるからな。どれほどの教育を受けたのか……」
「紅茶についても、かなり詳しいようです」
「あ、紅茶、出してたのかい?」
「はい。新作の紅茶を使った焼き菓子だけでなく、何種類かの菓子をひとつの皿に纏め上げ、まるで絵画のようでしたよ」
「ひとつの皿でって……そんな大きな皿なら、高価なんじゃないのかなぁ?」
「タクトくんの自作だそうです。真っ白に金で縁取りされた大皿や茶碗、砂糖を置く小皿、茶器、どれを取っても一級品ですね。しかも紅茶茶碗の薄さといったら……献上品でもおかしくない品でした」
「本当に、全て知っていて作ったのだろうな」
「はい。紅茶の茶摘みの季節まで知っており、今出しているものは秋摘みの茶だと説明された時には倒れるかと思いましたよ」
「え? 紅茶って、そんなに違いがあるんですか?」
「ああ、皇家で最も好まれるのは秋摘みだな。次は春一番のものか」
「次に紅茶を買うなら、春にしろとも言われましたね。その知識をまるで知ってて当然、というように語られました。彼の価値観は、我々とあまりに違い過ぎる」
「それは、僕も同感ですね」
「ああ……そういうところも、育ちなのだろうな」
「これが、彼の作った茶葉入れです。『カン』と言っていました。この口を見てください。ほぼ正円です」
「ああーこれこれ、これですよ、長官! うわぁ……やっぱり綺麗だねぇ……
「二種の金属を合わせて作っているのか?」
「乾燥と衝撃耐性、そして劣化防止まで付与されていて、価格が銀貨五枚と言ってきました」
「はぁっ? 桁が違うんじゃないのか?」
「ムカついたんで大銀貨一枚……千五百で買い取ってきましたが、多すぎると不満を言われましたよ」
「本当に、常識が違うのだろうな……タクトにとっては、これはただの日用品なのだろう」
「タクトくんは、絶対にどこかの国の王家の……しかも直系です」
「断言したね、ライリクス」
「根拠を聞こうか」
「『この紅茶は薔薇の香りがしたから秋摘み』と言っていました」
「うわ……」
「はー……なるほどな。薔薇か……」
「薔薇なんてどこの国でも王宮……それも国王か、王太子の宮くらいにしかない花です。……これも」
「ん? なんだい、これ?」
「砂糖です。紅茶に入れやすいように固めてあるのですが、彼は『薔薇の形に固めた』と」
「……長官、薔薇ってこんな形なんですか?」
「ああ……確かにこんな風に重なった花弁の花だな。あああー、確定かー!」
「でっ、でも、どこにも彼の出身の『ニッポン』なんて国ありませんでしたから、亡国なのでしょう? でしたらそんなには……」
「副長官、彼の国はかなり皇国語と発音が違う言葉があるようです。彼の会話には意識的に、こちらの言い回しに変えている言葉がいくつかあります」
「え、そう? 気がつかなかったなぁ」
「焼き菓子のことを、時々『けーき』とか『くっきー』などと言って、言い直しています。つまり、同じものを指す全く違う言葉が存在すると考えられます」
「発音の違いだけでなく、名称そのものが違うということか……」
「はい、ですから彼の言葉で『ニッポン』というのは、もしかしたら、我々の知る国の別名である可能性も否定できません」
「なるほど、この国ではミューラと言うが、ミューラ人は自国のことを『マイウリア』と言っているな」
「それと同じようなことかもしれないと思いました」
「すぐに調べます! ライリクスっ、後は頼むね!」
「それは、あなたの新しい補佐官に言ってください。私は別の調査があります」
「……ケチ……」
「ファイラス、極秘だぞ?」
「了解しております、長官。では」
「警護の段階を引き上げた方がいいな……」
「はい。あの食堂近くに、空いている区画があります。買い上げてください」
「何に使うんだ?」
「兵の官舎兼避難所を建てます。周りに常に衛兵がいてもおかしくない状況を作った方がいいでしょう」
「確かにそれならば問題ないか。解った。手配しろ」
「はい。それと……朝市で、紅茶を売る老婆がいるようです。春になったら、また売り始めるとタクトくんから聞きました」
「……あの方々か……まったく、道楽が過ぎる爺さん達だな」
「タクトくんに気付いた可能性もありますが、そちらはまだ心配ないかと思います。もし接触するとすれば春でしょう」
「タクトは二十二だったか?」
「はい」
「あと三年か……」
「ええ、成人の儀でどんなことになるのか……そら恐ろしいですよ」
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