第25話 信用に値しない人間がいることも理解しよう
「何しやがるんだ、おまえ!」
「大丈夫だよ、ガイハックさん。子供の喧嘩だからさ」
ガイハックさんが怒ってくれたおかげで、少し冷静になれた。
「おまえがガンゼールさんの事を、医師組合に言ったせいで……」
「待て! 前提が間違ってる。俺はガンゼールなんて知らない」
「まだそんなことを……」
「本当のことだからな。知らない人の何を、俺が医師組合に告げ口できるんだ?」
「そ、そんなの、適当に言って、誤魔化したに決まってる!」
「子供が適当に言ったことで誤魔化されるほど、愚かな組合だって言いたいのかい?」
応えたのは知らない人だ。
誰?
子供の口喧嘩に入ってくるとは。
長めの髪を後ろでまとめている……やたら美形の……男だ。ちぇっ。
「うわ……!」
ミトカは慌てて逃げようとするが、その人はあっさり首根っこを押さえて捕まえた。
「君がタクト、だね?」
「はい。あなたの名前を伺っていいですか?」
「これは失礼した。私は医師組合の副組合長、リシュリューという」
「リシュリュー、これはどういうことなんだ?」
「お久しぶりです、ガイハックさん。ちょっと医師組合に看過できない訴えがありましてね」
「そいつだ! その嘘つきが言ったんだ!」
こいつ、本当に情報を更新しないやつだな。
脳みそのキャパ少なすぎだろ。
「訴えたのは私だよ、ミトカ」
「……ロンバルさん?」
「ガンゼールはおまえを洗脳して、タクトを襲わせたんだ」
……洗脳って、なんですか、その不穏すぎるワード……
「違うよ、そんなことないよ!」
「じゃあ何故おまえは、自分がよく知りもしないタクトに飛びかかっていったんだ?」
「ロンバル、もうやめろ。その先は医師組合が解明してくれる」
ガイハックさんが宥めようとしてるが、ロンバルさんは聞き入れない。
「あいつは嘘と妄想をおまえ達に植え付けて、他の職人達にも嫌われるようにしていた」
なんだ、それ?
そんなことできるのか?
「違うんだ……それは……ガンゼールさんは不運なだけで、愚痴を言ってただけで……」
「それを鵜呑みにして、おまえ達は師匠と上手くいかなくなったり、タクトを襲ったりしたんだろうが!」
「……なるほど。子供に嘘を吹き込むのは、医師というより人としてダメですね」
「あいつは、自分の失敗を全部他人のせいにする。そんな奴が、医者でいていいはずがない!」
「でも、俺達みたいなのを診てくれる医師は、ガンゼールさんくらいで……」
「そんなことはありませんよ。医師組合では定期的に貴方たちのような子供の診療を行っています」
「……嘘だ。そんなの、知らない」
「ほれ、みろ。それこそが奴の洗脳だ」
いるんだよな……自分が聞いてないこと、知らないことを全部嘘って決めつけるやつ。
そういうやつって絶対に自分から知ろうとしないで、一部の他人から与えられた情報だけで判断するんだ。
だから偏るし、間違う。
他人の思惑に簡単に乗って、騙される。
でも……洗脳っていうのとは違うよな。
「……ガイハックさん、あいつみたいな子供って、どういうことなんですか?」
「大人に護られたがらない子供のことだ」
「孤児……ってこと?」
「親が生きてる子もいる。大人を拒んで、自分らだけで暮らしている子供達だ」
中には、本当に親がいない子供もいるのだろう。
それでも、子供だけでは生活はできない。
なんとか抜け出そうとしてるやつも、きっといる。
そういう子供に他の大人達の悪口を吹き込んだら、ますます社会から隔絶してしまう。ロンバルさんが洗脳っていう表現をしたのも、ちょっと解ってしまった。
「双方の話が聞きたいだけなのに、いきなり逃げ出されたら後ろめたいことがあると思うのが普通ですよ」
リシュリューさんの言うとおりだが……言いくるめられることを怖がっているんだろうな、ミトカ達は。
自分が信じたものを、否定されるのが怖いんだ。
「タクトくんにも聞きたいのだけど、構わないかい?」
「はい、今からご一緒したらいいんですか?」
「タクト、無理しなくていいんだぞ?」
「ありがとう、ガイハックさん。でも、さっさと終わらせちゃいたいからね」
「それは助かる……けど、早いところガンゼールを捕まえないとね……」
なんだよ、逃げてるってミトカ達だけじゃくて、張本人もかよ!
ますます信用できねぇおっさんだな!
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