第5話 いろいろ試してみよう

 小屋の扉には、外から日本では見たこともない鍵で施錠されていた。

 外から鍵がかかっているって事は、中には誰もいないな……と安心した。


 昔の錠前って感じの物々しい鍵だったが、扉を少し引いたらぼろっと落ちた。

 どうやら、古くて腐食していたみたいだ。

 扉自体もギシギシいってるし、随分放置されていたのだろう。


 中に入るとテーブルと椅子があり、観音扉の付いた棚があった。

 テーブルの上と座る場所だけ拭いて、綺麗にする。

 汚れた服を着替え、リュックを取り出す。

「リュックとかトートバッグとか有って助かった……」

 そして、なんと“鞄”のカテゴリーの中に非常用袋を見つけた。


「そっか、リュックの中に全部入っているから、鞄に分類されていたのか」

 助かったー。

 薬や、ライターなんかも入ってる。

 じゃあ、鞄の中に入れれば、この汚れた服とかもしまえるのでは……?

 しまえたー!

 鞄カテゴリー便利だー!


 すり傷の消毒をして、薬を塗っておけば取りあえず安心。

 少し落ち着いたところで、今持っている物を全て確認する。

 鞄の中も全部だ。

 いつも持ち歩いていた鞄の中には、仕事道具の書道のテキストやら見本。

 あ、のど飴発見。


 ……財布やスマホは……ない。

「あー……机の上に置いたんだった」

 まぁ、あったところでここが異世界なら、なんの役にもたたないけどね。


 そしてコレクションの中に『本』があり、全ての本と辞書が入っていた。

 これは、もの凄く嬉しかった。

 世の中の電子化が進み、電子書籍が当たり前。

 それでも、紙の本に拘っていた俺の勝利と言えよう。


 手書きが減り、何でもかんでも電子の筆で事足りる。

 誰でも綺麗に書けて、大きさも色も自在に変化できる電子文字は確かに便利だ。

 でも、だからこそ、手で書くということに拘りたかった。


 横に辞書を置き、紙にペンで単語をひとつずつ書いていくのはとても楽しかった。

 自分でもうっとりする字が書ける時も、丸めて捨てたくなるような時もある。

 その全部が、自分のその時々の記録だった。


 ノートを取り出し、お気に入りの万年筆で文字を書いてみよう。

 今の俺の字は、どんなだろう。

「……何を……書くか」

 今、一番書きたい文字はなんだろう……


『K軒 しゅーまい弁当』


 なんて未練がましいんだ、俺。

 でも大好物なんだ。

 週に一度のお楽しみだったんだ。

 焼売しゅうまいも旨いが、筍の煮た奴なんて最高なんだ……!


 味と形を心に思い描きながら、その愛する弁当の名前を書く。

「好きな物の名前って、綺麗な字で書けるよな……」

 自分の書いた字に満足して眺めていたら……目の前に弁当が現れた。


 なんで……?

 何が起きた?


 間違いなく俺の愛するK軒の弁当だ。

 掛け紙も紐も、おしぼりと割り箸も入ってる。

 勿論、中身もちゃんと入っているし……旨い。

 あ、食べちゃった……思わず。


 全部、間違いなく俺の知っている弁当そのものだった。

 なんで出てきたんだ?

 さっき書いた文字と関係があるのか?

 紙の文字を見ると、色が抜けて薄いグレーに変わっていた。



 それから俺は書きまくった。勿論、弁当を完食してからだ。

 沢山出してもストックしておけて、すぐに確認できるもの……ポテチだ。

 名前だけ、メーカー名と名前、カテゴリーのみなどいろいろ書いて試す。

 色を変えたり、万年筆以外で書いてみたりもした。


 そして、だいたいの出現条件を把握した。


“ポテトチップス”のみ → 想像したものと同じ味のものが出る。

“正しい商品名” → 別の味を想像していても書いた味のものが出る。

“メーカー名と正しい商品名” → 確実にその商品が出る。


 色やペンの種類は関係なかったが、ローマ字にしたら何も出なかった。

 日本の製品で、日本語の商品名だからだろう。

 英語で“Potato Chips”と書くと、袋にも入っていないものが出た。

 おそらく“商品”ではなく、料理としてのポテトチップスが出たのだろう。


 そして、字を丁寧に綺麗に書いた方がそうでない時より品質が高いものが出た。

 殴り書きでも正確な商品名であれば出るには出る。

 だが、味や食感があまり良くなかったのだ。


「これは……もっといろいろな検証が必要だな……!」

 しかし、これで食糧不足問題は、解決したのでは?

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