第76話 もうすぐ収穫祭

「……という訳でね、直ったんだけど、ちょっと派手にし過ぎちゃった……」

 二日後、取りに来たトリティティスさんに、調子に乗って改変してしまったことを謝った。


 赤地のロイヤルスチュアートタータンは、そりゃ派手だよね。

 こういう柄ってシュリィイーレでは見たことないし、祭りに合うかどうか……


「いや、素敵だ! とっても素敵だよ、これは!」

「ちゃんと直ってると思うけどよ、儂らには楽器が使えん。今、試してみてくれねぇか?」

「ああ、こんなに綺麗な楽器、初めてで興奮するね……!」

 俺が新しい万年筆に高まるのと、一緒だよね。

 解ります。


 トリティティスさんが楽器に息を吹き込み、演奏が始まる。

 おおっ、思ったよりでかい音だ。

 野外で聞かせる楽器だからかな?


 民族音楽って感じの旋律が、心地良い。

 トリティティスさん、流石プロ奏者だなー。

 あ、もう終わりか。

 もう少し聴いていたい演奏だったなー。


「素晴らしいよ! こんなに大きく音が出て、とても正確だ! どこからも漏れている感じがしない!」

「それならよかっ……」

 俺が安堵の言葉を言いかけた時、食堂の方から『わぁっ』という歓声と拍手が聞こえた。


 あ、音が聞こえちゃっていたか。

 消音の魔道具を使っていなかったよ、そういえば。

 突然トリティティスさんが食堂の方に入って行き、一礼した。

 さっすが、音楽家さんはスマートだね。


「皆様、この演奏の続きは収穫祭でご披露いたします。是非、南東通り公園舞台までお越しくださいませ!」


 収穫祭、ますます楽しみだ。




 収穫祭まであと三日。

 祭りが終わるとシュリィイーレは完全に冬に入り、どの店も工房も活動が少なくなる。

 まったく出歩くことができなくなるほど雪が降る日も多いので、隣町からの馬車は全てストップしてしまう。

 その前のこの時期は、春までの食材などの買い出しで大わらわだ。


 冬は食堂も、随分と客足が遠のく。

 家の中で仕事をする時期なので、外に出かけて食事をする人の数も減るからだ。

 なので、冬場はすぐに用意ができるけど在庫があっても困らないものを大量に準備する。

 うちの地下に設置してある冷凍庫や冷蔵庫は【文字魔法】で整備した最高品質だから、食材を無駄になんてしないぜ。


「タクトのおかげで、冬場の食べ物の保管に困らなくなったねぇ」

「本当だよなぁ、外に出しときゃ腐ることはなくても、カッチカチで不味くなっちまうし、部屋ん中じゃ保存がきかなかったからなぁ」

「ふっふっふっ、魔法付与なら任せてよ。どの食材も一番良い状態で保管できるからね!」


 本当なら保冷や保管の状態維持のためには、大量に魔力を充塡した『魔石』が必要だ。

 でも俺の付与なら要らないし、チルドもパーシャルも絶対零度も思いのままだぜ。


 そして、冬だからこそ、特別なスイーツタイムをお越しいただいた方々に楽しんでいただくべく、紅茶のシフォンケーキと温かい紅茶のセットメニューを展開するのだ。


 収穫祭前に一度テスト的にやってみようと思って、今日、初披露である。

 他に何種類かのケーキも用意して、簡易アフタヌーン・ティーにする。

 母さんのケーキはどれもとんでもなく美味しくできたので、俺の入れる紅茶が一番の問題だ。


 入れ方の練習もしたし、少々パフォーマンス的な要素もいれてみた。

 砂糖も特別なものを小皿にご用意、カップとミルクピッチャー、ティーポットもバッチリ!


 実は何軒かの陶器工房で聞いてみたのだが、やはりセットで作るとなると途轍もなく高額になってしまうので、工房見学でやり方と材料の割合などを盗……じゃない、ご教授いただいた。


 前の世界でのなるべくシンプルだけどきれいめの白いカップやポットを参考に、文字魔法を使ってこちらの素材で成形、焼成、金の縁取りを行った。

 実はビィクティアムさんから貰った鉱石の中に、金が入っている物があったんだよねー。

 金鉱脈ってほどじゃないらしいけど、たまーに出るんだとか。


 底に俺のマークまでいれちゃって、はしゃいでしまったけど結構可愛いのができたと思うんだ。

 カルチャースクールで、隣のクラスの陶芸教室に顔を出しておいて本当によかった。

 今度、磁器も作っておこう。


「あれ? 珍しいねライリクスさん。この時間に昼食に来られるなんて」

「やっと副長官付から異動になったんだよ。これでようやく、君の食堂の食事とお菓子にありつける!」

 ははは……よっぽど大変だったんだなぁ。


「そうだよー、前副長官は仕事は溜めなかったけど、平気でポコポコ外出するし、今の副長官は仕事を僕に丸投げで、出てったら帰ってこないし!」

 副長官って……自由人が多いのかな?

「この間だって、長官がいきなり三日間も休みを取って行方不明になってしまってね。仕事が溜まる溜まる……」

 それ、多分、錆山坑道に行っていたんじゃないかな……俺のために。

 ごめんね、ライリクスさん。


「ところで、タクトくん、今日のお菓子が表に書いてなかったけど? あるよね?」

「勿論ありますよー。ふっふっふっ、今日は新作なので、態と書いていないのですよ」

「ぃよっし! ツいてるぞっ!」

「でもこの時間は昼食ですから、食べるなら奥のお席にどうぞ」


 ライリクスさんはウキウキと一番奥の席に座った。

 本当に甘い物、好きなんだなぁ。


「はい、今日はイノブタ肉の甘辛焼きでーす」

「これ大好物なんだよ。嬉しいなー、今日は最高の日だ」

「パンとこっちの野菜は、おかわりできますからね」

「いいのかい? この時期に葉物野菜は高いだろう?」


 そう、付け合わせは千切りキャベツ。

 キャベツは今の時期の市場ではとんでもない価格だけど、うちでは春先から大量のストックがあるのですよ。

 しかも、俺の魔法で劣化知らず。

 旨味も鮮度も、旬の時期そのままですぜ。


「うちの保存技術を舐めてもらっては困りますよ、お客さん」

「はははっ! 流石、付与魔法師だ」


 実は、付与魔法師のかき入れ時はこの時期なのだ。

 冬の間の暖房、燈火、保存用の冷凍庫や冷蔵庫、なんでもかんでも魔法で動いているので付与した魔法が弱くなったり切れたりしたら、夏場以上に一大事なのだ。

 魔法というのは、前の世界の発電所をも凌ぐ稼働率なのである。


 質の高い付与魔法師でも、家全体に掛けるとなると三ヶ月くらいしかもたない魔法も多いので、みんなギリギリにかけ直してもらうのだ。

 雪で動けなくなった時に暖房がなくなったら……なんて、考えるだけで泣きそうだからね。


 俺はまだ未成年だからそんなに需要はないけど、デルフィーさんやルドラムさんの家は丸っと俺の【付与魔法】だ。

 俺の魔法は春先にうちに付与したものがまだ問題なく使えているので、現時点で七ヶ月保証なのである。

 言わないけどね、保証期間なんて。


「タクトくん、この入れ物……どこで買ったんだい?」

 ん?

 ああ、あの紅茶缶か。

「いえ、それは俺が紅茶入れとして作ったんです。それは飾り用だから中身は空っぽなんですよ」

「君が作ったのかぁ……もしよければ、ひとつ買わせてくれないか? 僕も紅茶を入れる物を探してて、なかなかいいのがなくてねぇ」

 おや、お茶仲間か?


「ファイラスさんは衛兵隊では飲まないって言ってたけど……」

「ああ、なかなかゆっくり飲む時間が取れないんだよ。だから余計にちゃんと保管したくてね」

 忙しかったもんなぁ、今年の衛兵隊は……そっか、そういうことなら魔法付与済の缶をお譲りするのもやぶさかではない。


「んーと、この缶ならいいですよ。値段は……このくらいかな」

「安過ぎるよ、もっとちゃんと取りなさい」

「でも材料費と俺の手間賃でこんなものですよ。元々売るために作ってないし」

「……解った。じゃあ、これで」


 倍額以上だよ……金持ちだなぁ、衛兵隊。

「多いよ」

「これでも安いくらいだ。これだけのものを、あまり安価で売ってはいけない」

 他の職人さんの迷惑になる……とか?

 そっか、技術の安売りは確かによろしくないな。

「わかりました。じゃあ、遠慮なく」


 ホント、ここは技術者の町だね。

 ここの人達はものすごく、技術や技能に対してリスペクトがあるんだろうな。

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