第3章 あいつらが反乱軍でワシは皇帝を擁しているから官軍だぞ!

第8話 反董卓連合軍おろおろする


 袁紹は渤海で挙兵した。董卓の討伐を掲げ、また車騎将軍を自称して周囲に官位を配った。



「もはや袁紹は完全な反乱軍で逆賊である」


 董卓は朝廷で言い放った。


 反乱した人間が官位を自称し、官職をばらまくのは反乱の基本動作と言っていい。これは逆に言うと現在の皇帝劉協の権威や官位任命を無視すると言う宣言なのだ。


 朝廷には袁隗、袁基といった袁一族の総帥長老、そして袁紹に対抗意識を持つ後将軍の袁術がそのまま残っている。


 このままなら袁紹が血迷っただけであり、官軍をこぞって叩き殺せば終わりである。


(まぁ、あまりにも可哀そうであるから、説得してやるか)


 董卓には袁一族に遠慮がある、逃げ出そうが何をしようが非常に甘いのだ。


 袁紹は兵を率いて河内に進出してきているとのことで、執金吾の胡母班という人間を送り、説得しようとした。胡母班は党錮の禁で名声を高めた儒者であり、八厨という施しを良くする人間として名高い立派な人物である。

 立派な人物を送れば袁紹も礼を尽くして対応するはずだ。


 しかし、袁紹は説得を聞くどころか、河内太守の王匡に命じて、胡母班を投獄させ、さらには殺してしまった。胡母班は王匡の妹の夫である。王匡は胡母班の子供を抱いて泣いたが、袁紹は気にもしていない。袁紹はこういう男である。


 王匡は兵を率いて河陽津の渡しに駐屯している。河内郡は黄河を挟んで洛陽の対岸であり、渡しを抑えているといつ洛陽に攻め込まれるか分からない。

 


「おのれ若僧め、教育してやる」


 董卓は怒った。


 董卓は自ら兵を率いて河陽津の対岸にある平陰に集め、王匡の兵を威嚇した。王匡が目の前の兵に気を取られているうちに、東まわりの平県から精鋭の鉄騎を渡河させ、王匡軍の後ろを突かせた。騎兵の指揮官は呂布である。


 王匡軍は思わぬ方向からの攻撃に大混乱に陥った。しかも呂布が先頭にたって雑兵を次々になぎ倒していく。


 総崩れになったところで董卓直卒の歩兵が河を推し渡り、王匡軍を攻撃。包囲殲滅が完璧に成功し、王匡の軍は皆殺しに会った。


「袁紹は悪だくみはするが、胆力はない。これで袁紹も降伏するだろう」


 董卓は意気揚々と洛陽に帰還した。



 ― ― ― ― ― 



 洛陽に帰還した董卓が知ったのは、袁術の逃亡だった。


 さらに、関東では豫州刺史の孔胄、兗州刺史の劉岱、陳留太守の張邈、邈の弟で広陵太守の張超、東郡太守の橋瑁、山陽太守の袁遺、済北相の鮑信に無官の曹操、また南では長沙太守の孫堅までもが挙兵したとの知らせが届いた。


「いったい何が起きているのだ!」


 董卓は自らの主観では漢朝のために尽くしていたし、宦官討滅後の名士の復活に力を尽くしてきたつもりである。しかし、その復活させた名士たちがことごとく寝返ったのだ。


 いずれにしても何か手を打たなければならない。


 まずは大赦を行った。

 挙兵した名士たちに、いまならなかったことにしてやるという意味を込めたつもりだったが、一切何の反応もない。



 董卓の部下たちが騒ぎ出した。

「反乱軍は弘農王の復権を狙っているのではないか?殺しておくべきだ」


 董卓は気が進まなかったが、もはや今となっては反乱軍を殺すか反乱軍に殺されるかである。少しでも隙を見せるべきではない。


 董卓の思考は常に軍人的であり、弘農王が反乱の旗印になる懸念があると考えた。懸念は潰すべきである。董卓は李儒に命じて弘農王を毒殺させた。



 なお、袁紹たちは弘農王劉弁を復位させるなどとは一言も言ってない。彼らの発言にそういう発言は見られない。しかも新帝劉協を支持するとも言わないのである。


 袁紹は何を考えているか。



 反董卓連合軍の主力は関東の兵である。関東の兵は諸州の兵を中心に兗州の酸棗に駐屯している。


 袁紹はそこにはいない。袁紹は河内で王匡と共にあり、冀州刺史の韓馥から兵糧の補充を受けている。そして河内から動こうとしない。


 反董卓連合軍の盟主である袁紹が動かないので、酸棗の関東諸侯も動かない。曹操は無位無官の身で私財をなげうって義兵を募って参加している。なのに袁紹も諸侯も動かないので激怒している。曹操に同意しているのは鮑信だけだ。鮑信はやっと袁紹が董卓を殺すつもりになったと思って参加したのにまたもや拍子抜けしている。

 

 袁紹は何を考えているか。


 袁紹は幽州牧の劉虞に使者を送って皇帝への即位を促していた。

 対立皇帝の即位は官位の自称どころではない明確な反逆である。

 

 盟主がその工作に忙しいので反董卓連合軍は大軍を揃えているが、誰も動かない。



 ― ― ― ― ―



 董卓は朝議に反董卓連合軍討伐のため徴兵を行うことを提案した。しかし尚書の鄭泰が「政治は徳でおこなうものです、軍事など不要です」などとぼけたことを言い出たので董卓は怒った。


 「軍人をバカにしているのか!」

 「いいえ違います。お考え下さい。関東に戦士などいません。明公(董卓)は涼州の御生まれで、若いころから軍事を習い将帥となられた。逆に袁紹は京都育ちのお坊ちゃま、張邈は見栄えが良いだけ、孔伷は聞こえのいいことは言いますが中身がない。いずれも軍才などなく、進退すらロクにできずにまごついているだけではないですか。明公(董卓)が戦うほどの敵ではありません。閣下の配下の涼州、羌族、匈奴の兵で関東の兵を追うのは、虎で羊を追うようなもので、風に散る枯れ葉のように飛び散ってしまいましょう。なのに大々的に徴兵を行って天下を驚かせ、民の煩いとなさいますか。それでは徳を失い、閣下の威名も傷つけてしまうことでしょう」


 董卓はその発言が気に入ったので徴兵は取りやめた。名士たちはにやにやと笑っている。


 しかし、董卓の思考は軍人である。


 作戦を考えるにあたり、北に河内の袁紹、東に関東の諸侯、南に袁術と孫堅がありこれで洛陽に皇帝を置いたまま遠征するのではどこと戦っても背後を突かれてしまう。徴兵しないのでは兵も足りない。


 ではどうすればよいか。


「ふむ、洛陽を捨てればいいな。そうすれば防衛など考えずに軍だけを動かせる」


 董卓は遷都を決心した。

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