第54話 不愉快な可能性

 そもそも、毒と聞いてすぐに殺すためって思っちゃうのは殺伐としすぎだな、俺。

 もっと優しい気持ちにならないと。

 うん。

 でもあいつら、信用できなかったんだもんなー。

 不可抗力だよなー。


「毒を……冒険者に依頼してまで、水源に毒を入れる意味が判りません」

「確かにな。まぁ、真実はそのうち解るだろうが……どうしてタクトは死ぬ毒だと思ったんだ?」

「それは……毒って動物とか虫のものって感じで、そういうのって獲物を殺すためのものって思ってて……」


 身近に毒なんて、無かったもんなぁ。

 毒イコール危険イコール命の危機! みたいなイメージだったんだもん。

 角狼だって『死ぬ毒』って言われたし。


「あの毒だと、原因不明の高熱と、治っても関節に後遺症が出るかも……って感じかなぁ」

 それってかなり大変じゃねーか!

 軽く言うなよ、ライリクスさんっ!


 シュリィイーレは職人の町だ。

 指や身体の関節に異常が出たら、仕事はできなくなってしまうだろう。

 生き甲斐を持って働いている職人からそれを奪うのは、心を殺すって事だ。


「なんだよ、それ……なんでそんな酷いことを……」

 なんで?

 なんのために?

 どうして、このシュリィイーレでそれをしようとした?


 この町でやるから意味がある?

 職人を潰すため?

 いや、それじゃ誰も得をしない。

 職人以外を巻き込む必要もない。


 得……この町に病気を蔓延させて、得をするのは誰だ?

 この町の水源は、あそこだけ。

 あの水源を利用しているのは、この町だけ。


「あの水源に毒を入れても……シュリィイーレ以外に、被害は出ない……」

 ……嫌なことを、考えたくないことを、思いついてしまった……

「タクトくん、なんか解っちゃった感じかな?」


「解ったわけではありません。嫌な可能性に……思い至ってしまったというか……」

「言ってみろ。荒唐無稽な推理でも構わん」

「推理というより憶測です。いえ、妄想に近いかも知れない」

「……聞かせてみろ」



「この町を……実験台にしようとしたんじゃないか、と思うんです」



「実験台……?」

「はい。毒そのものの効果の実験、もっというとその毒を消す、もしくはその病気を治す薬か、魔法の実験」

「……!」


 ふたりの顔が厳しくなる。

 当然だ。

 俺だって、こんなこと考えたくない。

 でも。


「この町は独立した地形にあります。三方が山、開けた方は海に面してはいても断崖絶壁」

 水源の川は、そのまま海に注いでいる。

 あそこに毒を入れたとしても、あの量なら海の汚染とまではいかないだろう。

 これを仕組んだ奴らが、そこまで考えていたとは思えないけど。


「あの水源を使っているのは、この町だけ。この町と接しているのは東の道から行く町ただひとつで、その道を封鎖すればたとえ伝染病だとしても封じ込められる」

「たしかに……その通りだな」

「この町の農地で作られる作物は、この町の中だけで消費・備蓄されているので、他に流通しない」

 ああ……言ってて吐き気がしてくる。


「大規模な臨床実験をするには……格好の環境だ……と」



「今回の件を知っている全ての者に、厳特箝口令を敷け! 絶対に漏らすな」

ビィクティアムさんの命令に、衛兵のひとりが頷いて走り出す。

「タクト、おまえも誰にも言うな」

「はい……こんな気分悪いこと、言いたくありません」

「もしそうなら……本当に腹立たしいねぇ」

 ライリクスさんも怒りの滲む表情だ。


「可能性としてないわけではない。依頼人と……この町にも協力者がいるはずだ」

「僕、忙しくなりそうです?」

「頼むぞ、ライリクス。おまえの能力は絶対に必要だ」

「了解です、副長。じゃ、タクトくん、またねー」


 ピッと敬礼したかと思うと、すぐに崩して俺に手を振りつつ出て行った。

 不思議な人だな、ライリクスさんって。



 その後、俺は出されたお菓子をいただいてから兵舎をあとにした。

 お腹空いてたから、美味しかったな。

 今度うちのお菓子も、衛兵さん達に差し入れしよう。


 まだ陽があるうちに、街道の起点近くの水道に浄化の魔法を付与しに行こう。

 早い方がいい。

 もし付与できなくても、どういう場所かは確認しておきたい。


 念のためだが、失敗を知った仲閒が町中で毒を流さないとも限らない。

 水源に進入できなければ、次の候補場所はきっと町の中央。

 街道地下にある、水道の集まる場所だ。

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