第26話 避難しよう
他の医師組合の人が、取り押さえられたミトカを連れて行った。
リシュリューさんは一緒に家まで行って、ミアレッラさんにも断ってから俺の話を聞きたいという事だった。
「リシュリュー、俺も付いていくぞ。かまわねぇか?」
「勿論です。未成年には保護者同伴が規則ですから」
もう慣れたと思っていたけど、まだ地味にダメージ喰らうな……
「ガンゼールの奴……なんだって、逃げたりしやがったんだ」
「後ろ暗い事をやっていたのでしょうね。彼に対しては、ロンバルさん以外からも苦情が来てます」
「その人、本当に何か意図があって、ミトカ達に近づいたのかな?」
「それを聞きたくて尋ねたら……逃げ出されちゃってね」
あーあ……刑事物で小物の実行犯がよくやってたなぁ、そういう無駄なあがき。
俺達は医師組合と魔法師組合に向かい、家を出て歩き始めた。
その時。
魔獣が入り込んだ!
角狼が三匹!
叫び声が聞こえたと同時に、全ての家や商店の扉が一斉に閉まった。
道にいた人々も、手近な所に逃げ込む。
「開けてくれ! まだ来ていない」
「開ける。どけ!」
一度閉めた扉を開けて、道にいる人を入れてる商店もある。
外開きの扉の内側に、板張りの止水板みたいなものが見えた。
あれがあれば、開けた拍子に獣に入り込まれはしないという事か。
俺達も慌てて食堂に戻り、扉を閉めた。
やはり食堂の扉にも、止水板のような金属の板がある。
そういえば、入り口両脇の下の方に内掛けがついてるの、なんだろうって思ってたんだよな。
金属板は表に板張りがあって、倒して床になってたのか。
備えあれば憂いなしって感じだ。
なんて事を暢気に考えていたが、遠くで悲鳴が聞こえた。
「ちっ、逃げ遅れた奴がいたか?」
「今から出るのは危険ですね。どこにいるか解らないと、後ろから襲われてしまいます」
「この中に入ってくる事もあるんですか?」
「中は多分、大丈夫だが……衛兵や猟師達が仕留めてくれるまでは動けん」
念のため、店にいたお客さん三人と、俺達は全員二階に上がった。
階段も、蓋ができるようになっている。
入ってくる可能性は、ゼロじゃないって事か……
もしもの時のために俺は『物理攻撃無効』『毒無効』と書いた紙を階段の蓋に貼った。
「なんだい、それは?」
「俺の故郷の厄除け……というか、おまじないみたいなものです」
「……初めて見る文字だね。タクトくんの故郷の字かい?」
「はい。まあ、これは気休めみたいなものなので」
お客さん達が尋ねてくるのを、適当に躱す。
流石にこれが魔法です、とは言えない。
そして、みんなにも持っててもらった方がいいかもと思ったその時。
すぐ近くで、逃げ回っているような悲鳴が聞こえた。
「あの声は……ガンゼールだ……!」
「まさか、あいつ、表に逃げようとして通用門を開けたんじゃ……」
「あり得ますね。なんという浅はかな行いだ……!」
リシュリューさん、声が怒ってる。
当然だよな。
二階の窓から辺りを見回すと、一匹の角狼から逃げている人が見えた。
「角狼はあまり足の速い獣ではありませんから、道を曲がったりすれば撒けるんですけどね……」
そうだよな、俺の足でだって逃げられたんだから。
「だめだ、あいつ怯えちまって真っ直ぐにしか逃げてねぇ」
「ガンゼールさんっ、こっちだ!」
「……ミトカ!」
あいつ逃げ出したのか?
うちの二階から見える小道に、ガンゼールを誘導しようとしている。
だが、ガンゼールの足がもつれているのか、うまく走れなくなっているようだ。
「ダメだ、追いつかれるっ!」
角狼が飛びかかった。
「伏せろ! 頭を低くしろ!」
ガイハックさんの声が響く。
なんとか躱せたようだ。
そのまま小道に逃げるのかと思ったが、ふたりは慌てて大通りに出てきた。
小道の後方から、もう一匹現れたのだ。
「伏せていろ! 角狼は自分より背の高いものに飛びかかるんだ!」
ガイハックさんの声に伏せようとするミトカ。
だが、ガンゼールはそのミトカの襟首を捻りあげるようにして持ち上げた。
ミトカの悲鳴が上がって、血しぶきが舞った。
「あいつ……ミトカを盾にしやがった……!」
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