第5話 朝議を行う。おい、誰か喋れや
「皇帝陛下はあまりにもか弱い、これでは
董卓は百官に対して大声で宣言した。しかし居並ぶ
(いや、何か反論しろよ)
董卓は内心毒づいた。
百官がこぞって「そんなことはなりません!」と言えばさすがに
董卓はあえて激しい言葉を選んで言う。
「昔、霍光が本件を扱った時は、
軍法をもってあたるというのはぶっ殺すぞという意味である。ただ、剣を持って睨んでいるのは董卓の方である。
董卓が自分で殺すと言っているようなものであり、これでは董卓の立場は首謀者の霍光ではなく、部下の田延年だ。董卓は首謀者は袁隗だと思っているので、自分を田延年になぞらえて矛盾を感じていない。
なお、田延年はその後汚職がバレて自殺している。董卓もなんとなく嫌な予感はしていたのだろう。
(さて、ここまで言えばさすがに皆むかついて反論するだろう)
と思った董卓が皆を見回すが、百官はみな席の上で座って震えているだけで言葉もない。
(なんてことだ。朝廷に儒者、義士は残っていないのか)
董卓は失望した。
しかしよく考えなくても、宦官派は皆殺しにしたのであり、百官の議場にはその実行犯がならんでいるようなものである。ある意味、全員後ろめたいことがあり、できれば宦官派の何皇后と少帝弁には黙って退位してほしいというのが本音に近かった。
そこにすくっと立って言葉を発した者がいる。
「尚書の盧植が申し上げる! 伊尹霍光に廃された殷の太甲、漢の昌邑王にはそれぞれ明確な罪過がありました。今、陛下は即位されたばかりで何をしたと言うのですか。前例は当てはまりませんぞ!」
董卓も割とそう思ってていた。頼りないのは頼りないが、そこは支えるのが家臣の仕事だと董卓も思う。だが先代皇帝の遺言もあるし、陳留王協を育てた董太后は同族らしいし、皇帝には陳留王が向いてると思うし、袁隗老師が頼むし、ということで嫌々この役をやっているのだ。
董卓は席を立って、盧植のもとに向かおうとした。
盧植の手を取って賛同する意見を募ろうとしたのだ。
しかし、天下の名士・名儒と呼ばれる
「
(え? ああ、さっき殺すって言ったからそう思われるか)
董卓は迂闊だったが、それよりも違和感が湧きだした。
(いや、お前ら皇帝を廃立すると言ってた時は黙ってたのに、盧植を殺すと見た瞬間に急に喋りだすとは何だ、どっちが大事なんだ)
董卓が百官を見回すが、誰も盧植に同調しようとはしない。ただ、目の前で殺人が行われるのを恐れているだけである。
(これはだめだな、皇帝は救えん。しかし盧植はいい男だ。こんな馬鹿な企てにまきこむわけにいかんだろう)
「意見の違うものは出仕するに及ばず、印綬を置いて去るがよい」
董卓の言葉に従い、盧植は尚書の
「さて、
「うむ」
朝廷百官の最高位、袁隗が朝議の結果を認め、これにて劉弁の廃立が決まった。
― ― ― ― ―
なお、董卓はこの前に
何進派閥の後継者で、名士たちを取りまとめる実力者は袁紹だと考えていたためである。
しかし袁紹は意見をはっきりさせず「それは
「はっきりせんか、名門の袁氏がそれでは劉氏の種が残すに足らないことになる」
董卓は袁紹の態度に文句を言ったが、袁紹は黙ったままで刀を持って揖礼(胸の前で手を組み合わせる軍隊式敬礼)をして去っていった。
(袁紹は一体何を考えているのだ。そもそもあいつが暴れまわらずに大人しくしていればワシが表に立つ必要はなかったのだが)
董卓は窓の外を見やる。
秋八月末の太陽を大きな雲が覆い隠し、急に前が真っ暗になっていった。
※他の歴史書では袁紹は董卓と大激論を行い、皇帝廃立に反対した上で「あ、でも袁隗叔父さんにも話きかないと」と言って帰ったことになっている。しかしこれでは袁紹が一体何をしたかったのか意味が分からない。
袁紹の行動の正当化と董卓の悪役化のために後から話を盛ったのではないだろうか。
陳寿のいうように、袁紹は表立って反論せず、袁隗の意見にしたがうとして黙って帰ったというのが自然だろう。
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