第5話 弥生さんの潤んだ瞳
「おかえり〜」
ラフな格好の弥生さんが自室から出て来るとソファの猫と子犬はそそくさと動き出した。
二匹は弥生さんの足元にまとわりつきすりすりして「くんくん」「みゃあみゃあ」と甘い声で鳴く。
ご機嫌伺いか。動物だっておべっかを使うんだな。
「ただいま。この子犬と猫はどうしたの?」
「あ〜。ウフフ。可愛いでしょう? 仕事のストレスも癒やされるわぁ」
「家でも仕事してたの?」
「うん、テスト作り。それより聞いてよ」
猫と子犬の二匹は弥生さんの働く小学校の門に捨てられていた。
よく観察しているとふてぶてしい猫は見かけによらず……失礼、子犬の面倒を常に見ており母親みたいだ。
「飼っても良いよね〜?」
「も、もちろん。もちろん良いですよ」
弥生さんのおねだりする潤んだ瞳、この顔には僕はすこぶる弱い。
ま〜、元々僕に弥生さんの意見や決定事項を否定する権限などこの家には存在しない。
そう。確認と念押しをされたとはいえ「捨てられた子犬と猫を飼う」という弥生さんの主張はもう既に決定事項なのだった。
「ありがとう。私、あなたならきっと賛成してくれると思ってた。さっき動物病院で病気の検査とか予防接種とか色々済ませてきて役所でワンちゃんの登録もしたの」
「へ、へぇー。お疲れさん」
ほぅらやっぱり。
僕に聞く前からこの二匹を飼うことは有無を言わさないぐらい用意周到で弥生さんはすっかり決めていたんだ。
でも子犬は可愛いな〜。
だからいっか。
僕は子犬を抱き上げすりすりと頬を寄せる。
猫の方は横目で睨んできてるが僕は笑いかけてやった。撫でてやろうと猫の頭に手を伸ばすとシャアッと手の甲と腕を引っ掻かれた。
「痛っ」
「ん〜? どうしたの?」
「な、なんでもないよ」
コイツ僕のこと馬鹿にしてんな。
弥生さんがペットフードを出していると猫は弥生さんの足首に体を擦り寄せ尻尾をふりふり甘えている。
「名前、決めないとね。あっ、そうだ! あなたのカフェの看板猫と看板犬にしたら?」
「飲食店にペットは……」
「もちろん、お店の中じゃないわよ。カフェの庭にでもペットサークルとか作って」
庭? 庭付きのカフェ。
そんな広い物件が借りられれば良いけどねぇ。
「♪ららら〜」
鼻歌を歌う弥生さんは我が家のペットとなった二匹をおもちゃで遊んでやったりとご満悦の様子。
ずっとご機嫌な弥生さんを見ていると僕の胸はポカポカ。
今までは夫婦共働きで少し体が弱く病気がちだった二人の子供に手が掛かってペットなんて飼えなかった。
気づけば子どもたちは大きくなり体もだいぶ丈夫になった。
上の子の大地は大学生になって家を離れ一人暮らしを始めたんだもんな。
うん。僕はペットがうちに居るのも悪くないもんだ。
大地が親離れをした分、家は当たり前に一緒に住んでいた家族が一人欠けたほんのり寂しさを纏っていた。
親元を元気に子供が巣立つのは喜ばしいことだ。
大地は進むべき道を見つけ出し歩き出したんだよね。
だけどスースーと胸が風を通したように切なくて寒くなる。
穴埋めとばかりにやって来た新しい家族か。
次は娘の蒼空が巣立つ日がやって来る。
そばにいた子供たちは僕ら夫婦の大切な宝もの。
大事な子供たちを出来れば手放したくないなんて本当は切に思うんだ。
つづく
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