第7話 あいつらは財政がわからない雰囲気で政治をしている

 袁紹は洛陽から逃げ出すと、袁家の元家臣である冀州の韓馥カンフクのもとへ逃げ込んだ。

 韓馥にしてみれば、董卓から任用されて冀州牧の地位を貰ったのに、いきなり袁紹が主家面をして乗り込んできたのは困る。しかし袁家に恩義もあるので表面上は邪険にしない。袁紹をこっそり監視して董卓に報告している。


 なお、同じ時期に袁紹の親友である曹操も洛陽を逃げ出し陳留へ向かった。



 袁紹が洛陽から逃げ出した理由はよく分からない。


 後漢書や資治通鑑では董卓の皇帝廃立に反対したため、捨て台詞を吐いて逃げ出したことになっている。

 しかし、廃立については袁隗に従うとも発言しており、分かりづらい。その袁隗は皇帝廃立の朝議で一言も反対せずに廃立を裁可し、自ら少帝劉弁の璽綬を奪い取るなどどちらかというと積極的にすら見える。


 よって考えるに、袁一族はむしろ廃立に乗り気だったのではないだろうか。

 宦官に同情的な何太后とその息子の劉弁が帝室にいる限り、宦官皆殺し事件の主犯の袁一族はいつ誅殺されるか分からない。廃立は袁一族の利益となるため、袁紹は廃立に反対していなかった(少なくとも表立っては)とするのが腑に落ちやすい。


 では、なぜ逃げ出したのか。


 董卓は袁隗の招聘で官職にありついており、袁一族にはむしろ恩義がある。宦官皆殺し事件で袁紹の提案通り上洛したことを考えても、袁一族との関係は良好だったらしい。であれば、袁紹が董卓を恐れたということはない。


 現に、董卓は袁紹が冀州に逃げたと知ると、袁紹を渤海太守、袁術を後将軍に任命している。逆らった人間を悉く皆殺しにする大魔王董卓の印象からすると、むしろ袁一族には甘すぎると言える。


 袁紹は董卓に重んじられており少帝弁を守ろうともしないのに董卓から逃げた。



 ― ― ― ― ―



 そのころの董卓は忙しかった。袁紹や曹操のことも少しは気にしたが、それどころではなかったのだ。


 十月、何太后を簡単に埋葬する。一応は皇后太后に上った人間なので、儀礼だけでもかなり面倒だ。いちいち費用が掛かった。


 同じ月に、河東郡を白波の黄巾賊が襲った。しかも南単于の於夫羅が数千騎を率いて白波賊に参加している。河東郡は董卓が太守だった土地であり、上洛前には根拠地としていた土地である。守り切らないと面子に関わる。


 董卓は牛輔に大軍を与えて白波賊を攻撃させた。これまた費用が掛かった。


(まずい)


 董卓は非常に焦っている。名士たちに政治を任せているのだが、まったく上手く行かない。何が上手く行かないか。実権を握るしかなかった。

 

 十一月、董卓は相国になった。相国とは蕭何、曹参以来の筆頭重臣の官職であり、長らく空位であった。これで董卓は名実ともに朝廷の首位にたち、すべての政治の権限を握ることになる。


 何に困っていたか。その権限で何をしたかというと、財政対策である。


 もともと後漢の財政は霊帝の代で根本的に傾いていた。頻発する反乱で軍事費はかさみ、地方の役人は腐敗しており勝手に重税を課して私物化し、民は疲弊しきっている。


 そこに董卓が軍を率いて乗り込み、宦官皆殺し事件で荒らされ切った宮殿を立て直し、即位の礼や葬式などをとりおこなうと国庫は完全に底をついた。

 

 しかし、名士や名儒といった人間は財政については全くの無頓着である。「財政などは収入に合わせて支出すればよいのだ」としか思っていない。


 だが、董卓の政権基盤は自分の部曲しへいと元何進の兵である。彼らを飢えさせれば、せっかく落ち着かせた朝廷は傾き、洛陽の治安も崩壊するだろう。


 董卓はまず国庫の財宝を全部取り出させ、そして霊帝の作った銅像を全部倒させた。すべて銭にするためである。


(これだけ銭を作れば、当座の兵糧にはなるだろう)


 これらの対策により国家財政は一息つくことはできた。帳簿上は。


 この銭を兵に配り始めたところ、不思議なことが起きた。


 生産が変わらないのに銭だけ増やしたら何が起こるか。銭荒インフレである。



 

「なぜあれだけ作ったのに銭が足らんのだ!」


 董卓は武人である。董卓に経済は分からない。

 朝廷に銭が足りないので、銅像を壊して銅銭を作らせただけである。


 増やした銭で兵糧を買い入れた瞬間に、物価が急騰し始めた。



 あまりにも銭が足りないので、董卓は既存の銭を鋳つぶして、薄い小さな銭を多く作らせるなどした。


 

 もちろん、さらに物価は上がる。


商賈あきんどが悪事を働いておるのだ!」


 董卓はあくどい商売をしている商人(つまり物資不足に対して値上げを実施した商人)を処刑し、財産を没収した。


 その結果、さらに物資が不足することになった。


 

 董卓が困り切っている時に、さらに問題が発生した。


 袁紹が関東諸州の群雄によびかけ、反董卓連合軍を結成したのである。

  



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