第75話 楽器の修理

 新人さん達の件で改めてお詫びをしたいというので、俺は迎えに来てくれた衛兵さん達と東門の詰め所に向かった。

 ビィクティアムさんに会うのも久し振りだ。

 長官になってからも、忙しいみたいだしね。


「本当に毎年すまない……今年は特に質が悪かったようで、自警団の方々も手を焼いている」

「いえ、うちは今のところ、物的損害もありませんし、今年は勅令のおかげで撃退しやすいです」

「態々来てもらったのは、俺が出られないということもあるのだが……これを渡したくてな」


 おおおっ!

 これは!

 錆山の鉱石では?

 に、二十個くらいある……

「これ……こんなに?」


「薬の一件で約束しただろう? 遅くなってすまなかったな。坑道奥まで行くのに、時間がなかなか取れなくて」

「もしかして、ビィクティアムさんが採ってきてくれたんですか?」

「他の者には頼めないからな。坑道に入るのは久しぶりで、面白かった」


 にっこりと笑うビィクティアムさん。

 てことは、『鉱石鑑定』持っているのか。

 いいなー俺、まだ出ないんだよなぁ……『貴石判別』が出ちゃったせいで、出なくなっちゃっていたら泣くしかない……


「遠慮なく貰っちゃいますよ? 本当に、全部いいんですか?」

「ああ、そうしてくれ。多分、おまえが一番役に立ててくれそうだからな」

「ありがとうございます。大事に使います」


 ひゃっふーーー!

 これ、結構レアなの出ちゃいそうだよ?

 こんなに沢山貰えるなんて、めっちゃラッキー!



 ほくほくでうちに戻ると、父さんが珍しく渋い顔をしていた。

 どうやら修理で持ち込まれたものが、かなりの難物のようだ。


「……やっぱり、無理ですかねぇガイハックさん……」

「儂は楽器は、直したことがないからなぁ……元を知らんから、どうしていいものか……」

「ただいまー。こんにちは。楽器の修理? なんでうちに?」


 この人は緑通りの音楽家、トリティティスさんだ。

「ああ、タクトくん、久し振り……この楽器、知っているかい?」

 見たことがない……いや?

 なんかに似ている?


 でも羊皮が使われている楽器なんて……あ、ああ!

 バグパイプに似ているんだ!

 空気を送る管があるし、何本かのパイプも付いてるし。

 形はもっと袋っぽいけどね、こっちの方が。


「これ……どこが壊れているの?」

「この管の先に口を付けて息を吹き込むのだが、ここと、下の管にも小さい部品があった……はずなのだよ」

「はず?」

「はっきりした記録がなくて……これを直せる職人が王都にいたのだが、高齢になって辞めてしまった上に故郷に帰ってしまって……」

「故郷ってどこなの?」

「……アーメルサスの北、とか」

 外国かー。

 この楽器も、その国のものなんだろうなぁ。


「去年は崩落事故があったからやらなかったけど、収穫祭にはこの楽器の演奏があるのだよ。豊穣の感謝の曲だから外せない楽器なんだ」

 なるほど……でも俺もバグパイプなんて全然知らないしなー。

 写真で見たくらいで、音も聞いたことないし、これがそもそもバグパイプと同じようなものなのかも判らない……


「これ、ばらしても平気?」

「うーん、組み立てられるなら。予備がもうひとつあったのだけれど、そっちも壊れてしまっていてね」

「壊れてる場所は、同じ箇所?」

「同じ所と、他にもこの管が割れていて、空気が抜けてしまうのだよ」


「ふたつとも預かってもいいなら……ちょっとやってみるけど、できるかどうかわかんないよ? それでもいい?」

「ああ! もう他のどこに行っても門前払いだったのだよ。ここが最後だから、直らなくても仕方ないよ」

「父さん、やってみていいかな?」

「そうだな、面白そうなもんだし、ここで修理ができるようになりゃ、毎年困らねぇからな」


 トリティティスさんに、もうひとつの楽器も持ってきてもらい使い方を教えてもらうと、やっぱりもの凄くバグパイプに近かった。

 だが、やはり問題の部品は双方ともなかったので、ばらして最悪元に戻すだけ……という了承を取って預かることにした。

 音楽家にとって毎年使う大切な楽器は、俺にとっての万年筆みたいなものなんだろう。

 誠意を持って臨まねばなるまい。



 まず……自室に戻って、こっそり【文字魔法】で複製を作った。

 壊れたものの複製だから、当然壊れたままだ。

 何かあった時のための保険だね。


 そして、工房に戻ってひとつひとつ綺麗にばらしていく。

 ここで……俺ひとりでは、到底無理なことに気付いた。

「父さん……このばらしていった部品の絵、描いてもらえないかな……?」

 そう、ばらしながらスケッチして、順番通りに組み立て直せるマニュアルを作るのだが、なんと言っても俺に絵心がなさ過ぎるのである!


 父さんが修理工として滅茶苦茶腕がいい一因に『細密画を描いて状態を記録できる』という才能がある。

 最初の状態を緻密に記録できているからこそ、直した後にどこがどうだったかを後からでも確認できる。

 仕上がった後も勿論全部記録しているから、次に同じものが修理に出されてきてもどこに不具合があるかがすぐに判るのである。

 ……俺には絶対に、真似できないことだ。


 俺が完品を一度でも手にしていれば、簡単に複製ができる。

 でも、それじゃあ意味がないんだ。

 技術も知識も受け継がれていかない。

 『記録』は、絶対に必要なことだ。


「おまえは……本当に絵だけは、ぜんっぜん駄目だからなぁ……」

 仕方ねーなぁと言いつつも、どこか嬉しそうなんだよね。

 ありがとう、よろしくお願いします。


 そしてひとつ、ひとつ、ばらしながらその順番通りにパーツを描き、番号を振って並べていく。

 ひとつの管を外した時に、部品が足りないと言っていた場所と似た構造になっていることが判った。

「ここって、さっきトリティティスさんが音の出る管だって言ってたよね?」

「そうだな……なるほど、こいつと似たようなものがこっちで不足してる部分ってことか!」


 きっとそうだ。

 口を付ける所はただ空気を吹き込むだけだろうから、特に変わった構造ではないと思う。

 音を出すというここの構造部分が欠損しているから、楽器が鳴らないのだろう。

 これって……管楽器と似ているな。

 そっか、クラリネットなら見たことあったっけ……


 リード、だ。

 その部分がない。

 リードを支える部品ごと割れてしまっているみたいだ。


 うーん、リードの素材ってなんだろう?

 俺が以前見たクラリネットは、合成樹脂だったと思う。


 これに使われているのは……木?

 いや、確か、リードって『よし』って意味だったはずだ。

 でもこの辺には自生していないなぁ……あ!

 あるじゃないか!

 とっておきの素材が今、手元にある。

 竹が使えるはずだ!


 口を付ける部分とリード部分は俺が竹から作ることにして、その他は父さんに頼もう。

 接合部も木製だからか、削れて緩みが出てしまっているせいで空気が漏れるようだ。

 ここも金属製に直し、リードを支える部分は壊れていないもう一方のパイプと同じ形で作ってもらおう。


 竹もシュリィイーレにはないけど、コデルロさんのおかげで取り寄せることは可能だ。

 それならここで、毎年メンテナンスもできるようになる。

 ここまで青写真が描ければ、後は技量の見せどころ。

 楽しい工作のお時間だ。



 俺も父さんも興が乗って、ガッツリと作り込んでしまった……

 羊の皮で作ってあった袋部分も傷みが酷かったので新調、俺の個人的好みでタータンチェックにしてしまった。

 ……これは、やり過ぎたかもしれない。

 取り替えられるように、もうひとつ取り付け金具付のプレーンな袋部分も用意した。


 リードの予備も作っておいたので、不具合があってもすぐに取り替えられる。

 そうして、その日のうちに二個とも直してしまった俺と父さんは、達成感と満足感に充たされたが、夕食の時間を大幅に遅らせてしまい、母さんにめっちゃ怒られた。

 こういうのやってる時って、空腹を感じないんだよね……

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