第74話 新人騎士の季節

 俺の二十二歳の誕生日が終わり、父さんと母さんの誕生日が過ぎると、シュリィイーレは秋本番、冬のための準備に入る。

 空気が冷たくなり、来月の半ばには錆山と碧の森が閉ざされて、町の中から商人達が減っていくこの時期にやってくるのは、新たに騎士位を獲得した若者達だ。

 若者……といっても二十五歳以上であるから、今の俺よりは年上ってことになる。


 彼らはこの町の屈強で皇国随一と評判の衛兵隊と、筋肉自慢の自警団の訓練を受けるのである。

 マジで強いからね、この町の衛兵隊は。

 自警団には衛兵隊を勇退した方々も多くいるし、まぁ衛兵隊のOB会みたいな一面もあるようだ。


 毎年この時期になると男の子達は騎士に憧れ、女の子達はイケメンお兄さんに夢中になるのだ。

 制服ってさ、三割増しくらいで格好良く見えるよね?

 濃紺に金釦のシュリィイーレ衛兵隊の制服は結構人気があるし、色違いだが新人研修騎士用の制服も、結構カッコイイのだ。


 うちの食堂にもたまに彼らが来るので、スイーツタイムの女の子達もソワソワしている。

 ……別に、俺は凹んでなんかない。

 そうとも、全然、なんとも思ってなんかいない。



「その席を空けろ」

 ん?

 なんか嫌な感じの声が聞こえたぞ。


 厨房にいた俺が食堂に出ると、新人騎士と思われる四人が食事が終わってもいない女の子達に向かって、脅しをかけているように見えた。

「お客さん、満席なんだ。悪いけど待っててよ」

「なぜ待つ必要があるんだ? 我々が来たら席を空けるのが当然だろう!」

「うちの食堂でそんなこと通用するわけないだろ。待つのが嫌なら他に行けばいい」


 たまにいるんだよね、こういう『騎士は庶民を護ってやっているんだから偉いんだぞ』的で横柄なやつ。

 しかもそういうやつらは、大抵『下位貴族』とかいう人々だ。


「ごめんね。ゆっくり食べてていいからね」

 俺は怯えている女の子達にそう言って、彼らに向き直った。


「待つの? 出てくの?」

「きさま……っ! たかが臣民の分際で!」

「偉いのはあんた達の先祖やご両親であって、あんたはまだ何者でもない。ただの新人騎士だろ? なにひとつ成していないくせに威張るなよ」


 すっかり煽り態勢が身についてしまった……なんて好戦的になってしまったんだろうねぇ、俺は。

 案の定、剣を抜こうとする。


 新人さんって、どうしてこういうやつが必ず毎年いるんだろうなぁ。

 貴族の教育って、本当になっていない。

 躾もできてないなんて、祖先の勇名が泣くってもんだろ。


「無抵抗な臣民相手に先に剣を抜いたら、引き返せないぞ?」

「うるさいっ! お前を殺したところで、罪になどならん!」

 あーあ……自国の法律も知らないバカが騎士とは……年々、質が落ちるな。


 剣を抜かせずに、間合いを詰める。

 こいつの剣じゃ俺の持ってるトレーさえ切れないが、お客さん達に迷惑がかかるのでそのまま扉に押しつけて、まずひとりを外に出す。

 他の三人は当然、追ってくる。


 大通りの衆目の前で、なんの武器も持たない俺に対してやつらは見せつけるように剣を抜いた。

 終わりだ。


「ここは直轄地だぞ? その意味が解っててその剣を抜いたのか?」

「何を言って……」

「……! 待てっ、しまえっ! 早く剣を収めろ!」

 おや、気付いたやつがひとりだけ居たようだ。


 では、教えてやろう。

「『直轄地の臣民は全て皇王の直臣であり、皇王の財産である。これを損なわんとする行為は……』」

 やつらの顔が青ざめてきた。

「『身分の如何にかかわらず、不敬罪として処罰するものである』」


 これは、水源への毒物混入未遂事件の後に発布された、最も新しい勅令だ。

 多くの高位の者達から罪人を出したあの事件は、皇王の怒りを買ったのだろう。

 俺達シュリィイーレは、皇王陛下直々に守護されることになったのである。


 まぁ、所有物扱いされるのは甚だ不本意ではあるが、今は利用できる法律は利用させていただこう。

 貴族であれば『不敬罪』ほど、不名誉なことはあるまい。


「そこまでにしてやってくれ、タクトくん」

「最初から見ていたくせに趣味悪いですよ、ファイラスさん」


「まさか本当に剣を抜くとは思っていなくてね……悪かった、許して欲しい」

「ファイラスさんは許しますけど、こいつらを許す気はないです。うちの大切なお客さんに、迷惑かけたんですからね」


 いつものお調子者的な態度から一変したファイラスさんは、青ざめて動けず未だ剣を収めていないやつらの頬に高速平手打ちを食らわせた。

 うっわ、すっげー音……あ、流血してる……


 やっぱ強いなぁ、衛兵隊副長官。

「貴君らの正式な処分は長官より伝えられるだろうが、それまでは営倉にて謹慎とする。厳しいものになると覚悟せよ」


 お返事もできないですかー、そうでしょうねー。

 彼らは衛兵数人に連れられて、茫然自失といった風情で去っていった。


 めっちゃ逆恨みされそうで嫌だなー……

 頭悪そうだもんなー、あいつら。

 俺も反省しよう。

 穏やかに。

 もっと心に、余裕を持たねば。


「本当に……毎年どうして、ああいうバカが来るのか……すまなかった、タクトくん」

「今年はあの勅令があったから、ああいうのはいないと思ったんですけどね。貴族って教育が行き届いていないんですね」

「返す言葉もない……」


「今日の菓子は、ココアたっぷりの温かい焼き菓子ですけど、どうします?」

「持ち帰りは……できるだろうか? よければライリクスの分も……」

「しょうがないなぁ……じゃあ、今日だけ特別ですよ。ライリクスさん、大変でしょうしね」

「ありがとう……」


「あ、新人教育ご担当者として、脅された女の子達に謝ってください」

「え、僕?」

「そうです。大人なんですから、部下の責任は上司が取るものでしょ? 謝ってくれたらお持ち帰り菓子、すぐに作りますよ」


 ファイラスさんは、もの凄く丁寧に女の子達に謝罪してくれた。

 きっと、ファイラスさんの株は上がっただろう。

 感謝して欲しいくらいだ。


 さて、スイーツタイムまであと少し、先にファイラスさんとライリクスさんの分だけ作ってあげよう。

 お持ち帰りボックス、冷めないようにしておいてあげようかな。



 店内 〉〉〉〉


「やっぱタクトくん、強いしカッコイイ!」

「毎年、新人騎士に負けないもんね」


「あの子達、絶対に自慢するわよね『タクトくんに守ってもらったー』とか」

「……あたし達が絡まれればよかったのに……」

「やめてよ、それは嫌よ、あたし」


「相変わらずタクトは、はっきり物を言うなぁ」

「スッキリするぜ。あいつら、毎年ろくなのがいねぇ」


「衛兵隊も大変ねぇ……自警団のおじさん達、滅茶苦茶怒りそうだわねぇ」

「毎年毎年、どうしてああいう騎士が来るんだか……」


「タクトは、衛兵さん達と仲が良いのぅ」

「そういえば毎日、衛兵の誰かしらがここに食事に来とるからなぁ」

「この店は旨いからな。ほれ、甘いものの時間じゃ、わしらは退散するとしようか」


(タクトくん、今年も素敵だった……来年も楽しみ……どんなバカ騎士を、やっつけてくれるかしら……ふふふっ)

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